第九章 怪物の作戦

カナメの白室に、カナメとセナ──そしてセンイチ大将が集っていた。

部屋は静かだった。

まるで、世界の終末を前にした会議室のように。


「……それで」

センイチが口を開く。

「何か、打開策は出たのか?」


カナメは、あくまで穏やかに。相手を刺激しないよう、言葉を選ぶように口を開いた。

「正直、まだ“打開策”とは言えない。けど──試してみたい“アプローチ”はある」


「アプローチ……?」


センイチの声には、戸惑いと、わずかな希望が混じっていた。

その一瞬の変化を、セナは見逃さなかった。

──人間の脳は、希望に弱い。


「俺が……“那由他”に侵入する」


「──なっ……!?」


センイチが反射的に立ち上がろうとしたその瞬間、セナが無言で手を上げ、制止を促す。

予測していたのだ。こうなることを。


「おそらく、俺はそこで“消える”」

セナの声は淡々としていた。

「……いや。もっと酷いことになるかもしれない。

 でも、あそこに飛び込んで“解析”するしかない。

 “那由他”という異なる現実を“観測”して、この宇宙に残された可能性を探るには──他に道はない」


センイチは、背筋を冷たいものが這うのを感じた。

カナメも、セナも。

その“自殺行為”を、当然の判断として受け止めている。

誰一人、感情的にならない。顔色一つ変えずに。


──これが共鳴者。

──死さえ、最適解として受け入れる存在。


人間が、もっとも人間らしく避けてきた“死”を、ただの手段として語る。

その思考の“合理性”こそが、彼らが「怪物」と呼ばれる所以だった。


「……はは。これは、面白いことになるよ」

「──ああ。楽しみだ」


カナメとセナは、まるで“旅の計画”でも立てるように微笑み合っていた。


センイチは、理解を放棄しかけながらも、懸命に口を開く。

「……だが、セナ君が那由他に侵入しても──どうやってその“データ”を受け取る?

 HOPEは、那由他の影響下では起動すらしない。情報の転送なんて……不可能だ」


セナが静かに答える。

その声音は、あまりに自然で──それがかえって、恐ろしかった。


「それは——

まず俺が那由他に“侵入”するとき、カナメの脳を限界まで活性化させる。

本来は、生体維持や記憶の保持に使われる領域すらすべて──“未来演算”と“ゲート生成”に振り分ける。」


「げ……ゲート!?」


センイチが目を見開く。


「そうだ。お互いの脳内に“局所的ゲート”を生成する」


カナメが流れるように口を挟む。

「前回、那由他の影響下でも、ゲートだけは“発動可能”だった。

 あとは、セナが送ってくるデータをパケット状に“包んで”──

 僕の脳に、瞬時に”届け続ける”。」


沈黙。


あまりに非人間的すぎた。

人間の脳を、“一時的な情報転送装置”として焼き切るつもりなのだ。

それは、科学者たちがゲート理論を確立したときでさえ、誰一人として思いつかなかった禁じ手だった。


センイチは、思わず呟く。


「……君たちは……本当に、人間なのか……?」


センイチの問いかけに、セナは答えなかった。

ただ、まっすぐに──那由他の方向を見つめていた。


だがその沈黙のあと、センイチはもう一歩踏み込む。


「……死ぬのが……いや、それすらも“無駄に終わる”ことが……怖くはないのか?」


その言葉に、セナの表情がかすかに歪んだ。


カナメは──まずい、と思った。


「……俺はな。お前ら人間が大嫌いなんだよ」


静かに、しかし吐き捨てるような声だった。


「快楽ばかり求めて、

 デバイスを与えれば朝から晩まで、薄っぺらな娯楽に沈む。

 “つながり”とやらに飢え、性に溺れ、

 そのくせ自分たちの退化に気づきもしない。

 なぜなら──考えることをやめたからだ」


その言葉に、センイチは言い返せなかった。


セナの瞳には、明確な“線引き”があった。

人間を、自分たちより“下の存在”として見ている。


それなのに──

その下位存在から、「お前の犠牲は無駄になるかもよ」と哀れまれたのだ。

──それは、彼にとって“最大の侮辱”だった。


カナメには痛いほどわかった。

”ドブネズミの繁栄のために命をかけたいと思うやつが、どこにいる?”


そういう話だった。


カナメは知っていた。

セナが、本当に欲しているものが何か──。


セナが言った。


「俺はな……消えたいんだよ。

 もう、さっさとこの世界から。

 輪廻も、転生もまっぴらごめんだ。

 ただの“無”になりたい。痕跡も残さず、真っ白に消えてしまいたい」


怒りではなく──もはや諦めに近い、深い静けさだった


「たとえ、那由他の中で

 意識が時の圧縮に巻き込まれ、

 無限にも等しい苦痛を味わうことになっても──」


彼は、はっきりと言った。


「それでもいい。

 確実に、完全に、“消滅”できるなら……」

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