雪月花

 その日、日本のとある地方で地震が起きた。

 しんしんと降り積もる雪のせいもあって、交通網は大混乱に陥っていた。


 父母とまだ生まれたばかりの子供の三人で構成されている伊藤家もまたその混乱に巻き込まれていた。


 この壊滅な状況に、復興が進むまで近場に住んでいる親せきを頼ろうということで話がまとまり、彼らは車に目いっぱいの荷物を込めて出発した。


 田舎道をみんなでえっちらおっちら進んでいったのはいいのだが、地震のせいで道中にあるガソリンスタンドが壊滅していた。

 それによりガソリンは補給できない。

 燃料自体もだいぶ少なくなっていた。



「これはまずいぞ」

 もうすでに、時刻は夕暮れ。

 このまま夜になれば、車なり、ガソリンスタンドの中で雨風は防げるだろうが、それでも身を切るような寒さにさらされることは分かりきっていた。


 燃料のあまりはないかとガソリンスタンドをあさってみるものの、いつもは簡単そうな給油も、電気類が来ていない今この場では何をどうすればいいのか、まるで見当がつかなかった。



「どうかしましたか」


 その時だった。

 彼らと同じように、車にあふれ出しそうなほどの荷物を詰め込んだ男がやって来た。


「それが、ここで給油する計画だったのですが……。もう燃料がなく」


「だったら、こっちの車に入っている燃料を少量ですがお譲りしましょうか」


「いいんですか!

 ですが、この山道です。しばらくガソリンスタンドなんてありませんよ」


「大丈夫ですとも」


 そういって、男は伊藤家の面々を安心させるためなのか、ぎこちなく笑う。


「この車の燃料はほぼ満タンですから」


「ありがとうございます、ありがとうございます」


 伊藤家の面々は男に、何度も何度も頭を下げ、子どもが冷えないように暖房をマックスでかけながら、山道を疾走していく。


「ねぇ、あれってさっきの男の人の車じゃない」


 他の車も、家の明かりもないからか山道を照らすヘッドライトが遠くからでもよく見えた。


「あの車、もしかしたらニュートライズになってないか」


 山頂でいったん車は止まった。

 まるで、エンジンそのものが止まっているかのようだ。


 そのまま山道を走る姿も、エンジンで動かすというよりも、重力に従って滑っているように見える。


「もしかして、あの人もガソリンがなかったのか」


 きっと、赤ん坊が寒さで震えないようにと、この雪の中、車で暖房もなしにすごす可能性を選んだのだ。


 こちらにもガソリンに余裕はない。

 遠く離れた今、迎えに行くことはできそうにない。


「なぁ、一日ここを出るのが遅くなっても構わないか。

 今度は私たちがあの人にガソリンを届けに行こう」


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