13.告白 -理佳-


病室の自分のベッドに入った後も、

私の中から恐怖が拭いきらない夜。



誰かが旅立った夜は

そんな闇が濃いく舞い降りてくる。



真っ暗な病室は、

闇が全てを覆い尽くしそうで怖かった。



そんな恐怖を押し殺して、

平気な顔で穏やかに笑っていたいのに

心の中はそれを許してくれない。





元弥くんが亡くなった。





病名は違っていても、

もうすぐ心臓移植の為に

海外に行くことが決まってた。



全国から沢山の人が元弥くんの病気が治るようにって援助してくれて、

そのお金もようやく溜まったって元弥くんの家族も喜んでたのに……

体調を崩し始めた元弥くんはあっと言う間に、

話すことが出来なくなって眠り続ける日々になってた。



元気に動ける間は大嫌いな歯医者も必死に治療を受けて

移植先の病院が伝えてきたように虫歯の一本もなくして、

必死に生きようと準備してたのに……。




必死に生きたいと足掻いてた

そんな元弥くんの命を簡単に摘み取ってしまった

病気と言う死神。








……何時かは私も、

   そんな日が来る……。







わかってたじゃない。





だから生きることに執着しないで

必死に諦めようと思ってた。



妹を苦しめるだけの存在なら、

私が消えれば妹はお父さんもお母さんも好きなだけ

独り占めできるでしょ。




お父さんとお母さんを

毎日毎日、悲しませる必要もない。




がっかりさせることも無くなるんだから。





私が居なくなれば……。





そんな風に考えることで、

必死に「死」を受け入れたつもりになってた。




だけど実際は、

そんなの受け入れられるわけじゃない。




私にだって、夢がある。




元気な体だったら、

やりたいことは沢山あった。




ただ全ては、どれだけ望んでも

決して叶うことがないから、

何時しか全てを封印して諦めただけ。






諦めたつもりになっただけ。







私も……

その日が何時来るかわからない。





そんな不安だけが、

次から次へと闇色を連れてくる。





気が付いたら、布団に包まって

ヒック……ヒックと嗚咽をあげながら

涙が止まらなくなってた。





それでも何時もの病室なら、

一人泣き続ける私の声に傷つくものなんていない。






「おいっ、うっせぇって」






だけどその日は違った。、




泣き続ける私に届いた乱暴な口調の眠そうな声。




ゴソゴソと音がして、

近づいてくる足音が聞こえて

カーテンが一気にめくられた。





次の瞬間、眩しい光が私の顔を照らして

その隣人の姿を浮かび上がらせた。





「夜は寝る時間だろ。

 泣いてんじゃねぇよ」



「ごめん……。


 でも……涙、止められないの。


 けど、迷惑だよね。

 ウザいよね。


 邪魔だよね。


 早く涙が止まれば、

 迷惑かけずに済むのに……ね。


 なんで涙って、

 止まらなくなるんだろう。


 泣いてどうなるってわけじゃないのに。


 誰かを悲しませて、

 不安にさせるだけだって

 知ってるはずなのに……」




自分で言ってる言葉すら、

正直何が伝えたいのかわからない。



それでも私は……思うままに

言葉を吐き出すのは、

やっぱり誰かの優しさに縋りたいから?




「別にウザいとか言ってねぇって。


 チッ。

 えっとー、何ていうか……

 一人でコソコソ泣いてんじゃねぇ。


 何があったかなんて、

 まだ俺がわかるわけねぇ。


 あったばかりだしな。


 けど話す気があるなら聞いてやる」




そうやって降り注いだ声の後、

何時の間にか、ベッドサイドに腰掛けた

隣人の体に、グイっと引き寄せられてた。



久しぶりに伝わって来た、

人肌の温もり。




定期的に伝わってくる、

トクン・トクンと脈打つ命の規則正しいリズム。




「ったく。

 

 涙、これで拭けよ。

 パジャマに鼻水つけんじゃねぇぞ」




そんなことを口走りながら、

それでも優しさが伝わってくる少年。






私……何も知らなかった。



この子が、こんな風に優しさを

持ち合わせてる子だなんて考えようともしなかった。





「ほらっ、拭けよ。


 涙」





手に握らされたタオル。


何時の間にかベッドの上に置かれた

懐中電灯の灯りは、

窓側の壁に優しい光をあててた。





「あのね……。

 友達が亡くなったの……。


 この病院で出会って、

 ずっと一緒に治療も頑張って来た。


 もうすぐ……移植に行くことも決まってたのに。


 沢山の人に愛されて、必要とされてる

 そんな友達だったの……」





しがみ付くように、吐き出すように、

泣きじゃくりながら、その人肌にしがみついた。





「友達が亡くなる辛さが、

 俺にはわかんねぇよ。


 俺んち、祖父ちゃんたちもまだ元気だからさ。

 

 誰かが亡くなる悲しみって、

 俺には正直わかんねぇよ。


 けど、アンタの友達。


 アンタにそんなに沢山、泣いて貰って悲しんで貰えて

 喜んでんじゃねぇ?

