第5章 コンプリート

 一階に戻ると、画廊内には用意した食事はすでになくなり、友人たちには解散の空気が広がっていた。

「ここらでお開きとしよう」

 私の大きな声で告げると、各々同意するように、帰り支度を始める。

「すまないが、片付けを手伝ってもらえるか?煖華は最近まで警察の事情聴取に巻き込まれて、未だ疲れ気味なんだ。頼めるか?」

 私が頼むと不敵に小さく微笑み、不気味なぐらい二つ返事で了承してくれた。

 心にモヤモヤを抱えたまま、ほかの友人たちを見送ると、最後には画廊に煖華が残されていた。

「煖華。最近疲れているだろ?今日は先に帰っていいぞ?」

 私が優しく語りかけると、煖華は隠しことなく、嫌悪感を抱いた顔で私に近づいてくる。

「真心館長。本当にいいんですか?私も力になりますよ」

 それは煖華にとっての最後通告のようなものだ。

 それは優しさからか?それとも不安からか?まぁ、両方だろうな。

「私が選ぶ方法は結果次第で犯罪になりえる。そんな事に煖華を巻き込みたくないんだ。分かってくれ」

 画廊で暇そうにしているハーティカには聞こえないように小声で話すと、私の目を見つめる煖華はどこか釈然としない。

「まぁ、なんとかなるさ」

 最後にそう付け加えると、目を細め睨みつける。

 二人は無言のまま、見つめ続ける。

 先に折れたのは煖華だ。

 視線を逸らし、無言のまま私の横を通り過ぎる。その横顔は悲しみに歪んでいた。

 本当に私には勿体ないほどの優秀で優しいアシスタントだよ。お前は。

 煖華が画廊を去ったことで、ついに私とハーティカは二人っきりになった。

 さて、どう話を切り出したらいいものか。

「さて、俺は何を手伝えばいいんだ?」

 ハーティカは振り返りながら、話し出すとさらに言葉を続ける。

「それとも、この俺たち『』を糾弾でもするか?」

 そこには私の知らない友人ーーハーティカの素顔があった。

 私の浅知恵など、とうに見抜いていたわけか。でも、それなら話が早くて助かる。

「今までの……と言うには根拠がなさすぎるが、今回、私の画廊で起きた連続美術品損壊事件についてだが……」

「警察も解き明かせない俺の完全犯罪が、真心ごときに解明できたとでも言うのか?あ~間違えた。こういう時は、しょ、証拠を出せ!の方が雰囲気がでて面白いかもな?」

 それもそうだ。警察が動いて、多分だが今もに真実にたどり着いていない。その難事件の答えに、私程度が辿り着けたのは偶然としかいえない。しかし、ひどい演技だ。

「そこだよ。警察を騙すほどのアリバイ」

 ハーティカは理解できていない様子だ。

「警察を丸め込んだ、お前のアリバイ。単独犯ではなさそうだな。正直、そんな事はどうでもいい。脇が甘いんだよ」

 ハーティカは自分の完璧なアリバイを「どうでもいい」の一言でまとめた私を睨みつける。

「墨男に聞いたぞ。お前はしていた。さすがの警察もアリバイが完璧な人間に対して、身辺調査なんてしないだろう」

 自分の築き上げたアリバイにヒビが入り、焦りを覚えたのか目が少し泳ぐ。

「参加してないお前がどうやって?そもそも、どこから俺を疑ってた?」

「これに関しては偶然。それについては後で話すとしてだ」

「嘘ついたからと言って、俺はハーティカである証拠にはならなない。そうだろ?」

 まぁ、妥当は反応だな。私でもそう返すだろうし。では、続きといこうか。

「お前は海外出張の帰りに参加したとかで、同窓会にを持ってきたそうだな?」

 ハーティカは小さく頷くだけで言葉は発しなかった。

「解散後、友人たちと一緒に私の画廊の前までで来ると、全員をそこに引き止めるように演説始めた。友人たちが言ってたぞ?酔っ払ったみたいに『お前ら聞け!今から印象派の何たるかを』と力説し始めたって」

 ここまで合っているのか、伺うようにハーティカの顔色をチラリと見る。そこには能面のように、微動だにしない表情で、私を見つめていた。

「でも、おかしいとも言ってた。お前はアルコールはのに、まるで酔ったみたいに演説するなんて」

 眉が少し動いたのが見えた。

 バレていないとでも思っていたか。

「……注文は全部、俺が引き受けていたんだがな」

 口から溢れるような、その言葉には疑問しかなかった。

「見てる人は見てるもんさ。お酒に弱いお前を気遣い奴とかな」

 大きなため息とともに、両手を上げた。

「降参だ。確かに俺は事件当日に画廊の前にいた。でも次の疑問が残るだろ?どうやって、絵画を破壊した?まさか、俺の演説に絵画が感極まって崩れたとでも?」

 まだ、冗談を言う余裕はあるわけだ。

「それが真実ならどれだけ簡単だったか。だが、残念なことにお前の演説は画廊内までは響いていなかったみたいだ。それで次に残る疑問はキャリーケースだ」

 私は画廊を離れようとして、足を止める。

 ハーティカは私が離れた瞬間になにかするのでは?

