オオカミの恩返し

佳上成鳴 カクヨムコンテスト参加中!

 

 森の中をパトロールするのは俺の日課だ。特別何か変わることは滅多にない。それでも何かないかと歩き回る。森の奥、日の光が枝のわずかな間から申し訳なさそうに照らしていたがほぼ光が入らないくらい木々は生い茂っていた。


「誰だ」


 耳を立ててその小さな変化を聞き逃がさないように聞き入る。パキパキと歩いて小枝を踏む音だ。大きな影が近づいてくる。俺は攻撃態勢に入った。その時その影が声を上げた。


「オオカミだ!」

「気を付けろ、動くな」


 これは知っている、人間だ。襲い掛かればすぐに殺せるが相手の様子を伺った。


「大丈夫だ、俺たちは何もしない。な?」


 金髪の人間が話しかけてくる。ここは俺のテリトリーだ。入って来たものは容赦はしない。俺は唸り声をあげ飛び掛かる準備態勢に入る。


「う、うわ…」


 もう1人の黒髪の人間が後ずさる。俺は一歩踏み出した。もう少し動けば飛び掛かる。そう思っていると最初に話しかけてきた金髪の人間がゆっくりと話した。


「だめだ、動くなよ、ロキ…ほら、何もしない、大丈夫だ」


 そう言って人間はゆっくりと座った。


「大丈夫…俺たちは敵じゃない。迷ってここまで来てしまっただけだ。すぐに出ていく」


 そう言って微笑んだが緊張して引き攣っている。俺はこいつらよりは強い。その金髪の髪が風で揺れる。風がやんだら飛び掛かろうと思っていると金髪が手を出した。


「…ほら、何も持っていない。お前を攻撃しない…」


 確かにその手には何もない。本当に迷っただけのようだった。俺は少し緊張を緩めた。そしてある人間を思い出していた。

 俺は昔少しの間人間と過ごしたことがある。子供の頃だ。熊と闘い傷を負って逃げていた俺を見つけたその人間は傷の手当をした。俺は人間に会うのは初めてだったが手当をしてくれているのが分かったので静かにその様子を見ていた。その時に人間は食べ物をくれた。鹿の肉だった。その人間は俺が肉を食べるのを確認すると、大丈夫そうだな。美味しいだろう? と笑った。 

 人間は年老いていて歩くのもやっとのようだったが俺の世話を忘れなかった。毎日俺の所へ来て傷の手当と食事を持ってきてくれた。人間への感情が変わった期間だった。もしあの人間がいなかったら俺は死んでいただろう。

 傷も大分癒えて普通の生活が出来るのようになってからも俺はその老人との時間を過ごしていたが、ある日俺がいつものように老人を待っていると女の人間がやってきて言った。


「お父さんね、死んじゃったの。ずっと病気だったのよ。私たちはあなたと生活が出来ないから森へお帰り」 


 そう言って涙をこぼした。俺はその涙を見て森へと帰った。


「お…おいジョイ…」

「大丈夫だ、こいつは俺たちの出方を見てる」


 この金髪はあの老人に似ている。雰囲気がそっくりだ。俺を怖がらずに俺の様子を見ているんだ。老人は俺を助けてくれて俺は助かったのだ。

 俺を攻撃してくる人間もいた。だが手当してくれた人間もいるのを知っている。

 俺はそっと手に近づいてその手をペロリと舐めた。


「わかってくれたか…良かった…」


 金髪は微笑んで言った。俺はくるりと体の向きを変え人間たちを見た。少し歩いてまた振り返る。


「ついてこいって言ってるみたいだ」

「ど、どうするんだ…」

「行こう」


 人間は俺の後について歩き始めた。俺は慣れた足取りで森の中を歩いていく。途中、ついてきているか確認をしながら。

 しばらくすると森の端へと来た。俺は人間の方を振り返った。


「出口だ!」

「良かった!  ジョイ!  道があるぞ!」


 金髪は俺の方を向いて言った。


「連れてきてくれてありがとう」


 俺は少し鼻を鳴らし森へと歩き出した。


「気を付けて帰れよー」


 俺の背中に語り掛けてきたが振り向きもせずに森へと帰った。


 老人にはお礼が出来なかったから代わりにあいつらにした。それで借りは返した。


 人間は時として味方になるがパートナーになるのは無理だ。経験が知っている。ただ…老人と似ている人間を攻撃できなかった。でもこの森にいても死ぬだけだ。人間の世界に帰すのがベストだ。


 そうして俺は森の奥へと歩いて行った。そしていつものパトロールを再開した。

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