15.過去を知る存在 -理佳-



「ねぇ、演奏してよ。

 

 貴方が七年前に、メイク・ア・ウィッシュに叶えて貰ったときに

 羽村冴香と演奏した曲。


 なんだったかしら?


 18まで生きられないって、TVに出演してた割には長生きしてるよね。

 今、何歳になったの?


 心臓の病気だからって、ちやほやされて、願い事叶えて貰って幸せでしょ?

 ほらっ、あの時演奏した曲聴かせてよ」





心がチクリと痛んだ。

だけど……初めてのことじゃない。




この場所で、演奏していると……

こんな風に、心無い言葉を投げつける存在も昔から居た。




その度に……心が痛くなって、呼吸を忘れそうになる。

だけど……私は今も生きてる。



こんな時……

生きてることに罪悪感を感じてしまう。




ピアノの鍵盤を見つめたまま、

両手を胸元で重ねて耐えるように、

自分の中で気持ちを消化しようと試みる。





そんな時間は体が硬直していく。




外の感覚を意図的に遮断していくイメージで

内なる自分を防衛する。



この場所に集まってくれてる人達の

目を見るのが怖い……。





「理佳さん、あの子か言ったことは気にしないで」



ふと俯く私の傍に足音が近づいて、

少年の声が微かに聞こえた。



どれだけ感覚を閉ざそうと必死になったも、

その声は、ゆっくりと私の体に染み渡っていく。



まだ顔をあげることが出来ない私に、

少年は会話を続けた。




「俺も、理佳さんのことはTVで知ってた。


 あの番組に出演して願いを叶えて貰った難病の子たちが、

 次々と亡くなってるのも知ってる。


 だけど……俺は、今もこうやって生き抜いてる理佳さんに逢えて嬉しい。


 あの頃、TVでしか出逢えなかった理佳さんに、

 こんなに身近で逢えるのがわかった時、嬉しかったんだ。


 だから、理佳さんの演奏を聴かせてよ。

 

 今年小学校になったばかりの弟がさ、

 最近練習してるんだ。


 寮生活だから、たまにしか練習してるの聴けないんだけど

 ショパンの幻想即興曲きかせてくんない?


 右手と左手のリズムが違ってるの?

