第23話 反撃の余地すらない圧勝
『さーて、始まりましたわ!! 隣国、ベルハルト帝国の勇者学院からやってきた留学生との電撃試合!! 実況はわたくし、放送委員会のマドンナこと二年生のフルーデ・カインセッツと、一年生のガル・ガルウルフがお送りしますわ!!』
『先輩、俺まだ宿題やってる途中だったんですけど』
『うっせーですわ!! んなもん燃やして灰にして畑に蒔いちまえ、ですわ!!』
『もう放送委員やめていいっすか?』
『わー!! 嘘ですわ!! やめないでくださいまし!! ガルがいなくなったら放送委員が潰れてしまいますわー!!』
騒がしい実況席を横目に、僕は模擬試合が行われる競技場を見下ろした。
まず注目したのはクリスティーナだ。
王女らしく柔らかい笑みを浮かべているが、目がちっとも笑ってない。
そして、そんなクリスティーナと対峙するのは二足歩行のライオンだった。
両手に赤い宝石が埋め込まれたガントレットを装備しており、めちゃくちゃ強そうだ。
「姉さん姉さん、クリスティーナ王女が戦う必要なくない? 怪我したらヤバイでしょ?」
「だから万が一に備えて私がいるのよ。それにしても、帝国の奴らはどうして誰も止めないのかしら」
姉さんは観客席にいる勇者学院の留学生たちを見てチッと舌打ちした。
わー、怖い。
すると、姉さんの舌打ちが聞こえたのか、こちらに気付いた桜色の髪の美少女――ベルチカがこちらに近づいてきた。
「本当にすみません。ボクの学友が迷惑をおかけして」
「……貴方はたしか、留学生代表のベルチカだったわね」
姉さんは僕からベルチカの話を聞き、警戒しながらもしっかり初対面を装った。
「申し訳ないと思うのなら、今すぐ止めてあの獣人を止めてほしいのだけど?」
「ええと、それはボクにもどうにもならなくて。現在のベルハルト帝国皇帝が軍拡主義であることは知ってますよね?」
「……そうらしいわね」
へー、そうなんだ。
「皇帝から直々に命令されてるんです。王国に圧倒的な力の差を見せ付けてこいって」
「そう。それでいきなり王女に喧嘩を売ったと」
「そ、それは、はい。本当にすみません。まさかライオさんが王女殿下にあそこまで無礼な物言いをするとは……。王女殿下の身が危ないと判断したらボクが止めに入るので、安心してください」
「初対面の相手に安心して任せられることではないと思うのだけど?」
なんか姉さん、随分と攻撃的だなー。
あ、もしかして姉さん、数少ない友だちが怪我をするかもって心配してるのかな?
そっか、姉さんにもついに人の心が――
「アスク。貴方が何を考えているか、お姉ちゃんには大体分かるのよ?」
「痛い痛い痛い。美人で慈悲深い完全無欠な美少女姉さん、首を捻じ切ろうとするのやめて」
どうにか姉さんにゴマを擦って解放してもらうと、ベルチカはくすくすと笑った。
「ふふ、すみません。ご姉弟で仲がいいんですね」
「それほどでもないわ。まあ、アスクはいつも私にべったりだけど」
「僕がいつ姉さんにべたべたしたっけ」
「何か言ったかしら?」
「わー、お姉たまだいちゅきー」
と、その時だった。
「フラン女神ー!! アスク王ー!!」
「あら、ルゥ。どうしたの?」
ルゥが僕たちの方に駆け寄ってきた。
でも気になるのは、ルゥがウィクトリアを肩車していることだ。
この二人、いつ仲良くなったんだろ。
「ルゥね、友だちができタ!! ウィクトリアと仲良シ!!」
「ん。私たちはベストフレンド、魂のシスター」
めっちゃ意気投合してる……。
「はじめまして、ウィクトリア王女殿下。ボクはベルチカと申します」
「ん。よろしく、ベルチカ。貴女もルゥに肩車してもらう?」
「い、いえ、遠慮しておきます。……ところで、そちらの方はルゥとおっしゃるのですか?」
「そウ!! ルゥはルゥ!! よろしク!! ピンク頭!!」
「ピ、ピンク頭? あ、ああ、ボクの髪色ですね」
元気いっぱいなルゥを見てベルチカは少し動揺しているようだった。
そして、小さな声でボソッと一言。
「やっぱり他人の空似だよね。あの聡明な『赤の神子』がこんな馬鹿っぽい言動するわけないし……」
ベルチカ。
誰に聞かれるかも分からない場所で痛い言動をするのはやめた方がいいと思うよ?
と、そこで試合開始のゴングが鳴った。
『さあ、レッツ殺し合い!! 血沸き肉踊る戦いをわたくしたちに見せてくださいましー!!』
『先輩殺し合いじゃないっす』
拳を構えるライオンを、クリスティーナが正面から見据える。
「ねぇねぇ、ウィクトリア。ウィクトリアの姉はどれくらい強イ?」
「ん。実は超強い。どんな相手にも負けない」
「そうなんダ!! なら戦っても安心!!」
え、そうなん?
