第十五話 仮面の天敵
深夜の河川敷。
わたしはシリウスレイの姿になり、人気のない場所で一人、剣を振るっていた。
剣道の心得は、少しある。
けれどそれはあくまで人に対するための剣。
人ならざる魔物と戦うには、また別の術理がいる。
(……まだ、足りない)
わたしの武器であるこの魔法剣〈プロキオン〉は、特別だ。
リムリムが渡してくれた武器ではなく、「ある人」に作ってもらった「わたしのため」の武器。
わたしはこの武器にふさわしい魔法少女になるために、そして、わたしにこの武器を作ってくれた「あの人」に胸を張れる自分になるために、ひたすらに剣技を磨いていた。
誰もいない河川敷でひたすらに剣を振るっていると、自分が研ぎ澄まされていくのが分かる。
けれど……。
「もうすぐ二時リム! いいかげん練習は切り上げて帰るリムよ!」
それに抗議するように、相棒の妖精リムリムが、わたしの周りをぷんぷんと飛び回る。
「……ごめん、リムリム。でも、あと少しだけ」
ちょっと口うるさいところはあるけれど、いつも親身になってわたしのことを考えてくれるこの妖精のことを、わたしは信頼していた。
まだ生まれたてで妖精としては新米らしくて、武器を作るのはあまり得意ではないみたいだけど、わたしが「職人」に武器を作ってもらうのを「それで志帆が安全になるなら」と後押ししてくれたことは、今でも感謝している。
「もう! 志帆は真面目すぎ……」
何かを言いかけたリムリムが、不自然に固まる。
「どうしたの?」
わたしが問いかけると、リムリムは呆然と言った。
「す、すぐ近くで魔力反応リム! これは……すぐに魔物が出てくるリムよ!」
「そんなっ!?」
魔物は空気中の魔力が寄り集まって生まれるもの。
ゆえに、魔物の発生する場所と時間はある程度予測可能で、大抵の場合は発覚から発生までに時間の猶予がある。
だからこそ、わたしたち魔法少女が魔物を鎮圧するのが間に合っているのだけれど、ごくまれに「イレギュラー」と呼ばれる、急激に魔力が集まって、唐突に魔物が生まれる「例外」が起こることもある。
迷ったのは、一瞬だった。
「……リムリム。配信、回して!」
魔法少女は戦闘の際、その映像を配信することを推奨されている。
つまりそれは、戦闘の意思表示にほかならない。
「な、何言ってるリムか! 今は〈シンデレラ・タイム〉を過ぎてるリムよ!?」
対して、リムリムが声を荒らげて叫ぶ。
――シンデレラ・タイム。
それは、夕方の六時から夜十二時までの「魔法少女の活動に適している」とされている時間帯。
特に、夜十二時を過ぎた場合、「安全性が担保出来ない」として、以降の戦闘は絶対に避けるようにと魔法省からは厳命されている。
どうして深夜の戦闘が安全でないのかは明確な発表はないが、魔法省が「厳命」までするからには、根拠のあることなんだろう。
それでも……。
「お願い、リムリム!」
「……ああもう、絶対に無理だけはするんじゃないリムよ!」
それでも、この剣に恥じる生き方だけは、したくないから。
※ ※ ※
「はぁっ!」
気合の声と共に、青い燐光を帯びた斬撃が、魔物の巨体に吸い込まれる。
(――硬い!)
いつもの魔物なら、バターのように切り裂けるはずの一撃。
それが、薄皮一枚ほどしか切り裂けずに終わる。
(……これが、イレギュラー!)
数合打ち合っただけで、理解した。
(……格が、違う)
深夜に姿を現したのは、ショベルカーほどもある岩石の巨人だった。
既存の物理法則に従えば、どうあっても動くはずのない巨体。
それが、縮尺を無視したような身軽な動きで襲ってくる。
対峙する者にとっては、まるで悪夢のような怪物。
「……だからって、諦める訳には、いかないから」
現実問題、ここで退く選択肢はもはやない。
こんなものを野放しにしてしまったら街がどうなるかなんて分からないし、そもそもこの相手から背を向けて逃げようというのが無謀だ。
だから、
「懐に、入ってしまえば!」
一か八か、わたしは振り下ろされた掌をかいくぐるように接近して、
「くっ……!」
一瞬で逆の手から繰り出されていた拳を、剣で受け止める。
いや、受け止めた、と思った瞬間には、吹き飛ばされていた。
「………ス! シリウス!!」
リムリムの叫びに、飛んでいた意識が戻ってくる。
ペッと口の中に入った土を吐き出して、両手の具合を確かめる。
(まだ、動く)
剣にも異常はない。
これが普通の魔法武器だったら、きっと武器もわたしも粉々だっただろう。
「シリウス! 今すぐ逃げるリム! 頼むから逃げてくれリム、志帆ぉ!!」
剣を、構える。
(ごめん、ね。リムリム)
勝ち目がないことなんて、分かっていた。
でももう、足に力が入らない。
(――死ぬならせめて、この剣と一緒に)
剣を構えたのは、もうただそれだけの意味しかなかった。
にじむ視界で、ふと思う。
(……シンデレラ・タイム、か)
「あの人」に剣を贈られて夢のような時間を過ごしたわたしが、シンデレラの魔法が解けたかのように、十二時過ぎに死ぬ。
……それはとても、わたしにふさわしい末路のように、思えたのだ。
巨体が、動く。
わたしでは十数歩かかるほどの距離を、たった一度の踏み込みでゼロにして、拳が迫る。
死を受け入れたわたしが、目を閉じようとした、その時、
「…………へ?」
目の前で、世界が二つに割れた。
遅れて「ドォン」と腹に響く音と、地面に落ちた魔物の腕を見て、わたしはようやく、横から何かしらの攻撃が加えられたことを知る。
「ま、さか……」
連想したのは、魔法少女の間で都市伝説のようにささやかれる存在。
闇のように黒いタキシードに、マントとマスクをつけた、正体不明の怪人。
「マスカレードナ……え?」
しかしそこで、わたしはもう一度、目を見開くことになる。
確かにそこには、マントとマスクをつけた仮面の騎士がいた。
だが、その下は話に聞くタキシードとは似ても似つかないジャージ姿だし、足元をよく見ると素足にスニーカーを履いている。
そして高所でポーズを取った彼は、戦うでも名乗るでもなく、ただただ、ゆっくりと首を上下に動かしていて……。
まあなんだ、つまるところ、彼は……。
「……zzz」
マスカレードナイト仮面は、寝ぼけていた!
―――――――――――――――――――――
最大ピンチ! 最強の敵、「睡魔」現る!!
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