「なのか知らないが、待っててやるよ」

 私の一瞬の不安を感じ取ったのは、虫を払いのけるようにして、私を追いやった。

 では、お言葉に甘えるとするか。

 私はハーティカを残して、商談室に置いてあったキャリーケースに手を伸ばす。

 少し位置がズレてる?

 もしかして、初心うぶのやつこれだけ見て、私が何をしようとしてるのか感じ取ったのか?……そんなわけない……よな?

 私は大きめのキャリーケースと共に画廊に戻る。

 ハーティカは椅子を画廊の真ん中まで移動させたのか、律儀に座って待っていた。私が持ってきたものを見て、ハーティカは目を細める。

「俺が持っているのと同じサイズか?真面目だね。適当なものでもよかったろうに」

 キャリーケースをハーティカ目の前まで持っていくと横に倒し、蓋を開ける。

。このサイズを探すのに苦労したよ。でも、逆に考えるとそれだけ、犯人も絞られる」

 そこにはキャリーケース内にギリギリまで詰め込まれた高出力指向性超音波装置が収まっていた。

「俺が持っている確証はあるのか?」

「持ってる可能性は大いにあるだろ?お前の職業柄、絶対に」

 私の説明の穴を探すように、手で口元を隠しながら考え込む。しばらくして、ハーティカはとニヤリと笑う。

「それなら、畏芸も持っている可能性もあるんじゃないか?その装置は贋作を見極める為にも使う。自分の駄作をまるでハーティカの仕業に仕向けて、自作自演した可能性が出てくるぜ?」

 確かに畏芸先生のアートコンサルタントとして使う可能性はあるだが……それは

「畏芸先生持っている可能性はあるだろうな。けど、入口から絵画までの距離を届かせる出力の装置を持っているのかは怪しい」

「じゃあ、対馬ってことでどうだ?画廊なら必要だろ?贋作の鑑定?」

「全て不可能だ。絵画を破壊するだけの出力をこのサイズのキャリーケースに収める事ができない。捕捉させてもらうと、ここにある市販の装置では出力が足りない。逆に必要な出力が出るものはキャリーケースに収まらない」

 ハーティカはつまらなそうに「あっそ」とだけ答えた。

「方法を知っているのも、お前だけだよ。……

 やっと。やっと、いつもの顔に戻った。ハーティカという仮面を剥がされ、いつもの好奇心に溢れる顔に。

「なるほど、俺の職業か」

「あぁ、高出力指向性超音波装置をキャリーケースに収まるサイズまで小型化させる知識と技術を持ち合わせているのは、である。新紙だけ」

 新紙は椅子から立ち上がるとつきものでも落ちたように、体を伸ばした。

「もしかして、これで積みかな?」

「かもな、それがお前の罪だ。でも。どうして、畏芸先生の絵画だったんだ?それだけがどうしても分からない。だから、それをお前に聞こうと思っていたんだ」

 私の問いかけに新紙の犯行を思い至った感情が呼び覚まされていくかのように怒りが満ちてゆく。

「お前も畏芸のファンならわかるだろ!あれは畏芸の作品じゃない。まったく別物だ。アイツは他人の作品を自分作品として出品しやがったんだ!」

 私の思った通りの動機だな。確かにあれがではない。先生の作品にしては明るすぎる。

「お前の意見はもっともだ」

 湧き上がるい怒りに身を任せるように私に詰め寄る。

「知っていてなぜ畏芸をなぜ追求しない!糾弾しない!なぜ断罪しない!なぜお前はそれをしない!そんなお前も同罪だ!!そんなお前に絵画に携わる資格はない!!」

 新紙は私の胸ぐらを掴み、最後には突き飛ばした。

 確かに、新紙。お前が言う事が本当なら、私はそういうしてだろうし、畏芸先生に失望していた………だがな!!

「お前が!畏芸先生の!を否定していい理由がどこにある!!」

 今度は私が新紙の胸ぐらを掴み叫ぶと、新紙は私の言葉に動揺し始めた。

「えぇ……はっ?畏芸………夫妻?どういう事だ?意味が分からない」

 それを知らないで済ませる気か?

