第1章 中学サッカー部との出会いと練習試合
第2話 転校してきた兄弟が思い悩むキャプテンの心を動かす
「え……な、今なんて言ったんだ!?」
イタリアのクラブハウスにある、監督の部屋に日本から来た双子の兄弟、与一と輝羅の2人が並んで立つ。
2人共マイペースな笑みを浮かべる一方、監督やコーチ達は焦ったような顔を見せていた。
「だから、クラブ辞めます。親が仕事の都合上、日本に行くから」
「僕達は2人とも日本へ帰る事になったんでー」
数年在籍した、イタリアの伝統あるクラブ。
そこでレギュラーとなっている与一と輝羅が日本へ帰る為に、クラブを辞める事となったのだ。
「ちょっと待ってくれ!? それは……!」
「普通に無理でしょ? 僕達14歳で、親と一緒じゃないと海外に滞在は出来ないんで」
監督達は2人を引き止めたいと思ったが、小学生や中学生が単独で海外に滞在してはならない。
近年ではそれが特に厳しくなっており、与一と輝羅は共に暮らす親が日本へ帰国するので、子供の2人も一緒に帰国する。
彼らを預かる立場として当然分かっていた。
「「じゃ、お世話になりましたー」」
2人は揃って頭を下げると、早々に部屋を出て行く。
「……我々は今、とんでもない才能を逃してしまったのかもしれないな」
「多分そうですよ……あれだけの選手、滅多にいない」
「何しろあの、シンメイジという名の子供達なのだからな──」
取り残された監督、コーチ達は逃した魚がとてつもなく大きいと感じ、このまま残ってほしかったという思いが強かった。
この場の誰もが与一、輝羅の2人が持つ苗字の意味を理解しているからこそだろう。
☆
朝の光を浴びながら、中学校のサッカーグラウンドでサッカーを行う者達。
全員がこの中学のサッカー部員で、彼らは早朝に学校へやってきて朝練の真っ最中だ。
「オーライー、まかしてーっと」
「オッケー! ナイスー、次行こうー」
練習をこなしているが一生懸命ではなく、皆が無理せず緩くサッカーをしている。
その風景は練習というよりサッカーで遊んでいる、と言った方が言葉として合ってるかもしれない。
「はぁ……」
これを見て溜息をつく赤髪の少年。
部のキャプテンを任された『赤羽竜斗(あかばね りゅうと)』は、現状に悩んでいた。
東京の桜見(さくらみ)中学校にある桜見サッカー部は、都内のベスト16が最高記録と、東京では中堅クラスの強さを持つ。
弱くはないが強くもなく、中途半端であまり印象に残らない位置にいる。
竜斗自身は1年から活躍して、現在178cmの71Kg。
大型FWに成長したが、彼の中で問題は山積みだ。
「(自由にやるのは良いけど、流石に緩過ぎるよなぁ)」
強豪校のような厳しい練習で、追い込むような事は無い。
桜見サッカー部は『緩くやりながら勝つ』というスタイルでやっている。
「(かと言って厳しくスパルタとか、今色々問題あったり厳しいし、何より「やれ」って強制するのも違うから……マジでどうすりゃいいんだ?)」
竜斗自身の気持ちとしては『ベスト16より上』全国大会に出て頂点に立つという想いが強かった。
だが、周囲を見れば、そういった気持ちが薄そうで現状に満足している感じが見えてしまう。
竜斗とチームメイト達の間にサッカーへの姿勢、目標にズレが生じている。
「先生、チームがちょっと緩み過ぎだからキャプテンとして厳しく言った方が良いですかね?」
1人では決められず、竜斗は顧問で女性教師の『高見遊子(たかみ ゆうこ)』に相談。
彼女は茶髪のショートカットで、眼鏡をかけた20代の若い教師だ。
「ううーん、それで言ってチームに喧嘩が起きて溝が生まれるかもしれないし、チームスポーツとしては致命的じゃないかな」
面倒な事を出来れば起こさないでほしい、遠回しにそう言われた気がする。
ちなみに遊子はサッカーにあまり詳しくはない。
「(あーあ……せめて今年の春、やる気のある期待の超ルーキーが入る、ってある訳ねぇか。漫画じゃあるまいし)」
ありもしない事を竜斗が思う中、朝練の終了を告げるマネージャーからの声がして、各自が着替えて教室に向かう。
「(今年も全国行けなくて、中学サッカーはそれで終わんのかな……?)」
竜斗が自分の教室に入ってからも、サッカー部の事を考えていた。
あのやる気では自分だけ頑張ろうと、結局勝てずに敗退する可能性の方が極めて大きい。
今年も無理なんじゃないか。
竜斗の中で、そんな考えが膨らんでしまう。
