第十六章 ほら待望の感情だよ


カナメは、軍施設の屋上にいた。

立ち尽くしたまま、ただ──絶望していた。


HOPEとの共鳴は絶たれ、髪はすっかり黒に戻っている。




街のあちこちから、黒煙が立ち上っている。

サイレンが止むことなく鳴り響き、空気は焼け焦げた金属の臭いで満ちていた。


電力は不安定で、照明は不快なほど点滅している。

都市は──もはや“機能”していなかった。


遠く、センイチの怒号が通信越しに響く。


「な、なんでだ!?

なんでHOPEが数日止まっただけで、こんなに暴走するんだ!!?」


軍の指令室では、崩壊する秩序の前に、誰もが狂気すれすれだった。


「西区アヴァンタイルの暴動を抑えろ!!」

「鎮圧部隊は!? まだ手配できないのか!? この役立たずどもが!!」


「だから無理なんですってば!!」

「もう、どこも出払ってるんです!! 人員なんて、残ってません!!」


声と声がぶつかり合い、

報告も命令も、すべてが──悲鳴のようだった。


カナメもまた、焦っていた。


HOPEがないだけで、ここまで違うのか。

世界は同じに見えて、すでに“別物”になっていた。


そしてその“変化”を、

この世で最も明確に自覚していたのは──カナメ自身だった。


HOPEとの断絶。


それは、

知性の中枢をくり抜かれたような虚無だった。


HOPE無き今、カナメでさえ、デバイスがなければ知識が得られない。

見えないものを、見通せない。


「知らないことがある」という恐怖。


──そんなもの、HOPEとつながっていた頃には“感じたことすらなかった”。


いま何が起きているのか。

街のどこで火災が起きていて、誰が泣いていて、誰が死んでいるのか。


小型デバイスなしには、それすら把握できない。

知ろうとする意志があっても、

“世界に届かない”自分がいる。


カナメは、自分が“閉じた箱”の中に入ってしまったような感覚に襲われた。


そして──何よりも。


——未来への不安——


これが、こんなにも恐ろしいものだとは。

カナメは、知らなかった。


ふいに、ユキのことが心配になった。


エリは軍の施設にいる。比較的安全だ。

だが──ユキは違う。


あの無秩序の街の中で、

どこかで震えているかもしれない。


せめて、ここに避難だけでもさせられないか……。


そう考えたとき、

カナメはその思考を“合理的”と判断した。


だがそれは──

かつてのカナメが一度も感じたことのない——


“勘違い”と呼ばれる感情だと、

彼はまだ知らなかった。


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