彼女は嘘つき、だけど月

捻手赤子

高性能「好き」判別眼鏡

 僕の彼女はよく噓をつく。

 近所から日本、世界、宇宙規模の嘘まで様々で、それは毎日続いている。


 嘘をよくつく彼女だと言うと、みんなは口々に文句を垂れ流すがそんなものはお構いなしに彼女は嘘をつき続けるし僕はその嘘に付き合い続けるのであった。


 彼女との付き合いたいと思ったきっかけなんかはほとんど忘れてしまったけれど、大学の文芸部で出会ってそこから話が弾みに弾んで、とんとん拍子に仲良くなった。

 最初から彼女を可愛らしいと認識していたし、彼女の方も僕に最初から好意を持ってくれていたみたいで、仲良くなってデートを重ねるのにそう時間はかからなかった。


 彼女とは同い年。部室に入り浸るメンバーの一員として、学部は違えど毎日のように顔を合わせていた。

 文芸部といっても部員たちの書くジャンルはそれぞれ違い、中でもリアルに寄ったラブコメが部活内での覇権を握っていた。


 僕もその覇権の仲間入りを果たそうとこの文芸部に入ったわけだが、彼女は一貫して純文学の執筆に熱を入れていた。僕にはあまりわからないジャンルだけれど、ロマン主義の作家に影響を受け彼女独自の世界観を展開する表現が一部の部員たちからかなり気に入られているらしい。


 それとは別に、彼女の持つ独特な雰囲気も部活内で人気を集めていた。彼女のまあるい顔が美しいのはもちろん、天然だという強めのパーマを肩ほどに伸ばし、丸い眼鏡を都度直し、静かに話をしながら口を閉じて横に、にいっと広げて笑う姿に男女構わず心を打たれてしまうのだ。


 かくいう僕もそのうちの一人だけれど、他の人と違う彼女との共通点もないのに僕だけが気に入られている理由はまだいまいちわからない。


「りょうくん、何を考えてるの?」

「ああ、ごめん話してる途中なのにね。なんだったけ?」

「何を考えてるの?」

「ああ……えっとね、なんでゆうちゃんとこんなに仲良くできていて、付き合えているんだっけって考えてたんだ」


 創作のように嘘を交えながら話すことのできる彼女とは別に、僕は正直に真面目に全部答えてしまう。


「それなら、私知ってるよ」


 いつもの。


 口を閉じてにいっと笑って、僕の目をじいっと見つめる。そうして両手の人差し指を胸のあたりでくるくるまわす。

 ゆうちゃんが嘘をつこうとするときはいつもこうする。


「この眼鏡のおかげなのです」

「ええっ、その眼鏡に秘密があるの?」

「そう、これは最先端技術を用いた格式の高い眼鏡なんだよね。ぱっと見は普通の眼鏡だからみんな気が付かないし、りょうくんもここまで気が付かなかった。まあ、この眼鏡を正しく扱えるのは私だけだから仕組みが分かったとしてもりょうくんには使えない」

「その薄いフレームと、薄いレンズに秘密があるんだね」

「その通り、私が眼鏡をくいっと直す時。それはいつだって人を判別している時なんだ」


 ゆうちゃんの意気揚々とした嘘の語りが始まって、僕はゆうちゃんワールドに吸い込まれるように相槌を重ねていく。


「この眼鏡はね、相手の好きなものがみえるの。それでくいくいっと眼鏡をやると今何を好きだと思っていて何に惹かれているかが見える。」

「それで、みんな何が好きだって?」

「部員のみんなにくいくいっとやってみたところ、珈琲や猫、布団が多く上がっていたかな。もちろん、その時々によって誰かの顔とか誰かの匂いとかってのが見えたりもするんだよ」

「へえ、僕の顔が好きだって人はいた?」

「残念ながら、自分の事は見えないんだよね。他はいない。ああ、でも親切なところとか作品を丁寧に読んでくれるところとか、飲み会でちょっと多く払ってくれるとかってのは見たことあるよ」


 ゆうちゃんのコミュニケーションは独特だ。こうやって言葉の端々で僕に好意を伝えてくる割には直接は言ってこない。


 僕はけっこうな正直者だから、言葉通りに受け取ってしまう癖がある。

 だからこれがゆうちゃんなりの伝え方だって気が付くのに半年もかかって、その間の話はずっと疑いながらも信じて聞いていた。


「じゃあ、ゆうちゃんのこと好きだって人はいた?」

「実は私、部員の中でも人気があるみたい。顔が好きとか、服が好きとか、髪形が好きってのは沢山見えてしまったね」


 こうやってちょっと嫉妬させようともしてくる。


「じゃあ僕はどうやってその眼鏡に映ったの?」

「ふふふ」


 不敵な笑みを浮かべて、にいっと横に伸びた口がさらに、にいいっと横に伸びて目まで横に伸びる。


「りょうくんはね、いつ見ても私の事が好きって見えてたよ。私の顔でもなく、服でもなく、髪形でもなく、私の事が好きって見えてた」


 どうやら、僕は大きな勘違いをしていたようだった。何か共通点があるから僕を気に入ってくれているのかなと思っていたけど、そんなことはない。ただ僕がゆうちゃんの事をまっすぐ好きなのがバレてしまっていただけで、ゆうちゃんはそんな僕のことを好いてくれているんだ。


「ゆうちゃんのその眼鏡、かなり性能いいね」

「へへん、そうでしょ」


 そういうと、ゆうちゃんは眼鏡をくいっと直して僕の目を見つめた。

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