ヒストリー・キーパーズ ―君と過ごす大切な一日×∞―

姉森 寧

前日

 「時間」とは、過去から未来へ向かって進むものである。ほんの一瞬の現在が過去となる事を繰り返し、それが積み重なったものが未来となる。――それが人類の共通認識だ。


 小松こまつ有利ゆうり、二十二歳、独身。地元の専門学校を卒業後、東京にある家族経営の小さな建設会社に就職し、経理事務と社内システムの管理を担当している。専門学校で学んだ建築関係の知識を活かすために入社したはずだったが、入社のタイミングで事務担当者が退職したため、新人でまだ何も分からない有利にその椅子が回ってきたのだ。

 不本意ではあったが、有利は真面目に仕事をこなした。

(何とか一人暮らしできてるし、それに、いつか事務員さんが入ってきたら、俺は毎日図面を引く仕事をさせてもらえるようになるんだ! 未来に期待だな!)

そう信じて早や二年強、その兆しは全く見られない。今年入った新人たちは有利が二級建築士の資格保有者である事を誰も知らない。ちなみに、試験に合格した時に会社に報告したものの、「経理担当だから」という理由で給料は上がらなかった。


 有利は明日の予定を頭の中で確認しながら帰路についた。急に有休を取る事になったが、一日休んだ程度では仕事に影響はない。それはこの二年強の間に、経理部長である社長の妻が滞りなく進められるように業務の手順を見直し、改善したからである。

(うちがブラックじゃなくてよかった。「明日休みます」で有休取れる会社でよかった)

しかし、有利はそう思っている。


 ――明日、何が起こるのか、有利はまだ知らない。

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