 

 喜びながら、

 多分……そいつも悲しんでると思うぜ」




悲しんでる……。


託実くんには、そう言われたけど

今の私は、元弥くん心を考えることなんて出来そうになくて。




何も答えられないまま、

託実くんの手を引き寄せて、

抱えるように眠りについた。




人肌が優しくて……。





翌朝、左近さんの声が聞こえて

目を覚ましたとき、私の傍には託実くんが居て

かなりびっくりした。



慌てて体を起こそうとして、

左近さんに嗜められるのと同時に、

託実くんに、肩を抑えられた。




「お前さ、寝とけば?」




そんな言葉を残して、

託実くんは自分のベッドへと戻ると

掛布団を被って寝始めた。



「おはよう、理佳ちゃん。


 昨日、沢山泣いたんだって?

 目が赤くなってる。


 傍に居てあげられなくてごめんね。


 だけど、隣に託実君が居てくれたのね」




そう言って、朝の検温チェックとかを済ませた後

左近さんが退室した後、眠る前に枕の下に置いた

一通の封筒を手にする。




元弥くんからの最期の手紙。






この病院に来て、

沢山の出逢いと別れがあった。




だけどこうやって手紙を遺されたのは

初めてだった。





飾り気のない封筒。




その中にどれだけの元弥くんの想いが

詰まってるんだろう。



そう思うと、怖くて開封することが

出来ないまま私はじっと、手紙を見つめながら

ボーっとすごしていた。





朝ご飯の時間が来て、

私の生活はいつもと同じ時間を繰り返す。



昨日倒れた後だけど宗成先生は今日も、

お遊戯室でピアノを練習することだけは許してくれた。





ピアノで演奏する曲は、

元弥くんと初めて出逢ったときに喜んでくれた

モーツァルトのきらきらぼし変奏曲・超絶技巧アレンジ。



そして……ラクリモーサ。




悲しみの気持ちも恐怖も、

全ての想いを音色に込めて。




30分の練習の後は、

それ以上は許して貰えなくて再び病室のベッドへと戻った。




そこでようやく気が付いた枕元の紙袋。





そうだ……確か昨日の夜にはあったんだ。





ベッドにあがって座ると、

紙袋を引き寄せて中にあるものを出した。





携帯電話の写真がプリントされた箱。



ゆっくりとそれを開くと、

中から姿を見せたのは携帯電話。



その箱の中には、






理佳ちゃんへ




裕兄さんが気になってたので、

代わりに贈ります。


ネットに更新する動画が出来れば

連絡ください。



使い方は、向かい側に居る託実に聞くといいよ。




裕真






っとかかれたメッセージカードが一枚。



そして天然石のストラップ。

貝殻のチャームが可愛らしい。





そのストラップを携帯に通して、

次の紙袋に手を伸ばす。



携帯カバー。



どれも私の為に用意してくれてるプレゼントだってことは

手に取るように伝わった。


この間の食器といい、携帯電話といい

この夏の私は貰ってばかり。



ずっと諦めていたことが叶ってる。

それでいいの?





「おぉ、終わったのか?

