8.衝突と恐怖 -託実-
バカ騒ぎしてた俺とアイツの病室。
ようやく、入院生活って存在に諦めが付いた
全国大会初日を終えた夕方、
俺の周辺は部活の奴らで賑わってた。
結果は第1試合、
敗退で終わったらしい全国大会。
『託実が居てくれたら、勝てたかもな』
仮定でも、そうやって言ってくれるのが
俺には優しかった。
俺抜きで、優勝をされるのが一番怖かった。
それこそ……、結果を出す前に
存在否定されるような気がして。
お見舞いに病院内のコンビニで袋いっぱいに
買いこんできてくれたお菓子やジュース。
入院して二週間。
今も俺の反抗期らしきものは続いていて、
毎日出される病院の食事には手を付けてなかった。
俺のお腹を満たしてくれるのは、
隆雪がこっそりとお見舞いの時に
差し入れてくれるおにぎり。
後はこうやって、
ダチが買ってきてくれるお菓子とかが
繋いでくれてた。
ぶっちゃけて言うと、毎日運ばれる病院食。
美味しそうに見えないんだよ。
プラスチックの飾り気のない容器に詰め込まれて
無機質に運び込まれても、美味しそうに見えない。
そんなもの、食べる気にもならない。
なんで病人は、
あんなもんが食えるんだよ。
だけど……こうやって、見舞いに来てくれた奴が持ってきた差し入れは
美味しそうで、俺はついつい手を伸ばしては口元に運ぶ。
運びながら考えるのは、
消えたあの女が、お菓子やジュースを飲んでるところを見た事ないってこと。
見舞客が来ないってことは、
こうやって差し入れしてくれる奴もいないってことか?
だけど……稔が、お菓子とジュースを渡そうとした時
アイツは『そんなものいらない』って拒絶した。
なんか理由があるのか?
そんなよそ事に思考を張り巡らしていた時、
稔が不意打ちのように俺に問いかける。
「なぁ、託実。
お前さ、何時退院出来んの?」
何時退院できるって……
此処に居る奴らは、
入院生活の中でもう治療が進んでると思ってるはずで。
でも俺は……あの後、一度も治療を受けようとしないまま
親父たちを困らせてばかりいた。
「どうだろうな」
気まずい空気のまま、何事もないように話題をそらすように
空っぽのアイツのベッドへと視線を向けた。
アイツ……親父に、
絶対安静とか言われてなかったか?
何やってんだよ。
少しでも時間が出来ると、俺の思考は
あの女のことが気になるらしくて、
そんな俺自身に、あたふたする。
「託実君、ちょっといいかい?」
ふいに白衣姿で登場してきたのは、
主治医の松川先生。
主治医の登場に、病室で好き放題騒いでた
友人たちは、固まったように礼儀を正し始める。
「託実、長居して悪かったな。
今から診察か?
俺ら邪魔しないから」
「託実、じゃあまた来るわね」
一斉に部活の奴らは言い出すと、
病室から出て行く。
途端に閑散とした病室。
緊張だけが走って行く。
「託実君、君が言い出してくれるのを待ってたんだけど
そろそろ、返事をきかせて貰えないか?