 私は新紙から手を離し「すまん」と謝る。

「あの絵画、『虹の絨毯』は畏芸敬作とその妻、朋絵ともえとの合作だ。お前は朋絵さんを知っているか?」

 新紙は首を振る。

 私は湧き上がる怒りを抑えできるだけ冷静に答える。

「一年前の畏芸先生の事故は知ってるな?あの事故には婦人である朋絵さんも巻き込まれている。脊髄損傷によって、首から下が動かない重傷を負ってな」

 新紙にとっての知らない情報だらけなのか、無言で聞いている。

 やはり知らないか。畏芸先生は世界的な画家というわけじゃない。ニュースで報道も報道されても、名前まではでない、記事も同様だ。自分で本人や周りに聞いて回らない限り知るよしもない事だ。

「作品は朋絵さんの提案で、二人の合作に仕立て上げたらしい」

「なんでわざわざ。退院後でもいいはずだ!」

 まるで事実を認めたくないみたいだな。

「見ていられないだとさ。畏芸先生が画家の道を離れた姿が。不意に感じたことを絵にしようと動く手を見て悲しそうな横顔の先生が。そんな先生に提案したそうな、最初は嫌そうにしていたそうだが、最後の方は昔に戻ったみたいの生き生きしていたそうだ」

 そんな畏芸先生語る朋絵さんはとても嬉しそうだったのが目に浮かぶ。

「じゃあ!なんで左手で描いたように見せるんだ!おかしいだろ?」

「それは遊び心と奥さんへの優しさだと思う。朋絵さんは『虹の絨毯』の下地を描くのに、口で筆を咥えて描いた。だから、畏芸先生もそれに合わせて左手で描こうとしたができず、やもなく、右手で描いた。しかし、ただ単純に右手で描いたのでは、朋絵さんの苦労に見合わない。そう思った畏芸先生は左手で描いたように工夫していたらしい。それが真実だ」

 完全に抜け殻となった新紙は、既に放心状態だった。

「だから、あの絵画は紛れもなくで間違いない。それとさっき、『どこから俺を疑ってた』と聞いたな。実は始めて事件後に画廊に来た日。つまり、事件発覚当日だ」

 と言っても、疑うというよりも違和感程度だがな。

「そんな瞬間から……どうして!そんなに早くから!!もしかして、畏芸……先生のことも最初から知ってたのか!」

 私は無言で画廊に残された絵画を指さす。しかし、新紙はその絵画を観てもその意味が理解できない様子だ。

「もし、お前がなら、この絵画狙ったはずだ」

 それでも新紙は理解できていない。まるでそのがあるとで言うように。

「お前にはこの絵画が販売価格に値すると思うか?」

「当然だ。正直それ以上だ」

 良かった……。お前は私が知ってる新紙のままだ。

「高校時代。卒業する私と新紙。あと、当時勝手に美術部に出没していた部外者の初心。あと、最後の美術部員で後輩の小豆こまめで完成させたこの絵画。三日前に専門家に鑑定士てもらった」

 それを聞いた瞬間、私たちの思い出を金額に置き換えられたことに対して、激しい怒りをぶつけるように新紙は私を睨む。

 睨みな。お前が今回したことと、そう変わらんだろ?違いなんて、絵を壊したか、してないか、の差ぐらいだ。

「結果は散々だったよ。初心も携わってるし、百万円は堅いと思っていたんだが……。まさか、二千円とはな。最初に聞いた時は自然と涙がこぼれたさ」

 なぁ、新紙。この時の私の感情の意味が分かるか?

「それを六億円だ。ハーティカが狙わないわけ無いだろ?」

 私が知るすべてを話し切ると新紙は目を閉じ、長い沈黙に入った。

 感情のグラデーションを無視し、まるで機械のように真偽で真贋の線を引いてきたハーティカ。これは被害者の思い出を「構図の破綻」と見なす冷酷な行為だ。今、同じ立場に立ち、同じ痛みを知ったお前の感情は、被害者達の感じた怒りや悲しみと同じなんだ、新紙。同じ感情を抱いた人間として、ハーティカとしてではなく、お前自身の決断をしてくれ。

 私の思いを聞き届けたようにしばらくして、新紙はゆっくりと目を開ける。

「それで真心。俺を警察に突き出すのか?それともすでにここに向かっているとか?」

 私の真意を見極めるように見つめてくる。

「どちらでもないさ。私が聞きたかったのは、畏芸先生の絵画が狙われた理由だけだ。それ以外はどうでもいい好きにしろ」

 それは想像だにしていなかったのだろう。新紙は惚けたように、口をポカーンと開けていた。

「世間を騒がせているあの『ハーティカ』を捕まえた功績をドブに捨てるのか?俺言うのもなんだが、正気じゃない!」

 まるで煖華と同じこと言ってるぞ。お前。

「私は友人を警察に売り渡すような真似はしたくないだけだ。だから、この先の決断はお前に任せる。警察に自首しようが、今まで通り生きていこうが………それとも私を殺して逃げようが……な」

 新紙は視線を再び絵画に向ける。その横顔には決断を悩んでいるようには見えない。ただ、最後に見るこの絵画を心に刻んでいるかのようだった。

 私も彼に合わせて絵画を見つめる。

 本当に素晴らしい絵だ。これを六億でも安すぎる。十億だって売る気はないさ。

 これは私たち美術部の最後にして最高傑作なんだから。

 気づくと、後ろから扉が開く音が聞こえた。

 横に視線を向けると、そこには新紙の姿はなかった。

 アイツはどんな決断を決断を下すんだろうな。

 私は再び絵画に視線を向ける。

 その絵画の作品名は。

『永遠の友情の誓い』 

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