Go To Hell

 やらかした!


 余は教皇である。

 学生時代に縁があった友人が経営する孤児院にお忍びで出し物をすることになった。

 孤児院の中に熱心なロックファンがいた。その子を喜ばせるにはどうすればいいと相談し、最終的に昔の血が騒ぎだし、おとなしい曲を弾けばいいものを、昔作った曲。

 Go To Hellを演奏してしまった。



 ロック好きの子も、そうではない子も大喜び。

 教皇として、それはどうかという内容の曲ではあったが、子どもたちが喜んでくれたのだ、これ以上嬉しいことはない。


 問題があるとすれば……。



「凄い、お爺ちゃんたちがこんなにハードな曲を」

「というか演奏技術やばくない」

「まじそれ」



 思いのほか話題になったことだ。

 特に若者の反響が凄い。

 余が講義をしてもこんなに大きな反応がないというのに。

 ちょっと複雑いだった。



「そういえばなのですが、猊下は昔音楽をたしなんでいたのですか」

「そうじゃよ。若いころはやんちゃしたものだ。だがどうしてそう思う、余の記憶が確かなら話したことはなかったと思うが……」

「いや、猊下が部屋からギターを運ぶ姿を見たものがいまして」

「そ、そうか」


 目撃されていたとは。

 まぁ、秘書官に知られたところでどうでもよいが。


「あとはそう、猊下のご友人が経営している孤児院のことですが」


 ドキリ、心臓が急に鼓動を開始する。

 ギターの次にこれ、もしや……。


「資金援助ですが、身内に支援とはいえ金を渡すというのは裏金を想像させる可能性があるので、慎重に事を運んだほうがよろしいかと」

「すまんな。余はあくまでも聖職者。

 そういった金勘定に関しては不慣れなことが多い」



 ほっと、胸をなでおろす。

 やはり偶然なのだ。


 まぁ、口コミが広がろうとも、あんな閉じられたコミュニティーでの演奏なんて早々広がるはずもないか。



「ところで、最近、このような映像が話題になっているのですが」

「これは」


 余の演奏がアップロードされていた。

 無断でやってもいいのか、これ!



「どういうつもりだ」

「ただ単に、このギターが猊下にそっくりだと思ったまでですよ」

 今までの問答。そのすべてに裏の意図が見え隠れするのだが、秘書官は朗らかに、それこそ太陽のように笑っている。その姿からはやましいところがあるとはみじんも感じとれない。



「おいどうなっている。あの演奏ネットにアップしているぞ」

「私にも、何が何だか」


 急いで旧友に連絡。

 彼もこの事実を知らなかったらしい。

 すぐに、これをやったであろう人物に連絡を取り動画を削除してもらったのだが……。



「ネットの拡散速度を完全に甘く見ていた!」

 人気動画にありがちな問題。すなわち、一つの配信を消したとしても、直ぐに次の配信者が現れてしまう。

 消せども消せどもこれ、まるで鼬ごっこだ。



 そしてついに恐れていた事態が起きてしまう。

 最新の貌認証システムが使用された。ギターを引いているのが余であることが判明した。


 もちろん、こっちはビップ中のビップ。

 また、こんなことを教皇がという先入観があった。

 おかげで、噂話にとどまっているが、だんだんと噂は広がっている。



「それで猊下。この動画についてですが」


 そして、恐れていた事態がやって来た。

 一人のレポーターが余の演奏画像を片手にこちらにやって来た。


 ごまかすべきというのもわかる。しかし、こちらは神に仕える身。

 若いころはともかく、聖職者になってからはウソなどつくことなくここまでやって来たのだ。


「ああ、それは余が演奏したものだ」


 法律違反したわけではないが、これで教会の顔に拭い去れないほどの汚点を残してしまった。



『新時代の説法』

『教皇が考案、教義を知りたければロックを聞こう』


「なんか、思っていたのと違う」


 品案、困惑、疑念。

 そんなものが渦巻いているだろうと思ったが、どうにもGo To Hellはその歌詞から、どうすれば地獄に行くのかを若者に分かりやすく伝える教材と思われたらしい。


 助かったのは認める、認めるが……。

 地獄に落ちるのなんて恐れるな、今を楽しく生きろよというメッセージを込めた曲だったので、音楽家としての自分はなんか複雑だった。

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