[ ForYou ]

☽二酸化炭素☾


___ __ _ __





…───深い。深い。意識の底。




薄暗い底に、幾十 幾百の顔が並ぶ。

見知った顔たち。幼かったり、しわがれていたり。


手を、伸ばした。

ギザギザとした、黒い手が。触れて。

__ そして、並んだ顔は 解けて。消えた。




瞼を開けては、閉じる。繰り返し。



瞬きの間、また 顔が並ぶ。

見知った顔たち、私の。愛しい人達。


ベッドの上、仄暗い部屋。

絡み合う足。白い柔肌と 甘い吐息。

長い髪に、触れた。彼女は、微睡んでいた。


雨降りしきる中、静かな窓辺。

伸びる影、置き去りにされた車椅子。

しわくちゃの手を、撫でた。彼は、困っていたかな。


零れる弾丸、辺りは一面 炎景色。

死体の焦げる匂い。悲鳴と、絶望。

臓物の溢れた腹を支え、頬を撫でた。


…あの子は、泣いていたのかも。




───重い瞼を、押し上げた。

痛いばかりの照明が、眼球を刺す。




…毎年、新しい事が起きる。

愉しくて、素敵な事。数え切れない程に。

増えれば増えるほど、色々あるけれど。─ね。



でも、だからだろうか。


中身にガタでも来たのだろうね。

時折、気になってしまったりもする。



嗚呼、この姿で良かったかな。

嗚呼、この声で良かったかな。

嗚呼、この色で良かったかな。

嗚呼、この道で、よかったかな。



眩い光を見上げる度に、

月の満ち欠けを眺める度に、

一つ一つと 時を重ねる度に、


薄れて行く。沈んで行く。

線がボヤけて、曖昧になって行く。

ボヤけて、とろけて、…やがて 影すらも。



私のした事は、したかった事は、──…



欠けた月、手を伸ばす。

…嗚呼、まだ。届きそうに無くて。

黒い肌に、纏った翅は 静かに靡いた。




___ 屍を、踏んで来た。


並大抵の者には越せない、

死屍累々が築き上げた 醜い肉の城。


名前も解らない子達だって、

姿さえ思い出せない子だって、沢山だ。


だから、きっと。

…彼も所詮は、大多数の一人。

幾千幾百と積み上がる欠片の、小さなひとつ。



…─戻りたい訳じゃない。


もう戻れないのは知ってるし、

今更、もう何も思えもしないだろうから。


私は、進むよ。前に、先に。ずっと、…

それがきっと、あの子達の救いになる。

私への、罰になる。そう、信じているから。



だから、君も そうでいて。



私にとっての、大多数の一人に。

君にとっての、大多数の一人に。


君を巻き込みたい訳じゃない。

積み上げた屍の山に、その顔は無くていい。


君は優しいから、

きっと、これから沢山愛される。

血みどろの道の中でも、幸せになれる。





───…右手の薬指、そっと唇を重ねた。



嫋やかな月光に、飾りの薔薇が よく映える。

私は、これだけで 充分だから。



「 Ich liede dich,

meine liede Cheshire Katze. 」



巣の屋上。欠けた月の下。

飾り気のない、誰かの声は、

風が攫って、そのまま 過ぎ去って行った。


…どうかそのまま、

貴方を囲む「好き」を受け入れて、

貴方がずっと、笑顔でありますように。






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