こちら就職あっせん業者
その男、エドワードは白黒の地味な服を着ながら、庭を散策していた。
周囲は高い壁に囲まれ、銃を持った警察官がまるで獲物を狙うように、油断なくこちらを見ている。
彼は囚人だった。
「レイチェル」
禁固3年。
それが彼が受けた処罰だ。
この何も無い獄中生活の唯一の支えが、塀の外で自分を待つ恋人レイチェルの存在だった。
決められた時間に外に出て、決められた時間に作業する。
そんないつもの日常が今日も過ぎ去るだろうとエドワードは考えていた。
しかし、不意に異変が起きた。
轟音、爆発、けたたましいブレーキ音。
彼の眼前。ほんの数センチ先にトラックがあった。
「時間通りだな」
「ずらかるぞ」
「これで全員か」
慌ただしくやりとりをする声を聞いて、脱獄だと、エドワードは瞬時に悟った。
「待ってくれ、俺も乗せてってくれ」
彼はトラックに乗り込んだ。
これでレイチェルに会える。
胸の中はその思いでいっぱいだった。
「はぁ、また延期。約束したじゃない、あちこち連絡したし」
まだ若い金髪の女がスマホに向かって大声で叫ぶ。
「なに、ニュースを見ろですって、今起きてる大事件のせいで時間がない。
私の方も私の方で大事件だわ」
苛立ちを隠そうとしてもせず、彼女、レイチェルは通話をきった。
しかし、またすぐに着信音が鳴る。
「なに、いまさら謝っても」
「それでも君に謝りたいんだ」
電話の主は脱獄したエドワードだった。
彼は電話越しにではあるが、思いの丈をぶつけていく。
これまで苦労かけたことへの謝罪。
自分の現状。
そして、やり直したいという思い。
「とりあえず、会って話さない」
それが彼女が出した答えだった。
「こんな俺を見捨てないでいてくれたなんて」
エドワードの両目には宝石のような涙があふれ出ていた。
「くそ、ポリめ」
テレビを見る。
警察が警戒を強めたという報道があった。
どうやら、エドワード以外の脱獄囚はもう捕まったらしい。
「このままチンタラしてたらレイチェルに会う前に捕まっちまう」
エドワードは焦っていた。
「仕方がないか」
服は元囚人仲間が恵んでくれた。
後欲しいのは金とできれば車。
「最近のシャバはどうかしてるぜ。盗みをやってもポリに捕まらないんだろ」
それらを手に入れるべく、適当な店から盗み出す。
髪を切り、服装をしっかり整えた。
きっと、一目でエドワードを脱獄囚と見破れる奴などいないだろう。
安心したからか、公園のベンチでコーヒーを片手に、ホットドッグをほおばっていると。
「どうしたんだぼうず」
男の子の泣き声が聞こえた。
「キティーが」
指先の向こうでは、子猫が木の上で鳴いていた。
きっと降りられなくなったのだろう。
「よし、おじさんにまかせろ」
多くの囚人がそうであるように、エドワードは筋トレをやっていた。
その成果が発揮された。
「ありがとうおじさん」
男の子の手には子猫が抱えられている。
「ありがとうか」
一体何年ぶりにこの言葉を聞いただろう。
レイチェルと暮らすためにも、これからは犯罪からは足を洗おう。
エドワードは決意した。
「足となる車の盗みが俺の最後の犯罪だ」
「あと少しだ、待っててくれよ、レイチェル」
鍵をつけっぱなしの車を見つけ、エドワードはそれを奪い、ついに、レイチェルがいる市にやって来た。
家に警察がいるかもと考え待ち合わせ場所を電話で決めることにした。
「レイチェル俺だ」
「……エドワードなのね。私たちの思い出の店を覚えている。そこで私の知り合いが待ってるから」
「何から何まで悪いな」
あと少し、本当に少しでバラ色の未来が訪れる。
なのに……。
「お兄さんちょっといいかな」
警察の魔の手が彼に迫っていた。
「何だよ」
「あ~、私たちは麻薬検査官でね。
今、検査をしてるんだよ」
麻薬の売買。
それがエドワードが逮捕された理由だった。
(くそ、今の俺は麻薬なんてやってねぇのに)
いっそ逃げるかとも思うが、それだと後はないのは目に見えている。
「リチャード、デイヴィス。こんなところにいたのか?」
「エルリックか。どうした、こんなところで」
「狩りの準備だよ。うん、そこにいるのはエドワードか。レイチェルから話は聞いてるよ」
「なるほど知り合いか。お前さんがいうなら間違いはないだろう。
狩りについて俺たちも参加していいか」
「もちろんさ」
そこにさっそうと一人の若い男が現れた。
彼らは警察と顔見しりらしく、気さくに話しかけると、警察も警戒を解いた。
「あんたがレイチェルの使いか」
「そうだとも。レイチェルから話は聞いてるぜ。
何でも古い知り合いが自分のところに来るから面倒見てやってくれって」
「そうか」
「ああ、あんたの事情は知ってる。
実はいい働き口があるんだよ」
「本当か。事情が事情だし、そんなものがあるとは全く思わなかったんだよ」
「君がよく知っているところさ」
どんなところかと聞くと、エルリックははぶらかした。
そして、車を走らせ、レイチェルの家にやって来た。
「ここに本当にレイチェルがいるのか」
「もちろんだ」
もう男には前しか見えていなかった。
「レイチェル」
ノックもせずにドアノブを開け、電流を浴びせられ痙攣した。
背後から、エドワードがテイザー銃で彼を撃ち抜いたのだ。
扉の向こうからは先ほどの麻薬捜査官を始め屈強な警察官が飛び出した。
「だ、だましたのか」
「いや、次の職場を紹介するってのは本当だよ。
君の就職先は刑務所だ」
「狩りがすんだし、次は結婚式だな」
「仕事が速くすんだおかげで、予定通り開けそうだ」
「レイチェルと君に結婚式、ぜひ私も参加させてくれよ」
ここまでくれば、エドワードも理解した。
このエルリックこそがレイチェルの新しい恋人なのだと。
こうして、エドワードは男としても人間としても完敗したのだった。
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