第44章 かすかな希望
どれほど泣いていただろうか。
涙が乾いた頬を、赤い雨の粒がまた濡らしていく。
その時ふと——
シュンの声に違和感を覚えた。
「……俺はシュン。三十一歳。消防庁特殊救助隊・第七機動分隊所属だ。」
(……? 何をつぶやいているの?)
「いや……残念ながら、俺もこの世界に迷い込んだだけだ。」
その言葉に、ナルミの背筋がぞっとした。
おかしい。
“懐古病”に陥った人々は、いつも過去の映像を繰り返すように同じ言葉を呟くだけ。
それは喪失の対象に対しての後悔であったり、愛であることがほとんどだ。
だが、シュンの声には、明確な“返答”があった。
まるで——誰かと会話しているように。
そして。
「わかった。少女と話したら、またここに戻ってくる。」
(……!?)
その瞬間、ナルミは確信した。
——この人は、まだ記憶に飲み込まれていない。
違う世界で、何かと闘っている。
赤い空の下、シュンの輪郭がわずかに揺らいで見えた。
それでも、その姿は確かに“生きている”と感じられた。
ナルミはキッチンに目をやる。
棚の上に、埃をかぶったフライパンが見えた。
それを手に取り、しっかりと握りしめる。
「シュンさんは……まだ……あきらめていない。」
声が震えた。
胸の奥に残っていた恐怖と後悔が、少しずつ別のものに変わっていく。
「だから……私も、“この人をあきらめない”!」
ナルミは叫び、キューブに向かって一歩を踏み出した。
赤い雨が床を打ち、世界が微かに軋む。
それは、終わりの中で生まれた——
ほんの、かすかな希望だった。
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