 なんかすごく弾きにくそうに練習してるんだよね」




その男の子も、昔の私を知る存在。




メイク・ア・ウィッシュ。

この団体に出逢って、私は当時の私の夢を叶えて貰った。



それと同時に、私が交流を持ったのは

有名ピアニスト。



TVの取材が訪れて、

二時間と言う枠の特集番組内の一時間の枠で組まれてしまった。


一緒に夢を叶えた、他の子たちよりも一番長い時間枠。




電車の運転手になりたい、飛行機に乗りたい。


そんな夢に混ざって、私は冴香先生に逢ってピアノの先生になって欲しいって

今思えば、びっくりするように夢をお願いしてた。


当然、久々の注目も受けやすいし、今思えばTV番組なんだから

視聴率を取るためなら、どんな演出もいとわないと思うけど

そんな大人事情を全く知る由もなかった、私の幼い時間。



夢が叶ったと同時についてきた、

私にとっての予定外の副産物。




世間は広いようで、狭くてTVでモザイクなしで出たことから、

私はここの病院に入院していることは、ネット上に瞬く間に拡散された。



この病院宛に、TVを見てくれた人から励ましの手紙も届いたけど、

『病気だからって特別視されてズルい』なんて抗議の手紙もあった。



それでも……そんな世間の目を気にせずに、

歩き続けられたのは、18歳まで生きられないって当時告知されていたから。



私にとっての当然の権利って言ったらおかしいけど、

沢山諦めてきたんだから、これくらいいいじゃないって言う

そんな気持ちの方が強かったから。



だけど……18歳の誕生日を今年4月に迎えて、

4ヶ月がもうすぐすぎようとしてる。




宣告されたタイムリミットを越えた私は、

過去の自分のことを知る人が来る度に怖くなった。






今も生きていられるのは、

冴香先生に出逢って、生きる力を貰ってるから。



それは紛れもないと思うんだけど、

だけど……18まで生きられないからと、当時の同情をひいた私が

今も生きてることに対しての罪悪感も、今は芽生えてしまったから。




18歳まで生きられることがわかってるなら、

あの時……、当時の主治医に告知されなければ、

メイク・ア・ウィッシュの存在すら、知ることもなかっただろうから。





とりあえず今は、少しでも早くここから立ち去りたい。





そんな思いで私は、もう一度にピアノの鍵盤に指を添えた。


そのまま深呼吸を何度か繰り返して、

少年からリクエストのあった、幻想即興曲を演奏した。




久しぶりなのと、少し動揺が尾を引いて

完璧な演奏とはならなかったのが少し悔しい。




演奏を終えると、お辞儀をして私のスピードでは速い行動で

車椅子に移動すると、逃げるようにその場から動き出した。




車輪を回す手に力が入る。




一気に体に負担がかかっているのがわかりながら、

その手を止めることは出来なかった。





「理佳さん、待って」





そんな声が聞こえて、車椅子の持ち手を掴まれた感覚があり

さっきの少年が、車椅子の主導権を持ち始めた。




「放して」



私的に強く言い放つも、その力は緩められることがない。




「理佳さん、病室まで俺が連れてくから。


 俺、宮向井隆雪。

 理佳さんと同室の、託実の親友。


 託実、今あの子の方に行ってるから俺がかわり。


 彼女、託実に片想い中の陸上部のマネージャーなんだ。

 託実が陸上部に居るから、陸上部まで追いかけていった生粋の託実ファン。


 彼女の言葉は許されるものじゃないけど、

 多分……理佳さんに託実を取られるのが怖かったんだと思う。」


 傍で見てて、俺思うから。


 アイツ、多分理佳さんに本気だよ。


 素直じゃないから、凄くわかりにくいかも知んないけど

 俺が一つだけ言えるのは、アイツは……託実はいい奴だよ。


 人の心をちゃんと考えようとする、優しい奴だから」



優しく声をかけてくれた私の過去を知る少年は、

託実くんの親友だと名乗った。



そして思いがけない言葉を紡がれた……。



託実くんが、私に本気?




「託実効果かな。

 ここのところ理佳さんも、少し力緩めてくれて俺は嬉しいよ。


 何度か病院に足を運んで、理佳さんの演奏を聴いてたけど

 やっぱり……何処か、頑なだった。


 でも今は……少しずつ柔らかくなってる。

 俺は理佳さんに今、生きてて貰えて嬉しい。


 それに多分、託実も嬉しいんじゃないかな。


 18迄生きられないって言われてた理佳さんが、

 本当にそこで終わってたら、俺は理佳さんとこうやって話せる日は来なかったし

 託実も出逢えなかった。


 

 そしたら……初恋に悩む、託実を見ることなんてなかったからね。


 アイツが必死に選んだ携帯電話のケース、気に入った?」




託実くんが選んだ……携帯電話のケース?



携帯電話のケースと言われて思い出すのは、

あの紙袋に入っていたもの。



電話の本体に、携帯ケース、

そしてストラップが入ってたのを思い出す。






「入院中の託実くんがどうして選べるの?」




思わず気になってたことを問いかける。




「携帯と俺。


 俺に頼んでまで、

 アイツは理佳さんにプレゼントが渡したかったってことかな。


 ちなみに俺が知る限り、託実がここまで執着してプレゼントを用意しようとしたのも

 理佳さんが初めてかな。


 託実は照れ隠しに否定するかも知んないけど、

 傍で見てたら、何かも理佳さんはアイツにとっての特別なんだよ。


 ひと夏の間にさ」





私が託実くんの特別?





宮向井君の言葉に、無意識に……託実くんがくれたらしい

携帯ケースへと手を伸ばして、そっと触れる。




それって……託実くんが

私のこと好きって教えてくれてるの?




己惚れてることにならないのかな?

勘違いにならないのかな?





「後、紙袋の中にストラップ入ってなかった?

 あれは俺からね。


 メイク・ア・ウィッシュの時にさ、海が好きって言ってて

 ピアニストの羽村さんが、代わりに海に行って貝殻拾って来てたよね。


 それを思い出したから、貝殻見つけたんだ。

 天然石もデザインも託実とお揃い。


 ただ貝殻の上のパーツは、託実のパーツと合わせたら一つになるから。


 俺からの恋愛成就の願掛けもかけたプレゼント。


 託実、何も言わなかった?」




問われる言葉に、ただ私は首をふるふると横に振った。




「まぁ、託実らしいけどね」


 



