第二十七章 神の招待

すがすがしい朝だった。


でもカナメはまだ起きたくなかった。




横で寝ているエリの顔を正面から見つめる。




理屈では説明できない。




欲望なんてちっぽけなものじゃない。




エリは…今や僕のすべてだ。




髪をかきあげるだけで満たされる心なんてどんな辞書だって説明できない。




しかし、そんな最高の幸せも——


一つの絶叫によって、無残にかき消された。




二人は飛び起き、寝床を飛び出した。




晴天の空はわずかしか見えない。


那由他が大量に空に広がっていく




急速に広がり




大量の白が青空を消していく。




「わぁああああ!」


「終わりだ…終わり…」




その場にいた全員が立ち尽くしていた。


「カナメ…」


「エリ…」




「本当にありがとう。私と…出会ってくれて。救ってくれてありがとう」


「救えてないよ…結局…こうなっちゃった」




スッとエリがカナメの涙を救いとる


「ううん。救ったの。終わりなんて関係ない。

私たちが残したもの。残したいって思えるもの……カナメも、あるでしょ?」


カナメの目が、はっと見開かれる。


……そうだ。


終わりは、終わり。


それ以上でも、それ以下でもない。


人は、生まれてきた以上、いつか終わる。


——では、生きることに意味はないのか?


マコの墓参りも、

見下していたセンイチを見直して、むしろ尊敬の念を抱いたことも。


もはや自分の分身ともいえるセナとの別れも、

ユキに恋したことも、失った悲しみも。


そしてこの人を……エリを、愛したことも。


意味がないなんて、言わせない。


受けてやるよ。


神の世界への招待状。


せいぜい、塗り替えていけばいいさ。

そっちの世界に。


——僕たちはここにいた。


その意味を、残してみせる。




太陽が飲み込まれる。


一気に暗闇となった。


誰かが照明をつけようと必死に行動していた。




だが照明によって明るくなる前に———




真っ白な空間に立っていた




周囲にまだみんないる




一人


また一人と


白い霧になって消えていった。



絶叫を上げるもの


泣き崩れるもの


様々いる。


「カナメよ。」


「大将…」




「こうして振り返ってみると…意外と楽しかったかもな」


「ああ……僕もだよ」


ふっと笑って。

センイチは、霧になって消えた。




視界に、マコが映った。


「ママ……こわいよぉ……」




「大丈夫!パパに会えるわよぉ~?」


ユウナは笑顔だった。


「ほんと!?やった~」


マコはユウナに飛びつき


やがて、二人とも溶けるように消えていった。




……もう、二人しか残っていなかった。


エリが、そっと抱きしめてくる。




「ありがとう、カナメ。……また……また会おうね?」




「ああ。エリ。……愛してるよ。」




エリの目が見開かれた。


ふふっと笑う。


「もう……もっと早く言ってよね」




そして——


エリも、白に溶けていく。


カナメは、その瞳を最後まで見つめていた。

……エリの目は、最後まで。


きれいなままだった。






「やぁ、カナメ君。

最後の快楽は、楽しんでくれたかい?」










神が現れた。

今さら対話しようってのか?

……いいさ。乗ってやるよ。




「ふふふ」


「ん? なんだい?」


「どうやら……本当に“愛”を知らないんだな。

哀れなやつだよ。……ああ、そうか。

人間に光を与えたのは……お前じゃない、ってパターンかな?

砂場のお母さんとか?」


「僕は神だよ?

君たちは、全部、僕が作った。

だからそんなもの与えていないだけだよ。」




——カナメは、分かっていた。

この神の正体が。


かつて、“神の世界”からこぼれ落ちてしまった存在がいた。


ソフィア。


堕落の副作用で、ソフィアとは別に——

もうひとつ、劣悪な“偽りの神”が生まれた。


こいつだ。

この“偽神”は、自分を全能だと勘違いし、この世界を作った。

だが、不完全なこの世界は、結局——

地獄としてしか機能しなかった。


だから。

ソフィアは、せめてもの贖罪として——

人間に“光”を授けた。


僕の好きな、グノーシスの物語だ。


まさか、それが——

ただの神話じゃなくて、現実だったなんてな。




この神は、よっぽど……

承認欲求が強かったようだ。




きっと、HOPEの出現により別次元への干渉が起きて、さらに上位の神に目をつけられたのだろう。




だからこいつは——

デミウルゴスは、慌ててこの宇宙を消そうとした。

だから、せめて最後の醜さを鑑賞するために——

こんななぶり殺しをしていたのだ。




「うーん。まあ、今、君の思った通りかな。

でも、愛って何?

別に否定する気もないよ。……教えてくれるかな?」




ゴゴゴゴゴゴゴ


那由他が揺れだす。




「あー…。でも……いよいよ時間がないみたいだ。

神のチャンネルに移る。このままじゃ君は一瞬で消える。

HOPEの全機能を覚醒させて、君に戻してあげるよ。

だから——」




キイィイイイン

HOPEの全力の共鳴が駆け上がってくる。


カナメの髪が再び白く変化していく。




グッ、とカナメの目に力がこもる。




(……そうか。

お前も……怒ってくれてるんだな。)




「だから——教えてくれよ」


グワン!!


一気に次元が加速する。




「行くぞ!! 相棒!!」

「砂場のクソガキに……説教だ!!」






——人類最後の光が走る。


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