器用な優しさと、令嬢たちの共闘
1. 進化する脅威と近接戦闘の危機
シエルが王都から帰還した直後、要塞の防衛網は再び警報を鳴らした。
「影の結社です!今回は、磁力呪詛が効かないと判断し、近接戦闘を主軸としています!」
ホムンクルスは、シエルの元素共鳴の罠に対抗するため、磁力操作が失敗した場合にその魔力を自己変成させ、一時的に鉄よりも硬い装甲を纏うという進化を遂げていた。
シエルは黄金の槍(ロングヌス)を具現化させ、中庭でホムンクルス部隊と対峙した。しかし、敵の狙いは明確だった。磁力攻撃の囮を使い、シエルを近接戦へと引き込むこと。
「不完全な勇者め。逃げ回ることは許さない!」
シエルと同容姿の女性ホムンクルスは、鋼鉄の装甲を纏い、凄まじい速度でシエルに迫る。シエルは槍で精密な突きを繰り出すが、敵の装甲にはわずかな傷しかつかない。
(いけない。この装甲を貫くには、剣(カリブルヌス)の断罪の力が必要だ。だが、この距離で剣を使えば、要塞の仲間を巻き込む可能性がある。トラウマが、僕の演算を阻害する…!)
シエルは一瞬、剣の具現化を躊躇した。その隙を突き、ホムンクルスの渾身の一撃がシエルを捉えた。
2. リリアンヌ姫の「乱暴な支援」
シエルは中庭の隅に吹き飛ばされ、一瞬動きを止めた。要塞の守備隊が救援に向かおうとするが、ホムンクルスの猛攻に阻まれる。
その頃、要塞に視察に来ていたリリアンヌ姫は、戦場から少し離れた錬金術の研究棟にいた。
姫は勉強は苦手だが、呪詛符の実技と、回復ポーションの調合は得意だった。彼女は戦いの喧騒には加わらず、ホムンクルスの攻撃で怪我を負った要塞の兵士や錬金術師たちを運び込ませていた。
「早くポーションを飲みなさい!貴方たちのような役立たずが、あの完璧な男の足を引っ張るんじゃないわ!」
姫の言葉は乱暴だったが、彼女の手際の良さは非凡だった。彼女は自ら布を床に敷き、重症者が横になれるスペースを確保し、持てる限りの回復ポーションを兵士たちに与えていた。彼女の行動は、戦場から離れた場所での完璧な支援だった。
「誰か、あの辺りにいる重症者を運べないの!?まったく、完璧な男も完璧じゃないわね!」
姫が苛立ちながらも懸命に治療していると、彼女の背後に、アリア・ラプラスが現れた。アリアはシエルの指示を無視し、研究棟の状況を確認しに来たのだ。
「姫様…」アリアは静かに声をかけた。
リリアンヌ姫は振り返り、アリアを一瞥すると、皮肉を込めた。
「あら、砦の令嬢。貴方の完璧な執事は、今、危ないところよ。あなたも早く、遠くで祈ってあげなさい」
「いいえ。私は、私の砦を守りに来た。そして、シエルの家族として、彼の心を乱す要素を排除しに来たのです」
アリアはそう言うと、持っていた包帯や薬草の入った籠を、姫が用意した布の上に広げた。
「貴方の手当ては不器用ですが、温かい。私も手伝います。そして、この場所を守りましょう」
姫は、アリアの言葉と行動に一瞬戸惑ったが、すぐに顔を背けた。
「勝手にしなさい!どうせ貴方たち、完璧な男を奪い合っているんでしょう!」
3. 令嬢たちの共闘と守護
アリアは姫の乱暴な言葉を気にも留めず、負傷した者たちの手当てを手伝い始めた。二人の令嬢は、主従の義務や婚約者の立場といった垣根を越え、人命を救うという共通の目的で共闘し始めた。
その時、中庭でシエルを追い詰めたホムンクルスの一部隊が、後方支援の拠点とみた研究棟へ向かってきた。
「磁力は効かない。装甲で突破しろ!」
ホムンクルスたちが研究棟に突入しようと、鋼鉄の装甲を輝かせた瞬間、リリアンヌ姫が前に出た。
「乱暴者の出番ね!」
姫は、得意の強力な元素操作の呪詛を詠唱し、研究棟の周囲の地面を瞬時に隆起させた。岩石が磁力の影響を受けにくいというシエルの戦略を理解していた姫は、要塞の岩壁と地面を結合させ、臨時だが強固な岩の結界を作り上げた。
ホムンクルスたちが岩の結界に足止めされた瞬間、アリアが動いた。彼女は、シエルの剣のトラウマが癒やされないようにと、予備で持っていた**『カリブルヌス鎮静剤』**のポーションを、特殊な拡散式の数理魔法で気化させた。
「シエルが剣を使わずに勝てるよう、演算の安定を維持するわ!」
アリアは、気化したポーションを中庭のシエルめがけて送り込んだ。その調和の数式がシエルの演算回路を瞬時に安定させた。
しかし、ホムンクルスの一体が、姫とアリアの動きに気づき、岩の結界を力任せに打ち破って、彼女たちめがけて飛びかかってきた。
「邪魔者は消えろ!」
ホムンクルスの硬い拳が、姫めがけて振り下ろされた。
「姫様!」
アリアは、反射的にリリアンヌ姫の前に立ち、自身の持つ小さな護身用の盾を構えた。盾は、一撃で砕け散ったが、姫は衝撃を免れた。
「なぜ、私を庇うの!?」リリアンヌ姫は驚愕した。
アリアは、砕けた盾の破片を払いながら、静かで強い眼差しで姫を見つめた。
「あなたは、私の家族であるシエルの使命に必要な人です。そして、命を救おうとするあなたの優しさは、要塞の数理的な安定と同じくらい、この国に必要なものだからです!」
アリアの言葉は、姫の胸に深く突き刺さった。それは、ライバルからの言葉ではなく、共に使命を背負う者としての言葉だった。
4. 完璧な勝利と、二人の秘密
その頃、演算が安定したシエルは、ホムンクルスとの戦闘を再開していた。装甲を纏った敵に対し、彼は**槍(ロングヌス)を捨て、代わりに黄金の盾(エギス)**を具現化させた。
敵の装甲を貫けないのなら、敵の力を利用すればいい。
シエルは、敵の装甲の一撃を盾で受け止め、その破壊エネルギーを、アリアの防壁の数式を応用した逆相で跳ね返す。ホムンクルスの装甲は、自らのエネルギーによって内部から砕かれ、その場で機能停止した。
剣を使うことなく、完璧な防御戦略で勝利を収めたシエルは、すぐに研究棟へと向かった。
シエルが見たのは、リリアンヌ姫とアリアお嬢様が、互いに言葉を交わすことなく、負傷者の手当てを続ける姿だった。
姫の優しさと、アリアの献身的な愛。シエルは、この二人の女性の行動の数理的ではない美しさに、静かに感動を覚えた。
その夜。いつものようにアリアの部屋のソファに倒れ込んだシエルは、リリアンヌ姫の行動について、初めて愚痴ではない言葉を口にした。
「お嬢様……。姫様は、完璧な優しさを乱暴な言葉で包み隠している。僕の数式が、あの人の心の定数を間違って演算していたようです」
アリアは、シエルの髪を撫でながら、微笑んだ。
「そうよ、シエル。だから、あなたは、完璧な勇者でありながら、不完全な人間でいられる。私も姫様も、あなたの不完全さを支えているわ」
二人の令嬢の秘密の共闘を知らず、シエルはただ、この家族の温もりの中で、王族との婚約という冷たい使命への決意を固めていくのだった。
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