第19話 カガミたちの会議
「今朝、警察が来たらしい」玄関ロビーに入ってくるなり、彼はそう言った。「ついさっき、あの車を運んで帰ったそうだ」
その声はかすかに怒気を孕んでおり、彼は白い眼鏡をかけた彼女をじろりとにらんだ。
「私のせいだって言うの?」
「お前が昨日、宇野を轢かなければ、警察が来ることも……」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて」
「私だって、人を殺すのは本意じゃない」
女が不貞腐れたように言う。
「じゃあ亀戸アキラは?」
「あの人は殺人鬼だもの。殺さなきゃ、もっと多くの人が死んでた」
女は得意気だ。男は毒気が抜けたようで、ソファに座った。それから、室内に他の誰もいないことを確認する。
ここは、
離れは、入団したばかりの者たちが共同で生活する建物だった。離れには三人の他にも居住者がいる。それぞれに個室が与えられているが、風呂やトイレ、キッチンなどは共有だ。
そして三人がいるこの広い部屋は、玄関ロビーであり、食堂であり、団員たちの憩いの場でもあった。
しかし今は誰もいなかった。男はそれを確認すると、状況を報告した。
「警察には
守部というのは、麓教団の事務員だ。彼女自身も団員で、元々は別の仕事をしていたが、数年前に麓教団の事務員へ転職した。
「彼女は俺たちが昨日車を使ったことを知っているからな。それとなく注意されたよ」
「また迷惑かけちゃったわね」と女はため息交じりに言った。「車も直してもらったし」
「あいつの【パラドックス】にな」
男はぶつくさと文句を垂れる。
「これでまた、逆瀬祈理を殺しに行かない理由を与えてしまった。ごねられるぞ。警察を追い払ってあげたんだからもうちょっと待って、って」
男は鳴音をにらみつけた。
「本当にあの女が協力してくれるんだろうな? 数少ないパンドラを貸したんだぞ?」
「う、う~ん……」鳴音は委縮しながら答えた。「私の【パラドックス】だと、そこまで細かくはっきりとは……」
「協力はしてくれてるじゃない」女が鳴音をかばう。「車を直してくれたし、警察も誤魔化してくれた」
「お前はいつもそっちの味方だな」
男は不服そうに、白い眼鏡の女をにらんだ。
それから、ハッと気づいたように言った。
「……そうだ。なら、逆瀬祈理を殺させるのはやめて、虎子を狙わせよう。虎子のパンドラを奪い返させるんだ。守部さんも、そのくらいなら協力するだろう」
***
警察署で小牧から話を聞いた帰り道。虎子は祈理と別れ、ひとり家路へ向かっていた。広い道路だったが、歩いている人はほとんどいない。たまに車が通る程度で、鳥の鳴き声以外は静かな道だ。
日が沈むにはまだ早い。虎子はこのまま家に帰るのは惜しい気がした。どこか公園にでも遊びに行こうか、それとも、弟を探しに行こうか。
探すと言っても、もちろん当てはないのだ。やはり麓教団に入って、カガミさんに弟を探してもらった方がいいんじゃないか……。
弟がいなくなって一か月が経ち、彼が生きている可能性が限りなく低くなっていることは、虎子も理解していた。でも、だからこそ、少しでも早く見つけてあげたい。
そんなことを考えながら、足は自然と公園へ向かっていく。
自分が遊ぶため――だけではなく、弟を探すためでもある。彼は公園が好きだった。どこかの公園に行けば、ひょっこり現れるんじゃないか。そんな気がしていた。
しかし、ひょっこりと現れたのは、別の人間だった。
「ねぇ、そこのお嬢さん」
聞き覚えのない若い女性の声がした。虎子は自分が呼ばれていると思わなかった。
「そこの、綺麗なかんざしのお嬢さん」
ようやく、それが自分に向けられたものだと察した。
「?」
振り替えると、異様な二人組がそこにいた。
白い服を着た若い女性と、車椅子の男性だった。女の方は左腕にギプスを付けて首から吊るし、左目に眼帯をつけている。車椅子の男は逆に、右腕に包帯を巻き、大きなサングラスをかけていた。ずいぶんな大怪我を負ってる二人組だ。
「……なにか用?」
虎子は、当然、警戒した。
こんなタイミングで虎子に話しかけてくるなんて、どう考えても怪しい。カガミに頼まれたと考えるべきだ。
女はおっとりと微笑んで言った。
「このあたりに、
「キャンプ場? 病院じゃなくて?」
「面白いこと言うわね」女は笑った。
たしかに、そういうキャンプ場がある。というか、虎子がいまから行こうとしていた場所だ。弟が好きな公園のひとつだった。
「それで、場所、わかる?」
「わかるけど」
「ほんとに!?」女は笑顔になった。「もし時間があったら、案内してくれないかしら? 私も彼も、スマホの電池が切れちゃって……」
そんな都合のいいことがあるだろうか。虎子はますます警戒した。
しかし、もしカガミの刺客だとしたら、ここで断ったところで意味はない。どうせこっちの顔は割れているし、あとから執拗に狙ってくるだろう。
それならば、いまはこの人達の言うことを聞いて、隙を伺ってパンドラを奪った方がいい。
「うん、わかった。いいよ」
虎子が答えると、女はまた笑顔を作った。
「ありがとう! そうだ、あなた、お名前は?」
「……
どうせ知ってるのだろう、と思いながら答えた。
「虎子ちゃん。良い名前ね。私は
八木千秋と呼ばれた男は、口を閉じたまま、ニッと笑った。サングラス越しで目元は見えないが、人から好かれそうな笑顔だと思った。
「キャンプ場なら、こっちだよ」
そう言って、虎子は歩き出す。
おそらく、この二人のどちらか、あるいは両方が、パンドラを持っている。
虎子は二人には背を向けず、守部桜の隣に立った。
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