第15話 ノーフェイスの中の人
「ノ、ノノノノノーフェイス様!?」
「今宵はいい月夜だな、クリスティーナ王女」
「は、はひっ、そ、そうですね!!」
ペストマスクと漆黒のコートに身を包み、ノーフェイスのフリをした姉さんが妙にキザったらしい台詞でクリスティーナに語りかける。
「不躾な要求かも知れんが、私の配下を解放してもらえるかね?」
「あ、はは、はひっ!! すぐにでも!!」
クリスティーナが兵士たちに僕を縛る魔力の鎖を解くように命令する。
兵士たちはせっかく捕まえた僕を解放するのに不満そうだったが、王女の命令とあらば従うしかない。
自由だあああああああああああッ!!!!
「恩に着る、クリスティーナ王女」
「い、いえいえ!! そのようなことは!! それより、その、今日はなぜこちらに?」
「国王陛下の病を治療するためだ。彼……ええと、怪人ヒール男には陽動を任せていたのだよ。もっとも、クリスティーナ王女の優れた指揮能力の前では無力だったようだが」
「そ、そんな、それほどでも!!」
姉さんが腕を大きく広げたり、ややオーバーな堂に入った振る舞いを見せる。
……僕はあんな痛い動きしないと思う。
クリスティーナももう少し落ち着いてほしいね。
普段の生徒会長然とした態度が嘘のように動揺しまくってる。
「さて、クリスティーナ王女。私と取引をしよう」
「と、取引ですか?」
「ああ、取引だ。国王陛下の病を私たちに診せてもらいたい。代わりに君の要求を可能な限り呑もう」
「分かりました!!」
「えっ。あ、ああ、ありがたい。……随分と決断力があるのだな」
クリスティーナが頷くの早すぎて姉さんびっくりしてるよ。
「ちょ、王女殿下!? 失礼ながら、素性も分からぬ者を国王陛下に合わせるというのは……」
「ノーフェイス様は信用できる御方です!!」
流石に不審者を国王に会わせるのはまずいと判断した兵士が進言するが、クリスティーナは躊躇いなく言って退けた。
この王女、色々大丈夫だろうか。
まあ、病人の病が治るなら僕は何だっていいけどさ。
「ノーフェイス様、私からの要求は一つです」
「何かね?」
「私と付き合ってください!!」
「……私は、可能な限りと言ったはずだが」
「じゃあ結婚してください!! 子供は十人ほしいです!!」
「!?」
この王女、ちっとも止まる気配がないね。暴走列車かよ。
「王女殿下!! 正気に戻ってください!! いつもの貴女らしくありません!!」
「私は至って正気です!! 私はただノーフェイス様と『ピー(自主規制)』して『ピー(自主規制)』したいだけです!!」
「王女殿下!?」
兵士たちが悲鳴のような声を上げる。
学園では真面目な優等生だと思ってたけど、意外とそうでもないようだ。
「クリスティーナ姉様、抜け駆けはよくない。私もノーフェイス様と『ピー(自主規制)』したい」
おっと。
まさかここでウィクトリアまで参戦してくるとは思わなかった。
姉さんもドン引きしてるよ。
ん? でもどうしてウィクトリアは僕の方を見ながら言ったのかな。今のノーフェイスは姉さんだぞい。
……もしかしてバレてる?
「クリスティーナ王女。ウィクトリア王女も、どうか詮索はやめてもらいたい」
「ん、分かった」
「あ、も、申し訳、ありません。じゃあせめて、お顔だけでも拝見させてはもらえませんか?」
「私、詮索しないでって言いませんでした?」
「姉さ――コホン。ノーフェイス様、素が出てますよ」
しかし、クリスティーナはまだまだ諦めない。
「じゃあキスしてください!!」
「……」
僕を助けに来たはずの姉さんが、僕に助けを求めるような眼差しを向けてきた。
思わずさっと視線を逸らすと、姉さんは何かを諦めたように頷く。
「……いいだろう。目を閉じてもらえるかね?」
「っ、はい!!」
「では、失礼する」
姉さんは覚悟を決めたのか、クリスティーナに近づいてペストマスクを少しズラしてその頬に口づけした。
ノーフェイスの正体を知っている僕にとって、ちょっと面白い光景だった。
「これで、満足してもらえるか?」
「あ、あひゃい……あへ、あへへ」
「ん。クリスティーナ姉様が人に見せちゃいけない顔してる」
「……では国王陛下の診察をさせてもらおうか」
それからクリスティーナは約束を守って、僕たちを国王の寝室まで案内した。
国王はかなり具合が悪いようで、寝室のベッドに横たわっていたが……。
クリスティーナとウィクトリアを柔らかい笑みを浮かべて迎えた。
「ごほっ、ごほっ。おお、クリスティーナ。それにウィクトリアまで。このような夜更けに一体どうしたのだ? 随分と城中が騒がしかったが、後ろの者たちは一体……」
「お初にお目にかかる、国王陛下。私はノーフェイスという」
