第二十六章 最後の晩餐
村につくと住民は困惑した。
無理もない。こんな大勢の軍人が重火器を携え、突然押しかけてきたら誰だって冷静でいれるわけがない。
でもそこはマコが頑張ってくれた。
彼女がこの村で築き上げてきた信頼は本物だった。それがはっきりとわかる。
住民は軍を受け入れ、各々が会話をし始めた。
一人が手持ちのレーションを分け与え、トモユキに食べさせている。
「まずいだろ?HOPEがあったときはおいしく感じてたんだ。ほんとだぜ?」
「う、嘘だろ!?これじゃあレンガかじってるのとおんなじだよ!」
「何だよ“れんが“って」
「なんで知らねぇんだよ!」
みな笑顔で冗談を言い合っていた。
これが、つながり。
……かつてカナメが全力で見下していたものだ。
マコたちの家族愛も、エリの気遣いも、センイチの気丈さも。
すべてが、美しかった。
夜になった。
村の中央に焚き火がいくつも焚かれ、光の輪が浮かんでいた。
どこからか見つけてきた酒瓶が次々に開かれ、
干からびたパンとチーズの欠片、それに軍のレーションが皿に盛られていく。
「乾杯しようぜ! 今夜くらいは!」
誰かが声を張り上げる。
その声に応えるように、村の人々も兵士たちも、みなカップを掲げた。
カナメは少し離れた石の上に腰を下ろし、その光景を眺めていた。
HOPEがあった頃なら、きっと誰もこんなことをしなかった。
効率が悪い。生産的でない。無意味だ。
だが今は違う。
この酒も、料理も、無意味だからこそ必要だった。
「カナメ」
声をかけられて振り返ると、エリがカップを差し出していた。
「あなたも……一緒にどう?」
「……うん」
思考加速を受け入れて以来一滴も飲んでいなかった酒の味はひどいものだった。
ひと口含むと、のどが熱くなる。
—酒は理性を鈍らせるだけの毒だ―
かつてそう知識で断じていた。
だが今は、この熱を、ありがたいと思った。
焚き火の向こうではセンイチが何か大げさに手を振りながら笑っている。
マコがその隣で目を丸くしている。
トモユキがずっこけていた。
兵士たちは乾いたパンをちぎって、冗談を言い合っていた。
「みんな、強いね」
エリがつぶやいた。
「本当は……怖いはずなのに」
「……怖いからだよ」
カナメは視線を焚き火に戻した。
「怖いから、笑うんだ。
何もせず終わるより……最後に少しでも、人でいたいんだ」
エリは黙ってうなずいた。
酒はすぐに回った。
頬が熱くなる。
まわりの笑い声が不思議と遠くなっていく。
だが、不安は少しも湧かなかった。
たぶん、それでいいのだろう。
エリがカナメの隣に腰を下ろし、背中を預けてきた。
カナメも抵抗せず、そのぬくもりに身を任せた。
遠くで、マコが焚き火を見上げながら歌を歌っていた。
小さな声だったが、その歌は夜空に溶けて、火の粉のように昇っていく。
焚き火の炎が揺れた。
世界が、ほんのひとときだけ、美しい場所に見えた。
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