侍と嘘とTシャツ

@Mekurumeku1030

第1話

「侍と嘘とTシャツ」 

 8月上旬、バイトに向かう。蒸し暑い上に、人でごった返す京都駅。毎日観光客で混んでいる。こっちはこれからバイトだというのに、嬉々として電車に乗り込む外国人たちに、私は鬱陶しさすら感じていた。


 しかし侍が現れる。もういないはずの侍。西洋人の男性が「侍」と書かれたTシャツを着ていたのだ。

 その日から憂鬱だった京都駅が私の密かな楽しみへと変わった。


 まず、「嘘」と書かれた帽子をかぶる観光客。いったい誰がそんなものを発売しようと提案したのか。よく観察してみると、同じ帽子をかぶった人が一グループに一人くらいいた。悪い日本人がここらで商売していることが判明。


 ほかにも、「一生懸命頑張ろう!いつもありがとうございます…」と書かれたTシャツを着たアジア系の男性。彼はおそらく、自分が通りすがるたびに何人もの日本人を笑顔にしていることに気づいていないだろう。


 数ある謎T・謎グッズの中でも、最も印象深いものがある。


 その日は散々だった。私のバイト先は京都駅前の飲食店。京都でも指折りの忙しさを誇る店だ。金曜日の夜。最も売り上げが大きく、最も忙しい日である。


 忙しさのあまりミスを連発し、ついにはグラスを割ってしまった。忙しい時のミスは、名前のつかない軽犯罪だ。そんな私は島流し。店から追い出され、キャッチに回された。


 さすがの私も落ち込んでいた。ここで成果を出さなきゃ、本当に役立たずだ。たくさんティッシュを配ったが、なかなか捕まらない。泣きそうだったし、正直もう帰りたかった。


 その時、どこからともなく現れた西洋人のおじさん。サンタのように丸い体を包んでいるTシャツには、こう書かれていた。


「うんとこどっこいしょ」


 ……人生で、そんな文字をTシャツで見ることがあるだろうか。日本人が着ていたら確実に頭がおかしいと思われる。けれどそのおじさんは、少しも気にした様子もなく、満足そうに歩いていた。


 私は思った。言葉の壁って、時々こんなに優しい。

 そして京都という街の懐の深さに感動した。


 その日、キャッチで客を捕まえることはできなかった。けれど、そんなことはもうどうでもよかった。あの日、あのミスをしていなければ、あのTシャツには出会えなかったのだ。


 人生とは、何があるかわからない。

 ありがとう、外国人。

 ありがとう、インバウンド。

 ありがとう、うんとこどっこいしょおじさん。

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