第16話 ドキドキ計測会

 能力値の計測は談話室で行われる。徹底的な人払いのあと、セレストが盗聴器などが仕掛けられていないか魔法で丁寧に室内中を調べた。爵位のある貴族の能力値がこれほどまでに隠蔽されているとは、賢者はいままでに知らなかった。これまでの貴族は中途半端な地位と権力だったのかもしれない。サルビア侯爵家は王家にも匹敵するほどの地位や権力、財のすべてが揃っている。情報統制が厳しくなされているのは当然のことだろう。

「シアンとブルーのためにもう一度、説明しておく」

 テーブルの上に水晶玉を置き、ゼニスが言う。記憶のないシアンにとって説明はありがたいことだった。

「これは鑑定の水晶だ。これを使うことによって正確に計測でき、外部に情報が漏れることを防ぐ」

 人の手によって「鑑定」を行うと、術者が自分の中に情報を記録すれば外部に漏れる可能性が出てくる。この七人家族の中にも鑑定をすることができる者はいるだろうが、魔道具より性能が劣ることも充分にあり得る。そうであれば、初めから魔道具を使ったほうが確実ということだ。

「使い方は簡単だ」

 ゼニスの合図で、セレストが水晶の前に腰を下ろす。セレストは右手で水晶に触れ、左手を紙の上に置いた。その瞬間、水晶から水色の光が溢れ、その光は紙に伝わり文字となって現れる。光が収まると、セレストは手を離した。

「使い方はこれだけだ」と、ゼニス。「これは水晶玉がすべての能力を検知し、それを数値化して表示する。性能としてはかなり正確のはずだ」

 セレストが紙をシアンに差し出した。ブルーも横から覗き込むと、それはセレストの各種能力値が詳細に数値化されて一覧として表示されている。有する魔法やスキルなども書かれており、人の手で鑑定するよりはるかに性能が良いことが見て取れた。

「これはただの紙だが」ゼニスは続ける。「水晶玉の魔力を介して能力値が出力される。この水晶玉はサルビア家に古くから伝わる魔道具で、能力値を秘匿するためのものだな」

 そういった魔道具は決して珍しい物ではないが、一般的に普及しているわけでもない。能力値が漏洩することで命を狙われたり家の崩壊を招いたりすることを防ぐのだ。

「セレストはベルディグリ公爵家の血筋だから緑色になったが、お前たちは青色に光るはずだ」

(血筋によって色が変わるんじゃの。面白い仕組みじゃ)

 シアンとブルーはベルディグリ公爵家の血筋でもあるはずだが、それだけサルビア家の血が濃いということだ。

「誤魔化しは効かないぞ。いま身体に刻まれている能力値がそのまま表示されるからな」

 賢者はシアンの能力値を改竄済みだ。水晶玉がそれすら見抜く物であるなら抗いようのない可能性もゼロではないが、賢者の知恵で発覚しないよういじってある。いままではこれで隠すことができたため、この能力の精度はほぼ正確と言ってもいいはずだ。それすら見抜くほど高性能な魔道具だとすれば、シアンは叱責を受けるだろう。だが、いまはまだ賢者の魂が宿ったことを知られることは避けたほうがいいような気がしている。

 次の計測はゼニス・サルビアだ。水晶玉は鮮やかで力強い青色に光り、滑るように結果が紙に表示された。結果を流し見したゼニスは、シアンに紙を差し出す。それを他の五人も後ろから覗き込んだ。

(ほう……さすがの能力値じゃ)

 能力値は全体的にかなり高く、さすが魔法一族の家長だけあって、魔力値はいままで賢者が見て来た中で最高値と言ってもいい。有する魔法やスキルの数も多く、バランスの良い能力値と言える。賢者がこれまで出会って来た「勇者」と呼ばれる者よりも優れた能力値である。

