第六話 ひなたに咲く花
あの時……。
彼が魔法のステッキを折った時、全てが終わってしまったかと思った。
あの時の焦りを、絶望を、今でもはっきりと覚えている。
でも……。
※ ※ ※
「――な、何してるの!!」
目の前で無残にステッキを破壊され、くってかかるあたしに、彼は平然と言葉を返した。
「物事には『ふさわしい形』というものがある。私がその手助けをしようと思ってね」
その態度に、頭に血が昇る。
「それは……! あたしには魔法少女なんてふさわしくないって、そういう……」
「違う」
短く、けれど力強い声だった。
その一言に戸惑うあたしに、さらなる驚きが降ってくる。
「君は、素晴らしい魔法少女だ。君の魔力は、君の心を示すようにまっすぐで力強い。ただ反面、曲がったり速度を変えたりするのは苦手なようだ」
「それで、フォローのつもり?」
心が真っすぐ、なんて言われても喜べない。
それで魔法が当てられないなら、ひねくれた性格でいた方がよかった。
「いいや、本題はこれからだ。つまりは、君は悪くない。ただ、このステッキこそが君の枷となっていたということだ」
「……へっ?」
あまりにも想像と違う言葉に、あたしは一瞬、何も言えなくなってしまった。
それを誤魔化すように、慌てて口を開く。
「で、でも、あたしだよ? 何をやっても全然ダメで、攻撃も外してばかりで、いつもムーンたちの足を引っ張ってるあたしが……」
「ほら」
言いかけた言葉は、今度は仮面の男が放り投げたものに遮られる。
反射的に受け取ったそれは、ステッキの先端だったもの。
「魔法発動体だ。それで、魔法を使ってみるといい」
「何を、言って……」
分からない。
この人が何を言っているのか、分からない。
「ま、魔法なんて使えるはずないでしょ! ステッキがないのにどうや……」
「拳で撃てばいい」
「……へ?」
彼の返答に、今度こそ思考が止まった。
「殴って、相手とゼロ距離の状態で魔法を撃てば、狙いなどつけなくても必ず当たる。自明の理だ」
「そっ!? そんなのめちゃくちゃだよ! あ、あたしは魔法少女なんだよ!? それが、殴るとか……」
「ふっ。何を言う。ステゴロと変身バンクは魔法少女の華だろう?」
「???」
話せば話すほど、頭がおかしくなりそうだった。
彼の常識は、あたしの常識とあまりにもかけ離れすぎている。
なのに、なぜだろう。
そのあまりにも自信たっぷりな言葉を、嘘だと決めつけられないあたしがいるのは。
「ふむ。むき出しのままでは不格好と言うなら、君のために、新しい形をあつらえよう」
「……え?」
止める暇すら、なかった。
あたしの右手に魔力が集まり、巻き付いていく。
握っていたはずの水晶があたしの手を離れ、手の甲に張り付いていた真っ白な魔力に融合していく。
「こ、れは……」
気が付けば、魔力の光はあたしの腕を守る籠手となり、魔法発動体は、まるでそこにあるのが正しいとでも言わんばかりの自然さで、その籠手の中心に収まっていた。
(不思議……)
どうして、だろう。
さっき作られたばかりなのに、まるでずっと前から使っていたかのように、手に馴染む。
――だからこそ、ありえない。
魔法少女の武器は、人知の及ばぬ物体。
唯一、〈マスコット〉と呼ばれる異世界の妖精だけが与えることの出来るはずのもの。
でも……。
でも、だとしたら、これは、一体……?
「銘を、教えておこう」
その答えは、すぐそばからもたらされた。
信じがたい偉業をなしたその男は、あくまで自然体で、あたしにその名を告げたのだ。
「――〈太陽のガントレット〉。君の、新しい翼だ」
……と。
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