第二部

第20話 1センチの誤差






 キシリカ王国とベルハルト帝国を繋ぐ街道を十数台の馬車が進む。

 その先頭を行く大型馬車に数人の少年少女たちが乗っていた。


 キシリカ王国に留学するベルハルト帝国立勇者学院の生徒たちであり、その中でも特に成績優秀な十名だ。



「留学とかメンドクセー。つかキシリカ王国ってどこだよ」


「帝国の同盟国だ。一般常識だぞ」


「別にどこでもいいっしょ。ベルハルトと比べたらどこも田舎だし」


「美味しいものあるかなー!!」


「食文化は期待していいと思うぞ。王国は魔法農業で安定して質のいい食材が作られているらしいからな。まあ、どこの国も帝国と比べたら高級レストランの一流シェフが作った料理だろうが」


「強い人がいればいいのだけど……あまり期待しない方がいいかしら。ベルチカさんはどう思います?」



 いきなり話を振られたのは、馬車の窓から流れ行く外の景色を眺めていた桃色の髪と青い瞳の美少女だった。



「ボクは楽しみですよ」


「え?」


「実は最近、王国に新しく友達ができたんです。向こうはそう思ってくれているか分からないですし、会おうと思って会える相手ではないんですけどね」



 微笑むベルチカにドキッとして頬を赤く染める勇者学院の生徒たち。

 普段から穏やかに微笑む彼女だが、今日は一段と機嫌がよさそうに見えた。


 と、その時だった。



「ほ、報告します!! 街道に竜が!! 竜が出ました!! 護衛兵団だけでは対処できず、勇者候補の皆様にも協力をお願いしたく!!」



 馬車の護衛をしている兵士の一人が焦った様子で声をかけてきた。


 勇者学院の生徒たちが肩を竦める。



「はあ、流石は田舎。竜が街道に出るとか、普段どうやって暮らしてんのよ」


「毎日出るわけではないと思うぞ。今日はたまたまだろう」


「つか護衛が護衛対象に戦えっておかしいだろ」


「護衛兵団を責めるな。聖剣を与えられた勇者候補の我らと違う、普通の人間である彼らに竜の相手は厳しい。で、誰が行く?」


「ボクが行きますよ」



 ベルチカがそう言って馬車から飛び下りる。



「ちょ、ベルチカさん!! 序列一位の貴方がわざわざ行かなくても!!」


「大丈夫ですよ、皆さんは休んでいてください」


「そ、そういうわけには!! ちょっと、私たちもベルチカさんに続くわよ!!」



 ベルチカに続いて数人の生徒が馬車から降りて、竜の討伐に向かった。


 しかし、そこには変わり果てた竜の姿とカラスのような仮面を被った漆黒のコートに身を包む集団がいた。



「ヒャッハァーッ!! 仕留めた竜の鱗は剥いで防具にしちまえ!! 肉は全部持ち帰って燻製にして保存食にするぞォ!! 骨は出汁とってスープだァ!!」


「おい、そこの見知らぬ団体!! お前らの中に怪我人はいねぇかァ!? いたら一人残らず完膚なきまでに治療してやっからよォ!!」


「ヒャハハハッ!! 病人でもいいぞォ!! 長旅で体調不良の奴らもいるんじゃねぇかぁ!?」


「あ、馬車壊れちゃったなら修理しますよー。いえいえ、お金なんて要りません。好きでやってることですし」


「おい、そこのお前!! 怪我人だな!! なに、違う!? うるせー俺が怪我人って言ったら怪我人なんだよ!! 大人しく治癒魔法を食らえ!!」



 ある者は竜を解体し、またある者は壊れた馬車を直し、またある者は怪我をした兵士に治癒魔法をかけるために襲いかかる。


 勇者学院の生徒たちは困惑した。


 馬車を襲っていたはずの竜が倒されていることにも驚いたが、何より奇声を上げながら行動する仮面の不審者集団にドン引きしていた。


 そして、そんな勇者学院の生徒たちの前に不審者集団のリーダー格と思わしきが出てくる。



「ヒャッハァーッ!! ようこそ、勇者学院の生徒の皆さん!! 一人残らず木っ端微塵にヒールしてや――ベルチカじゃん。そんなところで何してんの?」



 生徒たちの視線が一斉にベルチカに向いた。


 ベルチカはさっと視線を逸らす。否、もう顔ごと逸らしてしまった。冷や汗もだらだらだった。



「人違いです。ボクは善良な勇者学院の生徒です」


「いや、ベルチカじゃん。魔法学園を占拠した白教の――」


「わー!! わー!! わー!!」



 ベルチカは慌てて不審者集団のリーダーに飛びかかり、口を封じた。



「ノーフェイスさんですよね? ボクの正体は誰にも言わないでください、言ったら心臓を抉ります」


「あ、ベルチカって人間社会に溶け込めるタイプの擬態型中二病だったんだ」


「ぎたい、なんです?」


「おけおけ、そういうことなら他人のフリして歓迎しよう」



 不審者集団のリーダーはベルチカから距離を取り、改めて奇声を上げる。



「ヒャハハハッ!! 改めてようこそ!! 一人残らず木っ端微塵にヒールしてやるのでじっとしていてください!! ヒャハハハッ!!」


「「「木っ端微塵に、ヒール?」」」



 勇者学院の生徒たちは改めて首を傾げた。






◆ ◇ ◆






 時は少し遡る。



「ねぇ、ガル」


「ん? なんだ?」


「なんか面白い話ない?」


「急な無茶振りやめろって。……まあ、あるにはあるけど」


「あるんかーい」



 午前中な授業が終わり、僕は学食でラーメンを啜りながらガルと談笑していた。


 ん? 異世界でラーメンが食えるのか、だって?


