第12話 二人(一人と一匹?)の食卓
【アムル視点】
俺はファファを連れて、自分の家に帰ってきた。家に入るなり、ファファは目を輝かせながら部屋の中を飛び回り始めた。
「わー!すごい!アムルが一人で建てたの!?」
建てたというか、修繕しただけだが、俺は黙って頷いた。彼女はテーブルの上に着地すると、興味深そうに部屋の隅々まで見渡している。
「うん!ここ気に入った!今日からファファもここに住む!」
彼女は当たり前のようにそう言った。俺はため息をついた。
「勝手に決めるな。俺は一人でいたいんだ。外の木に洞があるだろ。そこを整備してやるから、そこにいてくれ」
俺が言うと、ファファは頬をぷくっと膨らませた。
「なんでよー!助けてもらったお礼がしたいだけなのに!」
彼女はそう言って俺の周りをぶんぶんと飛び回る。
「お礼なんていらない」
俺は冷たく突き放した。これ以上誰かと関わりたくない。絆が生まれれば、別れが辛くなるだけだ。もう、そんな思いはしたくなかった。
しかし、ファファは諦めなかった。
「やだやだ!ファファはここにいる!アムルが追い出したって、絶対に戻ってくるんだから!」
彼女はテーブルの上に仁王立ちして宣言した。その小さな体に宿る強い意志に、俺は根負けしてしまった。追い出すのは簡単だ。だが、彼女は一人で故郷を離れてきたと言っていた。そんな彼女を無情に突き放すことはできなかった。
俺はもう一度深いため息をついた。
「…好きにしろ。ただし邪魔だけはするなよ」
俺が言うと、ファファはぱあっと顔を輝かせた。
「やったー!ありがとうアムル!」
彼女は嬉しそうに俺の鼻先にキスをした。その行動に、俺は少しだけ顔が熱くなるのを感じた。本当に騒がしい奴が来てしまったものだ。
俺はまず、ファファの怪我の手当てをすることにした。薬草をすり潰して作った軟膏を、彼女の傷口に優しく塗ってやる。彼女は少し痛そうに顔をしかめたが、じっと耐えていた。
「これでよし。数日もすれば治るだろう」
俺が言うと、ファファは自分の羽を動かして傷の具合を確かめていた。
「アムルは手当てが上手ね。お医者さんみたい」
彼女が感心したように言う。
「…これくらい、冒険者なら誰でもできることだよ」
俺はぶっきらぼうに答えた。ファファは俺の言葉に何かを感じ取ったのか、それ以上は聞いてこなかった。彼女は見た目によらず、空気が読める妖精なのかもしれない。
手当てが終わる頃には、外はすっかり暗くなっていた。腹が鳴る。夕食の準備をしなければ。
俺は台所に立ち、いつも通りスープを作り始めた。野菜と干し肉を入れただけの簡単なものだ。ファファが興味深そうに俺の手元を覗き込んでいる。
「いい匂い!ファファもお腹すいた!」
彼女はそう言って俺の肩の上でそわそわしていた。俺は小さな木の器にもスープを注ぎ、テーブルの上に置いた。
「ほらよ」
ファファは嬉しそうに器の縁に止まり、小さなスプーンでスープを飲み始めた。
「おいしい!アムルは料理も上手なのね!」
彼女は目をキラキラさせながら言った。褒められたのは久しぶりで、どう反応していいか分からなかった。俺は黙って自分のスープをすすった。
一人で食べる食事は、ただの作業だった。でも今は違う。向かい側で誰かが美味しそうに食べている。その光景が不思議と俺の心を温かくした。
食事を終えると、ファファは眠たそうにあくびをした。
「ふぁ〜…。なんだか眠くなっちゃった…」
彼女の羽がゆっくりと上下している。
俺は自分のベッドの枕元に小さな布を敷いてやった。
「今日はここで寝ろ」
俺が言うと、ファファはこくりと頷き、布の上に横になった。彼女はすぐにすーすーと小さな寝息を立て始めた。その無防備な寝顔を見ていると、俺の心の中から少しずつ警戒心が解けていくのを感じた。
俺もベッドに横になり、目を閉じる。いつもならここから、長い時間眠れずに過ごすことになる。ヒルデのこと。島でのこと。色々な記憶が蘇ってきて、心をかき乱すからだ。
しかし、その夜は違った。隣で眠るファファの小さな寝息が、まるで子守唄のように聞こえた。彼女の存在が、この静かすぎる家に温もりを与えてくれている。「一人じゃない」。その感覚が俺の心を穏やかにしてくれた。
俺はいつの間にか深い眠りに落ちていた。悪夢を見ないで眠れたのは、本当に久しぶりのことだった。
翌朝。俺が目を覚ますと、ファファはすでに起きていて、部屋の中を元気に飛び回っていた。
「おはようアムル!」
彼女の明るい声が家に響く。「おはよう」。それは、俺が失ってしまった日常の音だった。
俺はベッドから起き上がり、少しだけ伸びをした。体の調子がいい。心も少しだけ軽い気がした。
俺はファファに言った。
「ファファ。一つだけ約束してくれ」
彼女は不思議そうな顔で俺を見た。
「なに?」
「俺の過去については何も聞かないでくれ。そして、君の過去も俺は聞かない。俺たちはただの同居人だ。それ以上でもそれ以下でもない」
俺はそう言った。まだ、誰かと深く関わるのが怖かったのだ。
ファファは俺の言葉の意味を理解したようだった。彼女は少しだけ寂しそうな顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。
「分かった!約束する!その代わり!ファファはアムルの相棒だからね!」
彼女はそう言って俺の肩に乗った。
相棒……か。まあ、悪くない響きだ。俺は小さく頷いた。
こうして、俺とファファの奇妙な共同生活が始まった。
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