親友が教えてくれる、託実くんの素顔は

私に見せてくれてる、こ憎たらしい貌とは違ってた。



それと同時に……また少し彼に、

惹かれていく私を感じてた。



他愛のない会話しかなかった病室までの道程、

ベッドまで送り届けた宮向井君は、そのまま私の傍に居座った。





「そう、さっきも話したけど、俺……弟居るんだよ。

 今小学生。


 雪貴【ゆきたか】って名前なんだけど、弟はピアノやってるんだ。

 何時か、機会があったら生で理佳ちゃんのピアノ聴かせてやってよ」




まただ……。

どうして宮向井君は、私のピアノに拘るんだろう。


僅かに浮上した素朴な疑問。






「どうして、そんなに私のピアノを気にかけるの?」


「どうしてって言われても難しいんだけど、

 俺は君の奏でる、ピアノの音と、その技術力の高さに感心してる。


 俺はピアノじゃなくてギターを楽しむんだけどね」




そう言うと、宮向井君は携帯から自分の相棒らしいギターを見せてくれた。



銀細工が施された、アンティークのギター。





「んで、俺が演奏してるところが、これ」




そう言って再生する動画。


何かのLIVEステージの演奏なのか、

パフォーマンスをしつつ、演奏する宮向井君の姿がその中には映ってた。





「俺、将来バンドを結成して上りつめたいんだ。


 それでさ、もし叶うなら理佳さんにも手伝って貰えないかな?


 バンドはやりたいけど、タブ譜の専門で、楽譜を読むのは苦手なんだ。

 後は幅広いアレンジ力が欲しい。


 機会があれば頼んでみたいって思ってたけど、

 俺的にもなかなかチャンスがなくて、ずっと言えないままだった。


 それが託実が入院して、ちょっと俺にもチャンスが巡ってきた」






バンドを結成したいと告げた少年の夢。




そんな夢が、メイク・ア・ウィッシュに出た頃の

私自身の純粋な時間とLINKしていく。



ほんの少し、心が揺れた。






「立て続けに俺が話してるね。

 ごめん、でもさ……理佳さんの編曲力、本当に貸してほしいんだ。


 きらきら星変奏曲。

 あの曲は、弟が演奏してたことがあるからどんな曲か知ってる。


 俺が言うのもなんだけど、雪貴、年の割に演奏はうまいんだ。


 だけど……理佳さんが演奏してたみたいな、

 あんなアレンジは初めてだし、アレンジして演奏してる人は多いけど

 俺とシンクロする演奏には出会えてない。」



「アレンジしようと思って作り始めたものは一つもないよ。


 ただ音が頭の中で溢れるの。

 私はそれを追いかけてるだけ」


「簡単に言うけど、音が溢れだすのがすでに凄いから。

 すぐに返事しなくてもいいし、考えといてもらえないかな?」




宮向井君がベッドサイドに座ろうとした時、

ふいに扉が開いて、姿を見せたのは裕真さん。





「隆雪、来てたんだ。

 託実は?」


「グランデューティー、今実習は終わったんですか?」


「今日の実習は終わったよ。

 こんにちは、理佳さん」




裕真さんとも知り合いらしい少年は、

私にはわからない暗号のような読み方で、

親しげに会話を始める。




「グラン、俺のやりたいバンドの編曲を理佳さんに頼めないか

 今、交渉してたんです」


「そう。

 理佳さんの気持ちは固まりそう?


 連絡は貰えなかったけど、

 そろそろ動画が撮影できた頃じゃないかなって、

 お邪魔してみたんだけど……」 


「グラン、それって理佳さんから連絡が貰えなかったけど、

 託実情報で知ってて確信犯で来たんじゃないですか?」


「そうだね」

 


そんな会話を続ける二人。




その直後、「データーを貰える?」そう言って裕真さんに告げられた。



ノートパソコンを開いて、中の情報を見せると

すぐに、裕真さんはPCを触り始める。




PCの中から、朝、撮影したばかりのデーターを探し出すと

何かのソフトをたちあげて、編集作業をしているみたいだった。



そしてそのまま、作業を続けると「ファイルが共有されました」っと

画面に文字が映し出される。




「公開設定OK。


 理佳ちゃん、今日の撮影分の動画はここに更新したよ。

 兄さんが見てくれるといいね」




問われるままに私は、にっこりと笑いながら頷いた。




その頁は、再生された回数をカウントしていて、

公開直後から、再生回数が更新されていた。



ふいに、メールマークが点滅する。




「早速反応来たね」



そう言って手慣れたようにマウスを動かすと、

短い文章が、表示される。






理佳ちゃん



早速、公開有難う。


まだ聴けてないんだけど、

カノンと愛の挨拶だね。


時間見つけて録音しておくよ。



託実と仲良くね













まただ……。



裕先生まで、

託実くんと仲良くって書かれてる。





思わずまだ託実くんの

帰らないベッドに視線を向ける。





「もしかして、理佳さんも託実のこと満更じゃないのかな?