 たしかにこの世界の文明レベルは前世の中世ヨーロッパ未満だ。

 でも魔法技術のお陰で一部前世に匹敵する分野もある。


 特に食文化が顕著かな。


 魔法で冷害とか塩害とか防げるから作物の生産は安定してるし、氷魔法で急速冷凍して運べるので生鮮食品も食べられる。


 前世では点滴が主食だった僕にとって、これ以上嬉しいことはない。



「――て感じで、二年のネトラーレ男爵令息が三年のサオヤック伯爵令息に婚約者を寝取られたんだけど、イチモツぶった斬って逮捕されたってよ」


「あ、ごめん。何も聞いてなかった」


「自分から話題振ったんだろうが」



 ガルがカツサンドをむしゃむしゃ食べながら抗議してきた。

 勢いの割には食べ方が綺麗で、行儀のいいシベリアンハスキーだ。


 めっちゃ撫で回したい。



「ごめんごめん。ご『めん』だけに麺一本あげるから許して」


「寒いわ。てか一本かよ。俺、マズルのせいで麺類全般食いにくいんだけど」


「人間寄りの姿になればいいじゃん」


「お前な、そこまで緻密な魔力操作ができる獣人は一握りなんだぞ?」


「じゃあルカン先輩ってめっちゃ凄いの?」


「めっちゃ凄いぞ」



 ガル曰く、そもそも獣人は魔力操作が苦手な人が多いそうだ。

 身体能力が高い分、魔法を不要と考える者も少なくないのだとか。



「ん? あたしの話題?」


「あ、ルカン先輩ちっす。あれ? 今日は姉さんも一緒なんだ?」


「ルカンにしつこく誘われたのよ」



 珍しいことにルカン先輩の隣には姉さんの姿があった。

 相変わらずデレを見せないツンツン具合だけど、見れば分かる。


 友達とのランチに浮かれてるっぽいね。



「そんなこと言って、本当は姉さんも誘われて嬉しいんじゃ――」


「余計なことを言う口は縫い付けてしまおうかしら?」


「姉さん、不器用すぎて裁縫できな――」


「縫い付ける前に何か最後に言い残すことは?」


「今日の姉さん美人だね!! いつもより輝いて見えるよ!!」


「あら、ありがとう。でも私は毎日美人でいつも輝いているわ」



 あ、言葉間違えた。


 何か姉さんが喜ぶことを言わなきゃ。何か、何かないのか……。


 そだ。



「姉さん、ちょっと成長した?」


「……どの辺りの話をしているのかしら?」


「僕の口からは……ご想像にお任せします」


「そう、流石は私の弟ね。実は最近1センチも大きくなったのよ!!」



 へー、姉さんは1センチも大きくなったのか。


 ん? 僕は身長の話をしてるんだよ。別に胸の話なんかしてないよ。

 まあ、どちらにしても誤差の範囲だと思うけどね



「あはは、相変わらず姉弟で仲がいいねー」


「うるさいわね、ルカン。別にこれくらい姉弟なら普通よ。そうよね、アスク」


「そうかな?」


「そうでしょう?」


「そうだね」



 否定するとまた姉さんの機嫌が悪くなりそうだったので、適当に頷いておく。



「はいはい、フラン。弟クンをいじめないの。犬クンも怖がってるよ」


「だから俺犬じゃなくて狼で……いや、何でもないっす」



 ガルはルカン先輩に抗議しようとしたけど、その隣にいる姉さんを見て硬直してしまった。


 耳と尻尾をペタンとさせている。


 そういえば、前に姉さんが部屋に押し掛けてきた時もガルは怯えてたっけ。

 姉さん、昔から犬に怖がられるタイプだったけど、獣人も対象だったんだね……。



「ねぇねぇ、ガル。なんで姉さんが怖いの?」


「えっ。いや、それ本人の前で言うのは……」


「そうね、是非教えてもらおうかしら?」


「あ、うっす。なんつーか、格上の雰囲気があって、野生の勘みたいな、そういうのが働くみたいな」


「……そう」



 それから四人で食事しながら雑談に興じていると、姉さんが思い出したように話題を振ってきた。



「そういえば、例の話は聞いたかしら?」


「ネトラーレ男爵令息がサオヤック伯爵令息の竿をちょん切って捕まった話?」


「そんな下品な話じゃないわ。勇者学院から留学生が来る話よ」


「勇者学院? 何それ? ガル知ってる?」


「逆に知らねーのが驚きだよ。大昔に魔王を倒した勇者がベルハルト帝国に作った完全実力主義の学校だ。噂じゃ今年は勇者の末裔が来るらしいぜ」


「へー」



 魔王とか勇者とか、そういう異世界ファンタジーにありがちな存在が昔はいたんだねぇ。


 しかも今回はその末裔が来るという。……ちょっと会ってみたいかも。


 調べてみたら勇者学院の留学生はちょうどメディクス子爵領を通るらしいし、辻ヒールついでに会いに行ってみようかな。


 久しぶりに『見境なき治癒魔法士団ナイチンゲール』がどうしてるか見に行きたいし。






―――――――――――――――――――――

あとがき

ワンポイント小話


作者「『見境なき治癒魔法士団ナイチンゲール』は少しずつ活動範囲を拡大中。現在はメディクス子爵領に隣接する領地ならどこでも出現する。仕事を奪われた治癒魔法士からは死ぬほど嫌われている」


ア「へー」



「ベルチカって本名かよ」「お姉ちゃんに怯えるガルかわいい」「1センチは誤差なのでは……」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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