最終話 神の限界

次元が、引き裂かれる。

カナメは、脳の演算を限界まで加速させた。


過去の向こう、未来の果て。

あらゆる座標に、意識が吹き飛ばされる。

飛ぶ過程すらない。

順番も、因果も、結果もない。

ただ、そこに漂う。


追いつかなければ——

この意識は途切れ、自己の連続は失われる。

永遠に“自分”に戻れなくなる。


血管が破れ、出血が始まる。

……知ったことか。


カナメは、デミウルゴスによって無数の次元を引きずり回されていた。

だが——デミウルゴスが「何かをしている」わけではない。

むしろ、こここそが“正常な世界”だった。

三次元の檻に閉じ込められた人間には、ただそれが、耐えられないだけだ。



ブチブチブチ──




大量の毛細血管がはじけ飛ぶ。




「それ   って   なの? で   愛   何」




順序のない意志の疎通が、

言葉でも音でもないまま、脳を貫いた。

同時に、重なりあう無数の声が、感覚を破壊する。

概念の断片だけが、溺れるように意識を浸す。


カナメは、一瞬でそれを解読した。

そして、吐き出すように、応えた。


「……言葉じゃ……わかんねえだろ……」


喉から、熱い血が溢れた。


「──見せてやるよ」


カナメは明確に“それ”をイメージする。

理屈も、言語も要らない。




カナメが、デミウルゴスに見せるべきイメージは一つ。




「美」だ。


「美」とは、何だろう。




「きれいだ」

セナは、那由他を見て、そう言った。


きれいって、なんだと思う?


美しい人を見た時。

山の頂上から見た景色。

海のさざ波。

音。


いろんなときに言える、感想だ。


でも——


悲しい時に見る絶景は、きっと悲しみの中にある。

それでも、そのときでさえ。


……実感できるはずだ。


きれいだなって。


負の感情すらも、「美」に変えて。

人は立ち上がってきた。


だから、人々は恐怖の中で「こうあるべき」という信念を貫いた者を——




美しさをたたえて、“勇者”と呼んだ。




デミウルゴス。

お前の世界は、醜い。


だけど、醜いからこそ。

美しくあろうとする者たちが、生まれた。


それは……お前のおかげだと言える。


(創造してくれて、ありがとう。)


ふと。


ユキの顔が浮かんだ。

センイチの顔が浮かんだ。

セナの顔が。

エリの。

……みんなの顔が。


みんな——

世界が消えていく恐怖の中でも、必死に耐え、

「こうありたい」という心に従った。


どんなに脆くても、どんなに報われなくても。


それを貫く姿が、何より美しかった。




マコの墓参り。




パパのお墓の前で、泣いている。




うゎああああん……




ユウナに抱きしめられて。




泣いてた。




それを、デバイスでどれだけ晒そうとしても。

どんな悪意で嘲ろうとしても。


この美しさを。

この光を。




醜さには変えられない。




“欲望”に、こんなことができるかよ!






——ふいに、次元が戻る。


ドサッ、とカナメが投げ出される。


出血が激しく、もはや瀕死だ。


「カハッ……」




白く染まる視界の中、

声が届く。




「うーん。

まだ、よくわかんないけど……結局、どうしたいの?」




カナメは全力で声を紡ぐ。




「僕の……この……小型HOPEデバイスに……

美を……『愛』を込める……」




「うん。それで?」




「この世界は……もう……消えた……

……だけど……」


肺が焼ける。

意識が千切れそうになる。

それでも、言わなければならない。


「せめて……これだけは……

お前たち……神の世界に……」




視界が暗くなる。

あと……少し……

言わなきゃ……




「残し……て……」




カナメの目から、光が消えていく。


神の向こう側に、

みんなが立っているのが見えた。




マコたち


ユキも。

センイチも。

エリも。


そして──

セナも。


みんな微笑んでいた。




(おれも…いま……いくから)




その瞬間、

視界が、そっと暗転した。




「あら。こと切れちゃったか。

まぁ、いい。

俺の作品が残した「愛」?……ね。」




「まぁ、残してもいいかどうか…

聞くだけ……聞いといてやるよ。」




カナメの遺体が、霧のように消えていく。


そして——


神も去った。


残ったのは、ただの白だった。


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