「ノーフェイス……そうか。貴殿がクリスティーナとウィクトリアの病を治してくれた者か。遅くなったが、改めて礼を言う」
国王が深々と頭を下げた。
「気にする必要はない。それよりも、早速診させてもらおう」
「おお、余の病を治すために来てくれたのか? それはありがたい。宮廷治癒士も何の病か分からぬようでな」
「失礼する」
それから姉さんは国王の容態を確認し、言葉を失っていたようだった。
そして、短く一言。
「これは、病ではないな」
「む? どういうことだ?」
「毒だ。病に見せかけてじわじわと人を殺すことができるよう調合されたものだろう」
え、毒? まじかよ。事件じゃん。
「……ふむ。やはりそうであったか」
「気付いていたのか?」
「余は国王。それも、あまりいい君主とは言えぬ類いだ。毒を盛られていても驚きはせぬ。急ぎ対処せねばな」
「そうか」
いや、もうちょっと驚こうよ。国王の肝の座り方がすごいね。
姉さんは国王の毒をあっさり治療して、早々に帰る準備を始めた。
「待ってくれ。そなたは娘だけではなく、余の命まで救ってくれた。何か礼をさせてはもらえぬか?」
「無用だ。私は名声がほしくてやっているわけではない」
「では、何のために?」
「それは……」
姉さんは一瞬言葉を詰まらせたが、僕の方をちらっと見た。
そして、国王に見向きもせず答える。
「私は、私の手が届く範囲にいる人たちに長く健康で生きていてほしいだけ。それ以外のことは正直興味がない」
それはいつだったか、僕が姉さんに語った言葉だった。
パクった!! 姉さんが僕の台詞パクった!!
……あれ? でも今の姉さんはノーフェイスを演じてるわけだし、僕の考えを代弁してくれたのかな?
「なるほど。それは、素晴らしい心意気だな」
「では、我々はこれで失礼する」
「待ってほしい。最後に一つだけ、どうしても聞きたいことがある」
「……なんだ?」
「そなたの治癒魔法ならば、儂の後退した髪の毛も治せるか?」
ん? え? なんて?
めっちゃ真剣な声音で聞いてくるから一瞬何を言ったのか分からなかった。
「お父様……」
「ん。お父様は空気が読めない」
「死活問題なのだ!! 余も亡き父のように禿げ上がるか不安で不安で!! 朝起きると髪の毛が抜けて、日に日に前線が後退しておるのじゃぞ!!」
あー、気持ちは分かる。
僕も前世で朝起きる度に髪の毛が抜けるのが怖かったもん。
「……治癒魔法では死者を蘇らせることができない。死んだ毛根は生き返らない」
「くっ、王家の血筋には抗えぬのか……」
「では我々はこれで失礼――」
「ちょっと待ってください、ノーフェイス様。私からも大事なお話があります」
「クリスティーナ王女?」
立ち去ろうとする姉さんを、今度はクリスティーナが呼び止めた。
姉さん、帰りたくてそわそわしてるなー。
「お父様。私はこちらにいるノーフェイス様のことをお慕いしております」
「……そうか」
「結婚して毎日『ピー(自主規制)』したいくらいにはお慕いしております!!」
「そ、そうか。別にそこまで言わなくてよいぞ。しかし、クリスティーナはアスク・メディクスとただならぬ仲ではなかったのか? いや、余も若い頃は恋多き青春を送っていた故、複数人の男を侍らせることに反対はしないが……」
「アスク・メディクス様とは契約恋愛です。アーナル公爵令息との婚約を解消するための」
「む、そうだったのか。ううむ、たしかにそなたの願いは叶えてやりたいが、流石に素性の知れぬ者に娘をやるのはな……。だが、うむ。実在する人物が相手ならまあいいか」
もしかして国王、ノーフェイスが実在しない都市伝説だとでも思っていたのかな。
「少なくともアーナル公爵令息との婚約は破棄できるよう手続きしておこう」
「っ、お父様!! ありがとうございます!! ではついでにノーフェイス様との婚約も認めてください!!」
「それはちょっと考えさせて」
まあ、国王からすれば命の恩人でも顔を隠している怪しい人に娘をやれるわけがないよね。
クリスティーナが国王の説得を試みるうちに朝日が昇り、小一時間が経った頃。
一人の兵士が慌てた様子でノックもなく寝室に入ってきた。
「陛下!! 国王陛下!!」
「どうした、何事だ?」
「ま、魔法学園が!! キシリカ王国立魔法学園が謎の武装勢力によって占拠されました!!」
「な、なんだと!?」
事件って次々起こるよね。
―――――――――――――――――――――
あとがき
ワンポイント小話
作者「百合って綺麗だよね」
ア「ねー」
「姉妹揃ってぐいぐい来よる」「百合展開か!?」「国王がハゲ気にしてるの笑う」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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