第16話 鉱山の魔物

【アムル視点】


畑の魔物を一掃してからしばらくの間、村には平和な日々が続いていた。謎の守り神の噂はまだ続いていたが、俺の正体がバレることもなく、平穏な日常が戻ってきた。リナをはじめとする子供たちは相変わらず俺に懐いており、村人たちも俺を本当の仲間として受け入れてくれているようだった。このまま静かに時が過ぎていけばいい。俺はそう願っていた。しかし、そんな願いはまたしても打ち砕かれることになる。村の北にある鉱山が、魔物に占拠されたのだ。


その知らせは、鉱山で働いていた鉱夫が血相を変えて村に駆け込んできたことでもたらされた。


「大変だ!鉱山に魔物が!」


彼の叫び声に、村中が騒然となった。


話によると、地中から突然無数の魔物が現れ、鉱山の中を埋め尽くしてしまったという。幸い死者は出なかったものの、数人が怪我を負い、命からがら逃げ出してきたらしかった。ミストラル村にとって、鉱山は唯一の産業と言ってもいい。そこで採れる鉱石を王都の商人に売ることで、村の生計は成り立っていた。その鉱山が使えなくなるということは、村の死を意味する。村人たちの顔から血の気が引いていくのが分かった。広場に集まった彼らの顔には、畑の時以上の絶望の色が浮かんでいた。


「なんてこった…」

「もうこの村も終わりだ…」


そんな諦めの声があちこちから聞こえてきた。


村長はすぐに村人たちを集め、対策会議を開いた。しかし、名案など出るはずもなかった。鉱山に現れた魔物は、硬い甲殻を持つ甲虫型で、数が多すぎるという。村の自警団では全く歯が立たないだろう。選択肢は一つしかなかった。


「…冒険者ギルドに討伐依頼を出す」


村長が重々しく口を開いた。彼の顔には深い苦悩が刻まれている。


「しかしそれには莫大な依頼料が必要になる。村の全財産を投げ打っても足りるかどうか…」


村人たちは黙り込んでしまった。それは破産を意味する。たとえ魔物を討伐できたとしても、村の未来はない。どちらに転んでも地獄。そんな状況だった。


俺はその会議の様子を遠くから見ていた。まただ。またこの村が危機に瀕している。俺の望む平穏は、こんなにも脆いものなのか。俺はどうすべきか。見過ごすべきか。それともまた人知れず動くべきか。俺は迷っていた。これ以上この村と深く関わるのは危険だ。情が移れば移るほど、失う時の痛みが大きくなる。もうあんな思いはしたくない。


でも、見捨てることもできなかった。絶望に打ちひしがれる村人たち。俺に懐いてくれるリナの顔。彼らの悲しむ顔は見たくなかった。俺は拳を強く握りしめた。答えはもう出ていた。やるしかない。俺がやるしかないんだ。静かに暮らすためにも、この村の危機は俺が取り除かなければならない。


俺が家に帰ると、ファファが心配そうな顔で俺を見ていた。


「アムル…鉱山のこと聞いたよ。どうするの?」


彼女は俺の決意を察しているようだった。


「決まってるだろ」


俺は短く答えた。


「また行くのね」


彼女は尋ねる。


「ああ」


俺は頷いた。


するとファファはぱあっと顔を輝かせた。


「やったー!今度はファファももっと派手にやるからね!アムルのサポートは任せて!」


彼女はやる気満々だった。その無邪気さに俺は少しだけ救われた気がした。一人じゃない。そう思えるだけで心強かった。


俺たちは夜になるのを待った。村人たちが寝静まった頃を見計らって家を抜け出す。向かうは北の鉱山だ。鉱山までは村から歩いて一時間ほどの距離だった。月明かりに照らされた道を、俺たちは黙々と進んだ。


鉱山に近づくにつれて、不気味な音が聞こえてきた。「カサカサカサ…」。無数の虫が蠢くような音。そして、地面から微かな振動が伝わってくる。


鉱山の入り口は、暗い口をぽっかりと開けていた。その闇の奥から、魔物の気配が溢れ出してくる。その数はおそらく数百。いや、千を超えるかもしれない。並の冒険者パーティーなら、入り口を見ただけで逃げ出すだろう。だが、俺の心は不思議と落ち着いていた。島で対峙した魔物の大群に比べれば、こんなものは児戯に等しい。


俺は剣を抜き、鉱山の闇へと一歩足を踏み入れた。ファファが俺の肩の上で、興奮したように身を震わせているのが分かった。


鉱山の中は想像以上の光景だった。壁も天井も床も、びっしりと甲虫型の魔物で埋め尽くされていた。奴らは俺の侵入に気づくと、一斉にこちらを向き、威嚇の音を立て始めた。「ギチギチギチ…」。無数の複眼が俺を捉える。常人なら恐怖で発狂していてもおかしくない光景だ。


俺は冷静に敵を観察した。大きさは犬くらい。弱点は関節部分と腹部だが、硬い甲殻も俺の剣なら問題なく断ち切れるだろう。


「ファファ。頼む」


俺が言うと、彼女は頷いた。


「任せて!」


ファファが妖術を唱える。彼女の体から目眩くような光が放たれ、坑道全体を包み込んだ。魔物たちの動きが明らかに鈍くなる。視覚と聴覚を同時に奪う強力な幻惑の術だ。


俺はその隙を逃さなかった。一気に魔物の群れに突っ込む。剣を横薙ぎに一閃。数匹の魔物の胴体が上下に分かれ、緑色の体液を撒き散らした。俺は止まらない。回転しながらさらに数匹を斬り捨てる。俺の剣技は、もはや人間のそれを超えていた。魔物たちは俺の姿を捉えることさえできずに、次々と骸へと変わっていく。


坑道は阿鼻叫喚の地獄と化した。魔物の断末魔が響き渡る。俺は無心で剣を振り続けた。この村の平穏のために。そして、俺自身の静かな生活を取り戻すために。

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