「えー、今日は授業を始める前に今日から皆さんと共に学ぶ2人の生徒を紹介します」
年配の男の教師から転校生の紹介があって、竜斗は興味なさそうにしながらも、黒板のある正面を向いた。
ガラガラッ
教室の扉が開かれると、そこに学ランを纏う小柄な男子2人が入って来る。
「初めましてー、神明寺与一です♪」
「同じく輝羅です、よろしくお願いしますー♪」
2人とも明るく、マイペースに笑って挨拶。
見知らぬ生徒達を前に、緊張している様子は全く見えない。
「(ちっさ……あれはサッカーと縁無さそうだな)」
もしかしたらと、ほんの少しだけ凄いサッカープレーヤーが来ると思ったが、竜斗の期待は外れる。
サッカーをやるには華奢で小さい上、今のチームメイトと同じように緩い感じ。
あれでは上に行くとか、そういった上昇志向は持ち合わせていないだろう。
「与一君と輝羅君は双子で、幼い頃からイタリアで生活をしていました」
「(イタリアだって?)」
教師から双子について皆へ説明している時に、ピクッと竜斗の耳が反応する。
「はい、イタリアでカルチョやってましたー」
「やってましたっていうか今もやってますー」
「!?」
ガタッ
再びイタリアという言葉が出て来て、その後に2人の口から今もやっていると聞けば、竜斗は思わず席から立ち上がってしまう。カルチョが向こうで言うサッカーという意味を知っていたせいで。
「赤羽君、どうしました?」
「あ、いえ……」
竜斗は今の状況に気づくと、正気に戻った。
教師だけでなく、この場にいる生徒達の目が双子から竜斗に向けられる。
『(輝羅、彼は──)』
『(ああ、そうだね)』
その間に与一と輝羅は心の中で、会話を交わす。
密かに彼らは次にやるべき事を、打ち合わせして決めた。
共に彼の心の中は見えている。
今日一日の授業が終わると、竜斗は何時ものように部活へ向かう。
「ねぇ、赤羽くーん」
そこに彼へ呼びかける明るい声が聞こえ、竜斗は足を止めた。
「お前ら……転校生の双子が何か用か?」
自分に一体何の用があるのかと、自分よりかなり身長の低い双子達を見下ろす。
「赤羽君、サッカー部の人だよねー? 皆から聞いたよ、チームのエースでキャプテンだってさ♪」
与一は笑顔で竜斗を見上げると彼がサッカー部だと知って、その事を伝える。
「まさか、サッカー部への入部か?」
「「うん♪」」
双子は竜斗の問いに、揃って明るく返事を返した。
「(イタリアでサッカーをやってた……いや、何か真面目にサッカーで上を目指す感じには見えねぇしなぁ……)」
海外留学経験を持つ2人が入ってくれるのは嬉しいと思う。
しかし竜斗は疑っていた。
2人の実力、何よりもサッカーに対する『姿勢』を。
チームメイト達のように、上を目指さないんじゃないかと。
そんな竜斗の心を見て、彼らは告げる。
「「僕達はこのチームで無失点のまま、全国制覇を目指すから」」
「!!」
与一と輝羅の言葉を受けると、竜斗の中でガツンと殴られたような衝撃が伝わってきた。
「お前ら、本気で言ってんのかよ……!?」
全国どころか東京予選も制した事の無いチームで、全試合を失点せずに勝つ。
何の迷いもなく言い切った2人に、竜斗は胸の熱くなる物を感じながらも、キャプテンとして出来る限り冷静に問う。
「そうだよー? サッカーって相手にゴール許さなきゃ負けないスポーツだからさ♪」
「0点に抑えれば、1点入れるだけで勝てちゃうからねー」
無失点のまま全国制覇したというケースは、過去にいくつかある。
不可能という訳ではないが、至難の業である事に変わりない。
「それで全国制覇、やっちゃおうよキャプテン♪」
与一は竜斗を見上げて明るく笑いかける。
自分だけが全国制覇に向けて走ってしまっている。チームメイトがその気にならなくて、どうしようかと悩んだ。
しかし自分の前に全国を目指す同志が立つ。
彼らとならきっと──。
「入部するならついて来い、サッカー部を紹介するからよ」
竜斗の心を動かし、彼は双子をサッカー部へと案内する。
────────
与一「という訳で日本に来て、中学へ入ったよー!」
輝羅「そしてサッカー部へ案内してもらう事となりましたー」
与一「けど、その部は雰囲気が明るいけど問題が……?」
輝羅「次回はサッカー部の人達との顔合わせとなります♪」
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