猫を助けたら、美少女になって恩返しにきた

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1章

プロローグ

 太陽が西に沈み、辺りは暗闇を包んだ。点在する街路灯が道を照らすも、その距離感は明らかに間違っていると思われ、光と光の間がどう考えても遠い。

 学校帰りにスーパーに寄り、エコバックを片手に下げながら帰宅する男子高校生がこの世にどのくらいいるのだろうか。

 右手に先程買った日用品や食材がパンパンに詰まったエコバック。左手には学生鞄。左右で重量の違う物を下げているためか歩きにくい。

 エコバックが何度も手からずり落ちそうになり、そのたびに握りなおした。

 持ち手が指に食い込み、それがより一層、疲労を増していく。

 この後の家事を考えながら、まだ訪れてもいない明日の朝食、晩御飯の献立も考えつつ家路を急ぐ。


「……はあ」


 思わず嘆息を漏らす。

 そんな学生であるのに主婦のような苦労をしているのが、俺、宇上 隆史(うがみ たかし)である。

 地平線の向こうまで真っすぐ続いているかと思われるような砂利道を歩いていると、その道を辿るように片側の生い茂った草から、ふと何かの音が聞こえてきた。


「……?」


 微かな音。ガサガサとした音が耳の鼓膜を震わせる。

 最初は気のせいかと思ったけど、耳を澄ませると確実に聞こえてくる。

 なんの音だ……?

 立ち止まり、鬱陶しく密集している緑の一帯を凝視した。

 すると、小さい物体の何かが草をかき分けて出てきた。少し先の街路灯から漏れた微かな明かりで、その正体がわかった。

 猫だ。


「にゃあ」


 蚊の鳴くような小さな声。

 ところどころ汚れている白い体毛が、やせ細った全身を包んでいる。

 凝視している俺から視線を外さず、まるで睨み返すかのように猫の瞳には俺を写した。その瞳は特徴的で、左右で目の色が違う。

 いわゆるオッドアイというやつ。

 なるべく恐怖感を与えないように目線を合わせるためしゃがみ込み、以前読んだことがあるネットの知識を頼りに、見様見真似で舌打ちしながら白猫を呼んでみた。


「ちちちちち」


 やり方が間違っているのか、変わらず白猫は俺をその場でじっと注視している。

 もしかしたら声のトーンが違ったのかも。


「ちちちちち」


 今度は裏声を駆使して、舌打ちではなく声に出して呼んでみる。それでも彫像のようにその場を動かない白猫。


「……なんか恥ずかしくなってきた」


 やってることが、まるでひと昔前に流れてたラーメンのCMにいたチーズ星人ぽい。


「お前もなんか反応してくれよ」


 白猫の頭を撫でようと手を伸ばしたのがいけなかった。


「いてっ!」


 全身の毛を逆立て、伸ばした手を思いっきり引っ掻かれてしまう。俺の指から赤い一筋の傷が刻まれた。


「ごめんごめん、いきなり撫でられたら怖いもんな……あ、そうだ。ちょっと待ってな」


 砂利道を照らす街路灯よりも頼りになる明かりを発する近くのコンビニに駆け込んだ。

 中に入るとひんやりと涼しい冷気が俺を包み、疲労が溜まっていた身体を癒してくれる。

 目当ての商品を慌てて買い、また白猫のところに戻った。もしかしたらもういないかと思ったが、意外にも白猫はさっきと変わらない位置で待っていた。


「お待たせ。お前、腹が減ってるだろ」


 暗い夜道でもわかるほど白猫はやせ細っている。お腹が空いていると思った俺は、コンビニで猫用のご飯を買ったのだ。


「ほら、これ食べな」


 猫用の餌を、白猫の前に置いてあげる。

 最初は餌にも目もくれず、じっと俺を見つめたまま動かなかった。が、次第に空腹に耐えかね、おずおずと餌を一口齧りついた。

 それが白猫の強固な壁を崩した。その一口を皮切りに、次から次へと勢いよく食べ始める。

 よほどお腹が減ったいたのだろう。俺への警戒心は明後日に放り投げ、無我夢中で餌を頬張る。


「はは、そんなに腹減ってたのか」


 出来ればこの白猫を飼ってあげたい。一人暮らしなら、間違いなく飼ってあげていた。


「ごめんな。飼ってあげたいけど、一度、希さんに聞いてからじゃないと飼えないや。今日聞いてやるから、もしも明日もここにいたら俺の家で飼ってあげるからな」


 そう言い残し、猫の元から去った。


     ※ ※ ※


 ぽつんと寂しく、真っ暗に染まった一軒家の玄関を開けると、俺を出迎えるのは暗闇と物音一つない静けさ。

 その静寂がなんとも思わなくなったのはいつ頃なのか。それが当たり前になっていた。電気をつけ、家に暖かさを灯す。

 スーパーで買った食材や日用品を片付け、一息入れると、思い出したかのように、指がじんじんと痛み出した。


「いてて……」


 白猫に引っ掻かれた指。その指に刻まれた赤い筋から、ぷっくらとした赤い雫が溢れていた。

 ……救急箱に絆創膏残ってたかな。

 傷ついた人差し指を立てながら救急箱を探していると、何かが叩かれた音が家の中に響いた。


 コンコンッ。


 その音が玄関の扉をノックする音だと気付くまでにしばらくかかった。当たり前だが、家にはチャイムがある。チャイムを鳴らさず、玄関をノックするなんて普通思わない。


「はーい」


 外にいる来訪者に聞こえるように、少し声を張り返事した。

 俺としては、すぐに向かいますので少しお待ちください、というニュアンスを込めて返事したつもりだが、俺の声が聞こえていないのか、外にいる来訪者は変わらずノックを繰り返す。


 コンコンッ。


 しつこすぎません?

 まるで急かすかのように繰り返されるノックの音に苛立ち、指の手当を中断し慌てて玄関に向かった。


「はいはい、どなたですか?」


 玄関の扉を開けると、そこに立っていたのは裸の少女だった。

 豊かな胸を一切隠すことなく堂々とした態度。そのようすにも驚いたのだが、それよりも俺の目を引いたのが彼女の顔。

 綺麗な銀髪を腰の辺りまで下げ、その髪が風に靡くたびにさらさらと揺れる。

 そして目の色が左右で違っていた。オッドアイと言われるやつだ。

 新雪のような白い肌、銀色の髪、白を基調とした中に色付くその瞳の色は、一際強調していた。

 しかし、そんな瞳よりも目立っていたのが、銀髪の頭から生えている獣の耳だ。

 彼女の背から覗く月の光が、より一層幻想的に見せ、まるで夢を見ているかのような感覚に陥る。

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