ブラックキャット試験
甘夏みかん
一章
試験会場①
「リーリオ・ハートストロベリー。君の実力を見込んで、頼みたいことがある。ブラックキャット試験に挑戦してほしい」
「えうっ?」
二つ星能力者の少女リーリオは、真面目な顔をしたギルドマスターの依頼に、了承とも拒否とも取れない返事をした。二つ星能力者とは、通常、一人につき一つしか持っていない能力を、二つ有する能力者のこと。ブラックキャット試験とは、国内最高峰のギルド・ブラックキャットに所属するに相応しい人物か見極める試験のことである。
リーリオの二つある能力。一つ目は、モフモフ・ストロベリー。苺柄をしたもふもふの真っ白な布団。普段は自宅に置いてあり、何処に居ても具現化することができる。包み込んだものを回復及び浄化する力を持つ。二つ目は、フレイム・ハート。触れればどんなものでも燃やす赤色のハートを繰り出す。ハートは手のひらサイズで、身体のどこからでも出すことができる。記憶や感情などの概念すら、燃やし尽くして消失させることも可能。
「急な仕事で申し訳ない。今日行われるブラックキャット試験に参加して、ギルドメンバー視点で難易度を見てほしいのだよ」
「なるほど」
「受けてくれるかね?」
「はい、お任せ下さい」
困ったように眉を下げたマスターに、リーリオは引き締まった顔で肯く。「失礼します」と一礼して退室。早速、ギルドから、自宅に向かう。自宅はブラックキャット所有のマンションにある七◯五号室。ギルドメンバーの他に一般人も住んでいる。ギルドの隣に建っており、リーリオとしてはとても助かっていた。
エレベーターで七階まで上がり、部屋の鍵を開けて中に入る。赤と黒のハイカットスニーカーから、モコモコの白いスリッパに履き替えた。手洗いとうがいをし、リビングのローテーブルに、ノートパソコンを置く。電源を入れて起動し、ギルド・ブラックキャットの公式サイトへ。ブラックキャット試験は、会場に辿り着く前から、既に審査が始まっている。故に、毎年変わる試験会場に行くには、簡単な試練を突破しなければならないのだ。
毎年、ブラックキャット試験の情報は、公式サイトを隅々まで確認すれば掲載されている。今年も恐らく載っているはずだ。リーリオは赤い瞳を凝らして、画面内を隅々までチェックしていく。
ギルドメンバーの思考を把握しているからか、思ったよりも時間がかからず見つかった。今年の試練は、ハート型の苺タルトを、ブラックキャットマンションの、七◯六号室に持っていくことだ。
「お隣さんってことは、ヒナさんに持っていくだけじゃん。ラッキー」
リーリオは自分の運の良さに感謝し、スーパーに行って材料を買う。苺タルトはリーリオの大好物。しょっちゅう、自分で作って食べている。作るのはお手のものだ。折角だから、ヒナが思いっきり頰を緩めて、美味しいと喜ぶ姿を見たい。
そんな願いを込めながら、苺タルトを完成させる。七号の真っ白なケーキ箱に詰めて、必要なものを黒色のリュックサックに入れた。忘れ物の確認をしてから、リュックサックを背負って、ケーキ箱を持っ。いざ、隣の部屋に出発。気合を入れて、お隣さん宅のインターホンを押した。
「ヒナさん、こんにちはー! リーリオ特製ハート型の苺タルトをお届けにきましたー!」
『待ってたわ!』
じゃーんと画面にケーキ箱を見せると、ヒナが興奮した声色で食い気味に答える。事前にギルドマスターから、リーリオが試験を受けることを、知らされていたらしい。ドタバタと慌ただしい足音の後、バンっと勢いよく開いたドアからヒナが登場。
ワクワクとした面持ちで、小鼻を膨らませて、呼吸を荒げている。ギラギラと煌めかせたピンクブラウンの瞳を、ハァ、ハァと荒い息でケーキ箱に突き刺す。リーリオはパチパチと赤い瞳を瞬き、柔らかい金髪を揺らしてコテンと小さく首を傾けた。
「そんなに苺タルトが好きなの?」
「何言ってるの!? リーリオちゃん特製だから、こんなに興奮してるのよ!」
「そう、なんだ」
ぐいっと顔を近付けて、至近距離で力説するヒナに、軽く身を引くリーリオ。けれど、自分の手作りを喜んでもらえ、胸からブワッと歓喜を溢れさせる。ジワジワと照れ臭さも湧き上がって、「ふへへ」と嬉しさを露わに顔を綻ばせた。瞬間、感極まった表情のヒナに、ぎゅーっと抱きしめられる。「可愛い、尊い」と涙を溢していた。
スリスリと肩に顔を埋めたヒナが、ボディーソープの優しくて柔らかい匂いを嗅ぐ。しばらく大人しく待っていたが、離してもらえる気配がなく困惑する。「ヒナさん?」と戸惑い気味に名前を呼ぶと、突然、試験会場に飛ばされた。ヒナの能力は、触れている相手を、頭に浮かぶ場所に飛ばす。抱擁でも転移可能なのだが、まさか唐突に飛ばされると思わず狼狽えた。
「もしもし、ヒナさん?」
『ごめんなさい。あまりにも可愛らしすぎて、一生、抱き締めたくなっちゃうから』
「なるほど?」
携帯電話でヒナに電話をかけると、まだ余韻に浸っている声の彼女が謝罪する。理性に負けないうちに根性で転移能力を発動したらしい。よく分からないが、突き詰めると長くなりそう故、理解したフリをしておく。「頑張ってね」という言葉を最後に電話を切った。
「どうぞ、リーリオ」
「ありがとう、ベルさん」
すると、待っていてくれた受付が、腕時計型の番号札をくれる。本来ならば、時計盤があるところに、番号を書いたプレートを嵌め込んでいる。受験番号は百三番。腕時計型の番号札を手首に巻く。此処は一次試験の会場に繋がる地下。ベルが待つスタート地点の近くに、既に百人近く居る。愛想のいい笑みを浮かべるリンに手を振り、壁際に座った。
周囲の受験生にジロジロと見られている。ブラックキャットのギルドメンバーは,公式サイトに掲載されているのだ。「変装するべきだったかな」と、赤いパーカーのフードを被ってみる。ポニーテールに結んだ金髪がすっぽりと隠れた。これで少しはマシだろう。モフモフ・ストロベリーに包まって、始まるまで心地よく寝ようとしたところで、男に声をかけられた。
「リーリオちゃん、良かったら一緒に行動しない?」
「いいの?」
「勿論、その代わり——」
キョトンとして見上げたリーリオに、男は勝ち誇った顔をグイッと近付ける。顎を持ち上げようとした手を両手で包み込み、リーリオはパアッと顔を明るくさせた。大輪の花が咲き綻ぶように柔らかく、太陽のように眩しくて無邪気な笑みを浮かべた。心の底から喜びと安堵を溢れさせている。
「よかったぁ、ひとりぼっちで心細かったんだよ! よろしくな」
「俺なんかが声をかけてごめんなさい!」
「えあっ!?」
パッと手を振り解き、男が逃走を図った。向こうから声をかけてきたのに、逃げられてしまったリーリオは、驚いて目を大きく見開く。思わず前に伸ばした手は届かず、既に百人近くの受験生達の中に紛れてしまった男。完全に男のスーツに包まれた背中は、見えなくなってしまった。
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