6時限目: 不本意な同盟と、傲慢な挑戦状



 

1.逃走と、闇の招待状

聖女アストレイアの**『慈悲の静寂』**によってマナ枯渇の危機は回避されたものの、レオンとアリオスが互いを警戒し合う乱戦の中で、カイトは既に勝機を見定めていた。

 

「教師と騎士の感情的な衝突こそ、私にとって最高の実験環境だ」

 

カイトは、レオンの**『瞬速雷鳴』を受け止めた『多層圧縮シールド』の残りのエネルギーを、一瞬で自身の脚に再配分した。それは、レオンの「指向性収束」**を逆手に取った、瞬間的な加速術式だった。

ドッという空気を蹴る音と共に、カイトはアリオス率いる警備隊の最も警戒の薄い一点を正確に突き、廃実験場から完全に姿を消した。彼の脱出劇は、レオンとアリオスが互いに隙を見せ合った結果であり、カイトの理論が実戦で勝利した瞬間だった。

 

「チッ!」レオンは舌打ちし、逃げ去ったカイトの残滓を追うのを諦めた。追えば、アリオスと再び衝突し、ますます面倒な事態になる。

その時、レオンが立っていた足元の、湿った土の上に、カイトが意図的に残していったらしい古びた羊皮紙の断片が目に入った。

レオンが拾い上げると、それは失踪した貴族令嬢の研究記録の一部だった。そして、その断片の端には、王都貴族街、来週土曜日という日付と、「マナ大交換儀式」という文字に、鮮血のような闇のマナで二重線が引かれていた。

それは、レオンの理論を不完全に模倣する傲慢な理論家から、レオンへの次なる**「公開実験への招待状」**だった。

 

2.騎士の怒りと、聖女の調停

カイトの逃走を確認したアリオスは、激しい怒りをレオンに向けた。

 

「貴様のせいだ、レオン!貴様の私情による拙速な制裁が、王都のテロリストを逃した!今すぐ警備隊本部へ来い。貴様を公務執行妨害と危険行為の容疑で拘束する!」

 

「無駄だ、アリオス」レオンは吐き捨てた。「君たちの捕獲能力では、奴の理論には永遠に追いつけない。君の剣が錆びていないように、私の頭も鈍ってはいない」

 

二人が激しく対立する中、警備隊の最後尾にいたアストレイアが、静かに二人の間に割って入った。

 

「レオン先生、アリオス隊長。対立している場合ではありません」アストレイアは落ち着いた声で、カイトが残した羊皮紙の断片をレオンの手から受け取った。「これは、次に狙われる場所と、次の実験の内容を示唆しています。この理論の裏を読めるのは、世界でレオン先生だけです」

 

アストレイアは、アリオスにも冷静に語りかけた。

 

「隊長。カイトの理論は、あなたの戦術を完璧に把握していました。この脅威に対処するには、レオン先生の理論と、あなたの実戦の力、そして私の監視が必要です。このままでは、王都全体が**『深淵の灯』**の実験場になってしまいます」

 

アストレイアの冷静な説得と、目前の明確な危機を前に、アリオスは屈辱に顔を歪ませながらも、剣を納めた。彼は、レオンに対する個人的な怒りよりも、王都の危機を優先した。

 

3.不本意な同盟

その夜遅く、学院の研究室。レオン、アリオス、アストレイアの三者は、緊張感に包まれた中でカイトの残した手がかりを解析していた。

手がかりは、来たる土曜日に王都貴族街で執り行われる**「グランド・マナ・アーク儀式」**を指していた。これは、貴族の魔力を一時的に集中させ、王都の魔力系統を安定させるための大規模な儀式だ。

レオンは、図面を睨みつけ、静かに結論を導き出した。

 

「カイトの次の目的は、『マナ枯渇』の完全版の実験だ。儀式によって集められた高純度で膨大なマナを全て吸い尽くし、自身の理論の完成形を証明するつもりだ。成功すれば、王都の魔力系統は完全に崩壊し、大規模なパニックが起こる」

 

レオンは、激しい憤りを覚えた。

 

「私の理論の完成形を、よりにもよって王族や貴族が集う場所で試すとは…実に面倒で傲慢だ!」

 

レオンは、安寧を求めたはずの自分が、自らの理論を完成させようとする教え子を止めなければならないという、究極に面倒な状況を呪った。

「仕方ない」レオンは鉄剣を机に叩きつけ、アリオスに冷たい視線を向けた。

 

「レシピの抹消と、私の平穏な日常の回復のためだ。最小限の協力が必要だと認めよう。ただし、指揮権は理論を理解している私が握る。警備隊の戦力は、私の指示に従って動け」

 

アリオスは悔しげに頷いた。「不本意ながら、了承する。だが、少しでも私情に走れば、貴様をその場で斬る」

 

アストレイアは、静かに二人の間に立ち続けた。

 

「私は、両名の暴走を防ぐ『監視役』として、常に同行させていただきます」

こうして、かつての因縁と、現在の理論をめぐり、レオン、アリオス、アストレイアの三者は、**不本意な「同盟」を結成した。彼らは、カイトの「闇の実験場」となった貴族街へ、王都最大の危機を阻止するため、そしてそれぞれの「黒歴史」**を清算するために向かうことになった。

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