 携帯、気にいったか?」





そう言いながら、託実くんは

私の傍に近づいてきた。




「携帯、使い方わかんなかったら言えよ。

 お前よりは、詳しいと思うから」




そう言った託実くんは、私の手元の携帯を抜き取ると

自分の携帯電話を近づけて何かをしてた。



そして、何かのボタンを押す。




「ちぇっ。


 俺が一番乗りしたかったのに、

 兄貴たちの方が先かよ」




そう言いながら私に画面を見せる。




電話かけたいとき、このアプリを起動して、

電話帳のボタンを押して番号呼び出して発信。




そう言って手渡された携帯電話。



電話帳には、


裕先生・裕真さん・一綺さん。


そして今、登録してくれたのであろう

託実くんの名前が入ってた。



「かけてみな」



手われるままに発信ボタンを押すと、

託実くんの携帯がブルブルと震えだす。



何かのボタンを押して電話に出ると、

初めての携帯電話から、

一番近くに居る託実くんの声がスピーカー越しに聞こえてきた。




「よしっ。

 んで、次はメール。


 メールもこのアプリを使って、電話帳。

 メールアドレスを選ぶ」




託実くんは、

その後もずっと携帯電話の使い方を教えてくれた。



携帯電話は、いろんなことが沢山出来て

凄く楽しい感じがした。





一通りの使い方を覚えた後、

託実くんが、私の枕元の封筒に手を伸ばした。





「これっ、元弥からの手紙……」



そう言って私の手に握らせる。



「読まないのか?」



問われる言葉に、

私は「読まないわけじゃなくて、読めないの」だと告げた。



昨日、あれだけ泣いているところを見せてしまったから、

この件で虚勢をはることもないと思ったから。




「開けろよ。


 元弥は天国に行った。

 だけど、お前はまだ生きてる。


 この手紙の中に詰まってる元弥の気持ち

 受け止めてやれって」



そんな託実くんの言葉に背中を押されるように、

私はゆっくりと、指先で開封作業をする。




シンプルな封筒の中から出て来たのは、

海のポストカードが一枚と、便箋三枚。



「海なんだな」



託実くんの問いかけに、

ただ私も頷いて、息を飲みながら、

手紙とポストカードを掴み取って胸元に引き寄せた。





「うん……。


 元気になったら、

 二人で海に遊びに行きたいねって

 約束してたから……」


「ふーん。

 んじゃ、手紙読めば?


 泣き崩れたらまた胸くらいかしてやるよ」




興味があるのか、興味がないのか、

掴みどころがない存在。


ただ……うるさいだけの生意気な少年は、

私の中で優しい人に

確実に変化を遂げ始めてる。




その少年が背中を押してくれてる

そんな風にも思えて、

手に持った便箋を深呼吸の後、

ゆっくりと開封した。


その中には綴られた文章。









理佳ねーちゃんへ





元気になったら、

僕は、理佳ねーちゃんを

守れるようになる。




アメリカに行って元気になったら、

理佳ねーちゃんじゃなくて、理佳って呼ぶから。



初デートは理佳ねーちゃんが

大好きな海でいいよね。



ねーちゃんの夢は、

僕が絶対に叶えるから。




だから今は……

帰ってくるの待ってて。




帰って来て、元気になったら

ちゃんと僕の気持ちを伝えるから。





だけど……万が一、

僕が死んでも、

僕が理佳ねーちゃんを守るから。



泣かずに、ねーちゃんが生きたいように

最後の瞬間まで生き抜いて。




約束だよ。





僕が帰って来るまで、

勝手に消えるなよ。






元弥














ずるいよ……。


元弥くん……こんな形で伝えるなんて。




読み終わった途端、

涙がまた溢れて来て止まらなくなった。







「私……知らなかった。


 元弥くんが、そんな風に

 私の事思っててくれたなんて。


 ずっと近くに居て……

 同じように病気と闘ってる戦友で……

 ただそれだけだと思ってた」




言葉に乗せて吐き出す思いは、

更に涙を活発にさせる。



元弥くんからの手紙を託実くんに渡すと、

涙の代償で、呼吸困難に陥っていく体。


そんな私に優しく気遣う様に触れてくる託実くん。



「理佳ちゃん?

 託実くんどうかしたの?」




ふいに病室に駆けつけてきた、かおりさん。




過呼吸を起こしかけて、

思う様に話せない私の代わりに、

託実くんが、

元弥くんからの手紙を読んだ後だと説明してくれた。



「理佳ちゃん、先生に聞いて

 心がラクになるお薬、入れて貰おうね」




看護師さんはベッドサイドのボタンを押して、

何かを伝えてた。






心臓に負担がかかることは、

してはダメ。





そう言い続けられた私が、

こんなにも涙を流したのは

初めてかも知れなくて。






しょっぱさの中に温もりが伝う、

その雫は生きる温もりを教えてくれている

そんな気がした。





「まっ、アンタ鈍感そうだもんな。


 んじゃ、お休み」






また涙が止まり切らない私にそんな捨て台詞をはいて、

亀城託実は、自分のベッドへと戻っていった。






再び、薬の効果が作用して眠りに落ちるまで……

止まらない涙と、乱れる呼吸を感じながら

それでも何処か、暖かさを感じていた。






涙を流すことで、人は本当に前に歩き出す

力を得られるのかも知らない。





一人で生きていると思っていても、

真実の目で見つめたら、

そこには……

誰かの温もりが傍に寄り添ってる。




そんなことを感じながら、

温もりに抱かれながら

眠りに落ちていった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る