僕は君の足を治したい。
だけど僕だけがそれを思っても、君にその意思がなければ
僕に手伝えることはない。
ベッドを待ってる人もいる。
だから治療する気がないのなら、宗成先生と薫子先生、それに病院長には悪いけど
僕は君に出ていってもらいたいと思ってる」
松川先生は、俺のベットサイドに座って
静かに言い放った。
問題児になってるはずの俺が、
何も言われずに此処に居られるのは、
親父と母さん。
それに此処の病院長である政成伯父さん。
裕真兄さんたちのお父さんの権力に庇護されていたから。
そんな風にも感じ取れる物言い。
「託実君にとっては、初めての入院で初めての手術になる。
どんなことだって、初めては不安なのはわかるつもりだよ。
だから託実君の不安には、どんなことでも寄り添っていたいと思うし
出来る限り、その不安を取り除く手伝いもしたい。
それは君のお父さんや、お母さんも同じだと思う。
ここには君よりももっと重病の患者さんが大勢いる。
だけど皆、その命と必死に向き合って頑張ってる。
ここはそう言う場所なんだよ」
優しい口調でも、松川先生が言い放つ言葉は
どれも俺には痛いことだらけで、
自覚がある俺は何も言いだせない。
「松川先生、すいません。
遅くなりました」
ふいに病室に姿を見せた親父は、
主治医にお辞儀をする。
「すいません、松川先生。
本当に託実がご迷惑おかけしてます」
そう言って謝罪する、
母さんが少しやつれて見えた。
「わかったよ。
治療って奴、受ければいんだろ。
ベッドの上も飽きたし、やらないと俺、追い出されんだろ。
だったらやるよ」
他に言い方もあっただろうに、
売り言葉に買い言葉的な勢いで、
反射的に言い放った言葉。
勢いで言い終わった後には後の祭り。
「託実、他に言い方があるだろう」
なん親父は言いながらも、
母さんは松川先生に何度も何度も
『お願いします』とお辞儀を繰り返した。
松川先生は、ナースコールのボタンを押して
左近さんに車椅子を頼むと、
すぐに病室に車椅子が運び込まれた。
ベッドから体を起こして、
車椅子へと移動すると、暫くぶりに
トイレ以外で病室を出ることになった。
車椅子を後ろから押すのは親父。
俺の隣を心配しそうに歩くのは母さん。
白衣姿の親に囲まれてる俺。
俺が移動してる間も、親父にも母さんにも
いろんな患者さんや、患者さんの家族が話しかけてきていて
その度に、親父たちは交流しながら、
前に一度だけ行ったことのある、検査室へと向かった。
そこでもう一度、一通りの検査を受ける羽目になった俺は
その後、家族三人で正式に治療方針を定める話し合いの場に連れていかれた。
検査結果のデーターと、人体模型を机に置いて、
松川先生は、俺の膝の故障している部分を細かく説明した。
一度きいた名前は、すでに俺の頭の中から消えてしまっていたけど
その病名がもう一度、自分の中に馴染んだ瞬間。
左膝前十字靭帯損傷。
それに加えて、俺の場合は半月板と言われる部分も
損傷しているのだと説明された。
今の俺の靭帯は、緩んだまま。
ジャンプ・着地・ダッシュ・ターン・ストップなどの
急激なスピード変化の運動は一切不可。
そして膝崩れと言われる前方回旋亜脱臼が起こりやすくなる。
無理な練習が、
膝に負担をかけて半月板まで損傷したのかもしれないと言う話だった。、
手術前の術前リハビリ。
理学療法士と言われる先生がついて、
手術を終えた後の回復がスムーズにいくように
術前リハビリが必要なことを告げられた。
膝の曲げ伸ばしの回復が遅れないように、
ももの筋肉が痩せて力が入りにくくなる為、
それを少しでも和らげるために、先にリハビリで整える必要があるっと言う話だった。
術前リハビリが終わったら、
次は手術。
断裂した靭帯を体の組織のどこかを代用して
作り直すと言う話だった。
手術の後は、術後のリハビリ。
膝の関節・可動域・筋力・歩行。
そういったものを中心にするのだと説明された。
勢いで同意したものの、
やっぱり不安は残る。
そして……最後に松川先生が告げた一言が、
俺を突き落とした。
「託実君の場合、手術によって日常生活が支障ない程度に出来るようになるのは確実です。
軽い運動も、問題なく出来るでしょう。
だけど激しい運動が出来るようになるかは、
手術とリハビリの結果次第です。
もう一度、クラブ活動が出来るようになるまで一緒に頑張りましょう」
そう言いながら、主治医は話しを結んだ。
陸上部に戻れるかどうかは、治療の成果次第。
どれだけ必死に頑張っても、陸上部のメンバーとして
走ることが出来なくなるかも知れない。
選手生命が終わるかもしれない。
そんなに大げさなことになってるかなんて、
考えもしなかった。
何かかも軽んじていた俺自身の後悔も
後の祭り。
「有難うございました。
明日から、宜しくお願いします」
親父はそう言って、
治療方針の書類に署名を書きこむ。
「さぁ、託実行きましょう?」
母さんは車椅子の上で、
ちょっと思考回路が低下気味の俺を気遣う様に話しかけた。
「託実君。
明日から僕は全力で君のサポートをする。
だから君も、食事の管理も含めてサボらないように。
今日の晩御飯からサボるなよ」
そう言って、松川先生は俺たちを部屋から送りだした。
病室に戻る途中、親父はまたPHSで呼び出されて
病室まで母さんと二人だけで戻ることになる。
「ごめん。母さん」
病室に辿り着くと、車椅子からベッドに移動して
それだけむ小さな声で告げると、
母さんもまた「もう少し仕事してくるわね」っと声を残して
病室から出ていった。
病室に戻った時、
向かい側のベッドにはアイツが点滴を
ぶら下げられたままで静かに休んでた。
ベッドの頭元を少し上げて、
体を起こしたまま、
俺は眠り続けるアイツに視線を向ける。
アイツは親父の患者。
親父の患者ってことは、
アイツが悪いのは心臓のはずなんだ。
だけどそれ以上の
アイツの病気のことを俺は知らない。
この病院の中で、
アイツが見えてる景色ってどんなものなんだ?