「さすが父様」ネイビーが感心して言う。「その歳でもまだ能力値が伸び続けているなんて」

「はは、年齢は関係ないさ」と、ゼニス。「鍛えたら鍛えただけ能力値は伸びる。だから鍛錬は欠かせないんだ」

 ゼニスの能力値が伸び続けているなら、五人きょうだいが父を追い抜く日が来ることはないように思える。そのためには相当の鍛錬が必要になるだろう。

 次に鑑定の水晶玉に触れたのはアズール・サルビアだ。水晶玉は澄んだ青色に光り、紙に表示された能力値に、アズールはいまいち満足できていないようだった。

 その結果は非常にバランスが良い数値だ。文武両道と言える。アズールは剣術も身に付けているようで、それに付随するスキルも保有しているようだ。

「良い伸び具合ね」セレストが言う。「成長が止まるようなことがなくて素晴らしいわ」

「侯爵家の跡取りとして申し分ない」と、ゼニス。「このまま励めば、私を越える日も来るだろうな」

「まだだいぶ遠いみたいですけどね」

 彼らはただ仕事をしていればいいということはもちろんない。サルビア侯爵家の存続のために弛まぬ努力を続けなければならない。父を超えるつもりでいなければ、サルビア侯爵家を継ぐことはできないだろう。

 次はスマルト・サルビアの番だ。水晶玉からは濃い青色の光が放たれる。同じ血筋でもそれぞれ色が変わるようだ。

 能力値はどちらかと言うと武術寄りだ。と言っても魔力値も申し分なく、サルビア家の血筋は確かに受け継がれている。バランス型とは言えないが、高い能力を誇っている。

「剣術をメインにしてるから」ネイビーが言う。「魔力値より体力値のほうが伸びてるわね」

「素養が武術寄りだからね」と、アズール。「サルビア家の血筋でそっちの素養が伸びるのは珍しいけど」

「それでも」と、セレスト。「魔力値も他の家に比べて高いわ。勤勉で素晴らしいわね」

「爵位を継いだアズールの補佐には申し分ない能力値だ」

 ゼニスは満足げだった。彼らの能力はまだまだ伸びしろがあり、サルビア侯爵の名を継いでいくためには素養を充分に伸ばすことが不可欠だ。彼らは努力するだけの素養も有しているだろう。それが数値によく表れていた。

 次に水晶玉に触れたのはネイビー・サルビアだ。水晶玉から溢れた青色は明るく、ネイビーの人柄を表している。

 体力値は先のふたりに比べると低いが、魔法一族の女性としては高いほうだろう。能力値の高さを証明している。

「また魔力値が伸びたようね」セレストが微笑む。「サルビア家の長女として相応しい素養だわ」

「体力値をもう少しだけ伸ばしたほうがいいんじゃないか?」と、アズール。「どんな場合を想定しても対処できるようにしてみたらどうだろう」

「これだけの種類の魔法が揃っていれば充分だろ」と、スマルト。「これなら王宮の騎士にも負けないぞ」

 魔法使いに対応する方法に「魔法封じの魔法」がある。だが、サルビア家にはそういった魔法への耐性があり、簡単にかかることはないと考えると、スマルトの言う通り熟練の騎士にもまさることもあるだろう。

「サルビア家の魔法使いとして申し分ない」ゼニスが言う。「まだ伸びしろがあるな。成長が楽しみだ」

 ネイビーは自分の能力値より、次に控えるシアンの計測を待ち侘びているようだった。他の五人人もその様子だが、だからと言ってネイビーの結果を蔑ろにするようなことはない。全員の結果が等しく重要なものであるからだ。

 水晶玉の前に移動すると、シアンはほんの少しだけ緊張した。両親ときょうだいの期待の視線が注がれている。期待外れの数値でないといいのだが。

 シアンが触れた水晶玉は、青緑色の光を放った。これまでの五人とは明らかに違う色だが、彼らがそれに引っ掛かるようなことはなかった。セレストの子であるシアンにはベルディグリ公爵家の血が流れているのは確かで、それが結果に現れたとしてもおかしくはないだろう。

「完全な魔法型ね」ネイビーが言う。「シアンはもとから体力値の伸びる素養が低めだものね」

「魔力値の素養はネイビーと比べても遜色ない」アズールが感心して言う。「将来有望な魔法使いだ」

「授業が始まったばかりだから向上は緩やかだが」と、ゼニス。「まだまだ伸びしろがあるな。将来が楽しみだ。きっと私の補佐に相応しい魔法使いになるな」

「サルビア家とベルディグリ家の良いとこ取りといった能力値ね」と、セレスト。「素晴らしい数値だわ」

 能力値の改竄は上手くいったようだ、と賢者は考える。前の三人と違って緑色の光が混ざるとは思っていなかったが、セレストの子である以上、不自然なことではない。

 次はブルー・サルビアの計測だ。ブルーが水晶玉に触れると、柔らかい青色の光が溢れる。これには賢者も首を傾げた。セレストの子であるブルーもシアンと同じように青緑色の光になると思っていた。どうやら、シアンのほうがより濃くベルディグリ家の血筋を受け継いでいるようだ。

