第三章 白の境界線

「ここから先は、立入制限区域です。許可証を提示してください」


無機質な機械音声が、軍の宇宙港ゲート前の警告灯と共に響き渡る。


セリオス宙域、限界安定位置に浮かぶ那由他観測ステーション《アルバ・リング》へ続くゲート。そのゲートの前で、2人の人物が無言で立ち尽くしていた。


カナメとエリ。


「ついに宇宙へ行くのね。緊張して来た…」

エリは口元だけで笑い、無表情なカナメに目をやった。


カナメは何を言うでもなく、ただボーっとゲートの最適化を待っている。


「あなたって緊張もしないの??」


「緊張?うーん。どうだろ?でも最後まで“中止にならないかな”って期待してたよ」


エリはふふっと笑った。

「意外。そんな冗談も言うのね」




カナメは静かにタブレットを差し出した。

那由他の最新データだ。


「……見てよ。昨日報告があってさ。“観測不能”ってラベルが初めて出たんだ」


彼は画面を指でなぞりながら続けた。


「光度による那由他の測定は、歴史上何度も試みられてきた。

でも、数値が“記録されたこと”が一度もない。

まるで……センサーがログを“書き込めない領域”に接してるようだった。


測っても測っても、結果は“空白”。

データが欠損するのではなく、“測定の事実そのもの”が残らない。」




エリの眉間にしわが寄る。




「で、今回のログで初めて、HOPEがその現象に“観測不能”ってラベルを付けたんだ」


エリは片手でカナメを制止しながら眉間に指をあてる。


「ま、待って……えーっと…つまり、“反応なし“ってことが、初めて記録されたのね?」


カナメは小さく頷いた。

「そ。これまでは測っても“何も残らない”だけだった。

でも今回は──那由他が“観測を拒んだ”ということが、初めて“可視化”された」


「那由他ってブラックホールみたいなものなの?」


「違うよ。ブラックホールは引き寄せる。重力がある。

でも那由他は、信号が消滅する。完全に。

“観測しなかった”ことになってしまう。

事象そのものが……“ない”んだよ」


エリは黙ったまま、空に浮かぶ那由他を見つめた。


ただの白い球体にしか見えない。だがそこにカナメすら理解できない何かがある。

ただ、宇宙の一部にぽっかりと巨大な“白”が穿たれているだけ。


あまりにも静かで、あまりにも不確かな“白”。




ゲートのロックが音を立てて解除される。




「い、いよいよね」


カナメはうなずいた。


だが、それよりも彼の視線は、那由他へと吸い寄せられていた。


「カナメ?どうしたの?いかないの?」




「エリさ……石油って覚えてるかな? 昔、地球人類が地殻から染み出す化石燃料を掘り起こして生活していたという──」




「ええ。もちろん。それがどうかした?」




「僕、当時の記録を見て思ったんだ。あの時、砂漠化が広がったのって、地球の“養分”を吸っていたからなんじゃないかって」


「……」


「那由他を見なよ。あれはHOPEで宇宙の法則を好き勝手に弄った結果なんじゃないか?ってさ」




「……」


エリは答えなかった。




その発想は柔軟でユニーク。


だが、共鳴者にしては珍しく──憶測に過ぎず、科学的な裏付けがなかった。




それは、知性を強化し、AIと共鳴した存在としては、異質とも言えた。




「じゃあ……行きましょう!」




「ああ」




カナメは短く答え、ゆっくりと白へ向かって歩き出した。


まだ“色”の残る世界との、その境界線へ。


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