アイツは何時から、何時まで入院してるんだ?
そんなことが脳裏を支配するように思考が
広がっていく。
その後、夕飯時間になって
アイツは担当ナースに起こされるように
晩御飯の準備が始まった。
俺の病室にも、
一綺兄さんと裕真兄さんが姿を見せる。
「二人ともどうして?」
「私は託実の為に母から
預かってきたものを持ってきただけだよ」
そう言って、俺の前に紙袋に丁寧に包んで入れられた
何かを俺のテーブルの上に出す。
一綺兄さんの母親。
それは……母さんのお姉さん。
そして有名なデザイナー。
「託実、自分で開けてみて」
促されるように、その紙袋の中に入った包まれていたものを
開封すると、その中から、温もりに満ちた食器が姿を見せる。
「これ……」
思わず、姿を見せた姫龍【きりゅう】伯母さんの手作りらしい
それを手にした後、裕真兄さんが言葉を続けた。
「託実、今治療に同意してきたんだろ。
実習中に、松川先生と少し会話して教えて貰った。
一綺と相談したんだ。
託実がご飯食べない理由を探そうって。
それで辿り着いたのが、これ。
病院の食器って、美味しくなさそうだもんな」
そう言うと二人の兄さんたちは、
看護師さんによって運び込まれた晩御飯を
器用に、叔母さんの作ってくれたお皿に盛り始めた。
お皿を変えただけで、
こんなにも食事って印象が変わるんだな。
そんなことを思いながら、
俺は自分箸で、食事に手を付け始めた。
食べながら感じるのは、
向かい側のベッドの住人。
時折、こっちをじっと見る視線を感じて
俺を向こうを見るけど、
すぐにソイツは目をそらす。
そして、二口・三口だけ食事を口元に外すと
見向きもせずに、再びベッドに横になった。
二人の兄さんたちが退室した後、
俺は、まだ眠れない体を起こしたまま
アイツをじっと見つめる。
そんな視線に気が付いたらしいアイツが、
ベッドから体を起こして俺に向き直った。
視線が合う俺。
何か、アイツを気遣う言葉でもかけよう。
そう思って口を開きかけた時、
アイツは、爆弾を投下する。
「何見てるの?
それに……私、知ってるんだから。
入院したその日から、
君は一切治療してない。
拒絶して、迷惑かけて。
それでも……ちやほやされて。
甘えないで!!
託実くん、君は幸せじゃない?
やりたいことを少しでも経験して
楽しい時間を過ごしてる。
手術したら治るんでしょ?
だったら早く治して、
ここから早く出て行きなさいよ。
私に平穏な時間を返してよ。
私は……どれだけ治療を続けても、
手術を頑張っても、
自由に慣れない、一時的に症状を緩和させるだけ。
どれだけ頑張っても、自由に慣れないの。
だけど君は違うでしょ」
息を乱しながら、大声でぶつけてくるアイツ。
必死に心の中身をぶつけるように、
投げ捨てられた言葉。
あまりの大声に、
ナースステーションから看護師さんも慌てて駆けつける。
言いたいこと言い終えた後、
たったあれだけのことで体に負担がかかったのか、
心臓の方を抑えながら、ベッドの中で倒れこんだ。
何だよ、
言いたい放題言いやがって。
看護師によって召喚された親父がすぐに
病室に駆けつけてきて、アイツの周囲のカーテンが閉じられると
暫くして俺の方へ親父が顔を出した。
「託実、心配かけたな。
理佳ちゃん、今眠らせたから落ち着くだろう。
何があった?」
そうやって質問されて、俺が咄嗟に答えたのは
「いちゃもんつけられた」の一言。
だけどそれが、アイツにとっては珍しいことらしく
親父は、どんな内容を俺にぶつけてきたか、
詳しく話してほしいと質問してきた。
気が付いたら俺が感じていた恐怖は、
アイツの叫びに、かき消されるように
何処かに吹き飛んでた。
変な奴。
興味のなかったアイツに
俺が最初に抱いた印象だった。
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