 計測結果を見たブルーは、不満げに顔をしかめた。

「シアンに比べて低いわ! こんなに頑張ってるのに!」

「それは素養の問題ね」セレストが宥めるように言う。「シアンは魔力値を中心に、全体的に能力値が伸びやすい素養を持っているの。でも、ブルーの素養も一般的な貴族の五歳と比べたら高いほうよ。まだまだこれからよ」

「その通りだ」と、ゼニス。「素養は申し分ない。これからどれだけ吸収するかによって大きく変わるはずだ」

 シアンから見ても、ブルーの能力値は五歳にしては高い。シアンの能力値と比べると低く感じるが、優秀な数値であることに変わりはない。それでもブルーは不満のようだ。

「シアンを追い越すつもりで頑張ってみてはどうだ?」ゼニスが朗らかに言う。「どちらにせよ、シアンと一緒に王立魔道学院に通うなら、それ相応の努力は必要だ」

 ブルーの素養なら年齢を重ねれば王立魔道学院に合格するだけの実力を身に付けることができるだろうが、シアンと同時期に入学することを考えるなら、いま以上に鍛錬に励む必要がある。努力は怠れないだろう。

「絶対にシアンに追い付いてみせるわ!」

「うん。一緒に頑張ろうね」

 ゼニスとセレストは、シアンと競わせることでブルーの能力が格段に上がることを期待しているのだ。勉強内容を見直したブルーは、これからさらに伸びるはず。兄姉に届く日が来る可能性もゼロではなかった。



 七人の計測結果が揃うと、セレストのもとに「報せ鳥」が届いた。魔力を練り上げて伝達する魔法で、アガットが昼食の準備ができたと伝えに来たものだ。計測が終わらないうちは誰であろうと談話室に入ることができないため、こうして魔法で伝える必要があるのだ。

 ダイニングに行こうというゼニスの号令で、五人きょうだいは席を立つ。他の四人とともに談話室を出ようとしたシアンを、ゼニスが呼び止めた。

「シアン、少し残ってくれるか」

「はい」

 少々嫌な予感がするが、ゼニスとセレストに何かを咎めるような様子は見られない。何かシアンの計測結果に気になることがあったのだろう。

「もう一度、水晶玉に触れてみてくれ」

 紙は用意されておらず、触れるだけでいいようだ。ゼニスの言葉に従って水晶玉に触れると、やはり光は青緑色だ。

「ふむ……前回の計測では、ベルディグリ家の色は混ざっていなかったな「

 青緑色になったのはシアンだけ。そこが気になっているらしい。訝しんでいる様子はなく、緑色が混ざったのが不自然というわけではないようだ。

「魔法の勉強をしているうちに素養が解放されたのだろうな。これは優秀な血筋が生まれたな」

 サルビア家とベルディグリ家の血筋が合わされば、優秀な魔法の血筋となることに間違いはない。シアンに生まれた血筋を受け継いでいけば、高い能力値を誇る魔法一族になるだろう。サルビア家に匹敵するかもしれない。

「でも」と、セレスト。「シアンの外交はより厳選する必要が出てきたわね。利用しようとする者が出て来るはずよ」

「そうだな。この血筋をシアンで途絶えさせるのは惜しいが、それもこれからのことだな」

 血筋を引き継いでいくためには、結婚して子を持つ必要がある。アズールがそうであるように、シアンの婚姻はさらに慎重にならざるを得ない。厳選するのであれば、いまから婚姻相手を探すのは早すぎることではないだろう。

「せっかくの素養を伸ばさないのはもったいない。しっかり勉強をするようにな」

「はい」

 賢者もシアンの能力値がどれほど伸びるか楽しみだ。新しい知識を身に付けること、魔法の実力を伸ばすこと、そのどちらも必須になってくるだろう。能力値は鍛えれば鍛えただけ伸びる。高い素養のもと、シアンに合う鍛錬を積むことで国内でも屈指の魔法使いに成長するはずだ。これからの人生の楽しみが、ついに賢者にももたらされた。きっと、退屈しない余生となることだろう。



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