 

 だったら、俺も凄く嬉しいし……

 さっき話したバンド構想に、託実を引っ張りたいんだよね。


 理佳さんが手伝ってくれたら、

 アイツの勧誘もしやすい気がするんだけど」



そう言って、宮向井君は笑った。


そのまま、彼は鞄の中から飲み物を取り出して

私の方に「差し入れ」っと差し出して、

ペットボトルのキャップを開けると、

スポーツドリンクを飲み始めた。



「隆雪」


「あっ、悪い。

 すいません、グラン。


 知ってたはずなのに、水分制限あるってTVで言ってたよね。

 今もあるの?」




裕真さんに窘められて、宮向井君は謝罪の後問いかける。




「今はあの当時よりも、もう少し水分制限増えてる。

 飲み物有難う。


 先生と相談して、何回かに分けて飲ませて貰うね」





前、堂崎さんたちに言われた時はあんなにもイライラしたのに、

宮向井君にされた今は、こんなにも落ち着いて受け止めることが出来てる。




「あっ、隆雪。

 

 何やってんだよ、裕真兄さんがいながら

 理佳の前で、水分飲むなって。


 人が飲んでたら飲みたくなるだろ。


 ただでさえ、室内とはいえ夏なんだよ」




そんな第一声で病室に戻ってきた託実は、

宮向井君の手から、スルリとペットボトルを奪い取ると

キャップをしめて、即座に彼の鞄に突っ込んだ。



そんな託実くんの背後には、

さっき私にきつい言葉を投げかけた女の子が立ってた。



「理佳、自己紹介。


 コイツは、俺の学校の陸上部のマネージャーしてた

 堂崎美加。


 美加、こっちが俺が好きな理佳さん」





えっ?



託実くん……今、なんて言った?



私の耳に間違いがなければ、

『好きな』って3文字を聞いた気がする。



それと同時に、

宮向井君からと裕真さんからの視線を感じる。





「理佳、美加に挨拶してやってよ」




託実くんの無茶ぶりに戸惑いながら、

私は、【好き】の文字が気になって、

まともに託実くんの顔を見れなくなってたし、

過剰にその言葉に反応過ぎて、

赤面していくのが自分でもわかった。




「託実、祝両想い」




茶化すように親友に告げる宮向井君の声。



「託実、もういいわよ。


 託実があの子を好きなのはわかったから。

 それで、託実は私に何をさせたいの?


 あの子の女友達がどうとかって、

 振られたけど、それって私の問題じゃなくて

 あの子でしょ?


 

 友達って言うのには、時間がかかるかも知れないけど

 託実を好きな者同士、

 ライバルくらいにはなれるかも知れないわね」

 

 



そう言って堂崎さんと紹介された女の子は、

私の真正面に立った。



差し出される手。





前回握手を求められたときは、

憎悪が感じられた。




だけど今は……そんな嫌な気持ちは漂ってない。



ゆっくりと差し出された手を握り返すと彼女は、



「ごめん。水分制限あったの知らなくて。

 でもアンタも悪いんだから。


 ちゃんと情報は伝えて貰わないと、差し出したもの【いらない】って

 拒絶だけされて、いい思いするわけないでしょ。


 【水分制限あるから飲めないの。気持ちだけ貰っとく】っとかさ

 もう少し周囲の気持ち考えたら?」




そんな風に私を諭してくれた美加さん。

病院外の初めて出来た女友達。




私の過去を知る存在。

そして私に足りないものを諭してくれた人。




その後、私は初めて『外の世界の人』と30分ほどの時間、

初めての会話を楽しんだ。




18歳を過ぎた私。



18歳を過ぎたあの日、

もう一度、命のを神様から頂いた。





そんな風に思ってもいいのかな?






数多くある罪悪感。





家族のことに関しては、

これから先も、自分を許すことは出来ないかもしれないけど……

18歳を過ぎた今も……命のタイムリミットを越えて生き続けてる私の罪悪感は、

今、昇華してもいいのかな……なんて、

ほんの少し考え方を転換することが出来た。



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