いやまあ、王族は幼い頃から人一倍魔法の扱い方を叩き込まれてきたって聞いたことはあるけど。
「ウィクトリア王女殿下、それはどうでしょうか」
ベルチカが不敵に笑う。
ウィクトリアの『どんな相手にも負けない』って言葉に対抗心を燃やしたのかな。
「勇者学院の生徒、その中でも特に優秀な成績を収めた十名は勇者候補と呼ばれ、勇者の聖剣の力を模倣した特別な武器を与えられます」
「ん。帝国だけが作れる聖武器のこと?」
「そうです。聖武器の所持者は帝国軍勇者師団に入ることができ――と、今は関係なかったですね。ライオさんは序列六位ですけど、純粋な肉弾戦ではボク以上です。聖武器は所持者の身体能力向上させる効果もありますし、どうなるかは分かりませんよ」
「ん。道具に頼ってる奴がクリスティーナ姉様に勝てるわけがない」
ベルチカの眉がピクッとする。
「……そうですか。では二人の戦いがどうなるか、見守りま――」
『決着!! クリスティーナ王女の圧勝です!!』
あ、僕たちが目を離してる隙にもう決着が付いちゃったっぽい。
見ればライオンが黒焦げで倒れている。
クリスティーナは風でなびく髪を掻き上げて、とても爽やかな笑みを浮かべていた。
「……は!? え、な、何が!?」
「ん。クリスティーナ姉様が爆雷魔法『ライトニングフルエクスプロード』で辺り一帯をまとめて吹き飛ばした」
「姉さん姉さん、ライトニングフルエクスプロードって何?」
「ええと、たしか習得が難しい雷魔法『ライトニング』と爆炎魔法『エクスプロード』を合わせた魔法だったかしら。雷の走った跡が大爆発する対軍魔法よ」
へー。よく分かんないけど、超凄いってことだね。
「ん。やっぱりクリスティーナ姉様の圧勝」
「反撃の余地すらなク!! ウィクトリアの姉の圧勝!!」
「ん。ところでベルチカ、さっき何か言いかけてなかった?」
「……な、なんでもないです」
ベルチカが涙目でぷるぷる震えてる。
さっきまでめちゃくちゃ自慢気に色々語ってたもんね。そりゃ恥ずかしいよね。
それはまあ、さておき。
「姉さん、僕ちょっとウンコ行ってくる」
「わざわざ報告しなくていいわよ。早く行きなさい」
僕はその場から退散し、クリスティーナが真っ黒焦げにしたライオンのもとへ向かった。
◆ ◇ ◆
「ち、ちくしょう、オレのたてがみがちりちりになっちまった……」
勇者学院の留学生、勇者候補の序列六位であるライオ・レオンハートは競技場の通路をとぼとぼ歩いていた。
聖剣の力を模した聖武器のガントレットにより、全身の火傷はすっかり治っている。
……傷付いたプライドはそのままだが。
「しかし、敗北は敗北。クリスティーナ王女を侮っていたことを後で謝罪に行かねば……ん?」
通路の先に怪しい人影があった。
カラスのような仮面と漆黒のコートをまとった不審者だ。
「貴様はたしか、怪人ヒール男だったか? なぜ魔法学園に……」
ライオはその不審者に見覚えがあった。
竜殺しを成し遂げた『
怪人ヒール男がライオに問いかける。
「お前、火傷しただろう?」
「む? あ、ああ、でももう治った」
「そうか!! ならば今すぐ服を脱げ!! 全身の火傷をすぐに治療してやろう!!」
「え? いや、だから火傷は治って――」
「ヒャハハハ!! 強がりはよくないぞ!! 治癒魔法もなしに火傷がそんな早く治るわけがないだろう!!」
「そ、それはオレの聖武器の効果で……」
一瞬の出来事だった。
怪人ヒール男はライオに肉薄し、抵抗する隙も与えずその服を引き裂いた。
「ぬおっ!? オレの服が!! き、貴様、何をする!?」
「ヒャハハハハッ!! 安心しろォ!! 痛いことは何もしないからなァ!!」
「ひやああああああああああッ!!!!!」
悲鳴を上げるライオンと高笑いする不審者。
「ん? なんだ、本当に治っているのか?」
「そ、そうだと言っているだろう!! この変態が!!」
「そっか、ならよかった!! あ、これ服破いた服代ね、じゃ!!」
怪人ヒール男は足早に立ち去り、その場に残ったのはあられもない姿のライオだけだった。
ライオは通路の真ん中でポツリと一言。
「……王国、怖い」
後にライオは『キシリカ王国はヤバイ奴が多いから敵に回しちゃいけない』と語った。
王国への風評被害である。
―――――――――――――――――――――
あとがき
ワンポイント小話
作者「美少女が羞恥心で涙目ぷるぷる状態なのってかわいいよね」
ア「うわー」
「クリスティーナ強っ」「ライオが服を脱がされただけで草」「作者の気持ちが分かる」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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