第十五章 秩序の崩壊

水曜日、昼過ぎ──13時13分。


それは、突然起きた。


地鳴り。

そして、暗転。


空は一瞬で“夜”のように染まり、世界は闇に沈んだ。


──そして、

HOPEの停止。


原因は不明。

再起動も無反応。

あらゆるシステムが、命令を拒絶した。


カナメの頭脳をもってしても、理由は掴めなかった。


希望的観測──

未来の確定が、失われた。


それは、カナメにとっての“脳の死”だった。


彼は、もはやただの人間だった。

人より少し、頭がいいだけの…


ただの男に、成り下がった。


神の言葉が、脳裏に響く。


「あの生意気な機械による“希望だけの清らかな世界”なんて、まっぴらだ。」


──そういうことか。


神は、この世界から希望を奪った。

人々をパニックに陥れ、

生存本能を刺激し、

秩序を壊し、

極限まで醜くなった“人間の地獄”を──

“娯楽”として眺めるつもりなのだ。




HOPEが停止しても──

人類は、何も感じなかった。


それが何を意味するのか。

どれほどの絶望か。

何ひとつ、理解できていなかった。


むしろ、“ずっと夜で少し不便になった”程度の感覚だった。


渋滞が増えた。

天気予報が外れた。

配達が遅れた。

好きなアイドルのSNS更新が止まった。


それだけのことだと思っていた。


明けない夜も、誰も気にしない。


むしろ歓楽街がにぎわう。


──だが。


それは“根本的な誤認”だった。


人類は知らなかったのだ。


自分の願望すら、本当はHOPEに制御されていたことを。


恋が叶うのも、

誰かに好かれるのも、

仕事が成功するのも、

理性が保たれるのも、

HOPEが“叶うかのように演出していただけ”だということを。


人々は、片思いを知らなかった。


だから、拒絶されたとき──壊れた。


しかし欲望を、理性で抑えるという概念が存在しなかった。


だから、暴走した。


ある男は、恋人に振られた。

それが“初めての拒絶”だった。


彼は、HOPEが止まった世界で、自分の本能のままに動いた。


性加害。

暴力。

強盗。


「欲しいものが、手に入らない」という状況を、

HOPEに“許されてこなかった”人間たちは──狂った。


都市のあちこちで、

公共の場での性行為が発生し、

何の文脈もなく殺人が起きた。


笑いながら。

泣きながら。

恐怖の中で、歓喜しながら。


ユニバース25──


“ネズミの楽園”は、ついに崩壊した。


これは、神が望んだ世界なのか?

それとも、人間とは———


もともとそういう存在なのか?


誰にも、わからなかった。




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