第十一章 共鳴
カナメは、中区ノード《リバー》に設けられた特設ベッドに静かに横たわっていた。
その周囲には、幾重にも張り巡らされた生命維持装置。
わずかな異常も許されぬ設計──
一つでもエラーが出れば、即座に予備が作動し、さらにその予備にも予備がある。
それらすべてに、HOPEが介入していた。
今回の作戦は、場合によっては共鳴者の両方を失ってしまう。
だからこそ、カナメの生存だけは──
何があっても守らなければならなかった。
担当医師はエリ、補佐が三人。そしてHOPEの管理技術員が三名。
二階の上層部の閲覧室ではセンイチら高官が見守っている。
センイチはエリと目を合わせ、頷く。
万全を期した状態で、処置が始まる。
カナメの脳には、すでに小型の“ゲート装置”が組み込まれている。
セナとともに行われた事前処置によって、外科手術を避けたまま、
量子レンズによる非接触照射で、ごく一部の脳領域に
特殊な演算領域(ゲート)を形成したのだ。
この“脳内ゲート”は、セナが那由他の内部から送ってくる情報を、
一瞬でカナメの脳へ伝えるための“受信口”として機能する。
──ただし、“受信”とはいっても、それはもはや単なる通信ではない。
これは、“同じ脳が、別の場所に同時に存在する”に等しい状態だ。
たとえ那由他がすべての情報を消滅させようとしても、
セナが“見たもの”“感じたもの”そのものまで、
完全に消すことは──できないはずだ。
「じゃあ……行ってくる」
「うん……がんばって……」
エリは、自分の語彙力のなさに、内心で顔をしかめた。
もっと他に、気の利いた言葉があったんじゃないか──。
だが、カナメにとっては十分だった。
彼女が“頑張って”と口に出してくれたこと。
それだけが、何よりも意味のある言葉だった。
スッとカナメの目が遠くなる。
—―その瞬間
カナメの心肺が停止し
生命維持装置が一気に作動し始める。
「心拍停止!《リバー》!代理心臓起動!」
カナメとセナ。そしてエリの戦いが始まった。
すべての脳機能が、“知能”に極振りされていく。
HOPEが読み取る未来構造は、これまでにないほど鮮明に可視化されていた。
カナメはその干渉の波に身を委ね、セナとの“共鳴”を開始する。
最初に浮かんだのは、ベッドに横たわる自分の姿。そして、その周囲であわただしく動き回るエリたち。
カナメはそっとエリの横へと歩み寄った。
音は聞こえない。エリは誰かに指示を出しているようだが、その動きはどこか重なり合い、時空が干渉しているように見えた。
(……)
カナメは無言のまま、彼女の横顔を見つめ続ける。
(必ず、帰ってくるよ)
その言葉を胸の奥で呟きながら、彼は—―まるで幽体離脱ように物質の境界を越え、
セナとの共鳴領域へと溶け込んでいった。
やがて、完全なリンクが成立する。
「やあ、カナメ。奇妙な感覚だな。HOPEじゃなく、“誰か”の脳が自分の中に流れ込んでくるなんて。」
《ああ……これも、僕たちにしかできない体験だ。──さて。君は今、“アルバ・リング”へのゲートの前だね》
「いや、まだ向かっている最中だ。君が見ているのは“数十秒後の俺”だ。
時間干渉にはもっと慣れてくれ。いざというとき、君の混乱が俺に伝染する」
《了解》
まるで夢の中にいるような──
だが、どこまでも現実のように鮮明で、明確な意識の交差。
セナの存在が、あいまいなままに、しかし確実に流れ込んでくる。
どれだけ人類に絶望していたのか。
それすら、手に取るように伝わってくる。
彼は死を前にして恐れていない。
あるのはむしろ──歓喜。
(やっとだ。やっと死ねる……
俺は、このミッションを完璧に遂行し、その上で死ぬ)
その心の声に、カナメの胸が締めつけられる。
“せめて、役に立ってから。”
──その想いは、まだセナの中に、人類への“情”が残っている証だった。
ゲートが開く。
まばゆい白光の中、突如──
「「「セナ様……!」」」
無数の声が背後から響いた。
振り返ると、そこには作業員と軍人たちの列。
全員が整列し、揃って敬礼している。
その中から、一人の男が一歩前に出て、声を張った。
「ご武運を……!
あなたの勇気は、私たちの中に“生きています”!」
その一言が、セナの心に確かに届いた。
熱を帯びた何かが、胸の奥で灯る。
それは感謝でも、憐憫でもない。
誰かを“思う”者にしか出せない、静かで力強い言葉だった。
──たとえ死んでも、あなたは生き続ける。
──心の中に。
死をも超える、“存在の継承”。
セナの中に、初めてそれが刻まれた。
「……カナメ」
《ああ》
セナは微笑んだ。
「行こう」
人類は──
救うに値する。
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