夜の駅で、怪しい少女に捕まった

しすこーん

第1話 深夜徘徊①

昔から、夜が好きだった。


陽の光よりも月の光の方が身体に馴染んだし、カーテンから差し込む陽光より夜の暗さに安心感を覚えた。


何気ない日常の中に、違和感を抱えながら生きていた。


自分という存在の在り方を疑ってしまうような、拭いきれないナニかが、胸の奥にずっと巣食っていた。


そして高校一年生、十五歳のある日。

僕は、学校に行かなくなった。



つい先月まで鼻高々に存在感をアピールしていた夏はすっかり息を潜め、秋の季節がやってきた。


ここ最近の夜は薄寒い。

僕はクローゼットの中から白いシャツとジップパーカーを取り出す。


パーカーの前を閉め切るかは少し迷ったけど、結局閉めることにした。

今晩は特に冷え込むらしい。


部屋を出て、玄関の扉をあける。

夜の静けさと漂う冷気が、気持ちいい。


僕はそのまま廊下にでて、左手にあるエレベーターの降下ボタンを押した。


僅かな作動音と共に、1階にあったらしいエレベーターがグングン上昇してくる。

到着したエレベーターに飛び乗り、僕は1と書かれたボタンに手を伸ばした。


扉が開くと、軽やかな足取りで外に出る。

そのままロビーとエントランスを抜け、外に身を踊り出させる。


空を見上げる。

星は見えないけど、まん丸で大きい月が夜空に居座っていた。

どうやら今夜は満月らしい。


スゥー、と息を吸い込む。

冷たい空気が肺を侵食して、全身に行き渡る。


身体全体から夜を感じて、僕は身を震わした。


夜中にする散歩が、ここ最近の僕のマイブームだった。


(今日はどこにいこうかな)


こうして夜中に出歩く際は、なんとなく向かう場所を決めておくことが多い。

あてもなくぶらぶらと彷徨うのもいいけど、目的地に向かって歩を進める方は僕は好みだった。


(最近、人と話してないな)


思えばここ二ヶ月ほど、碌に人と話していない。

夜中の散歩で人とすれ違うことはあるが、会話に発展することは一度もなかった。


最後に人の声を聞いたのは、少し前に立ち寄ったコンビニの定員の声だろうか。

言葉を発したのも、その時の受け答えが最後だ。


別に会話までは望んでいなくとも、久しい人の肉声には少し、郷愁の思いがあった。


(今日は駅にいこう)

 

駅なら人も集まるだろうし、たしかあの周辺には飲食店も多くあったはずだ。


都会でも田舎でもないこの場所は、星も見えないくせに、人もそこまで多くない。

この時間帯では繁華街にでもいかない限り、人間には巡り会えないだろう。


自宅のマンションから駅までは、だいたい歩いて20分くらいで到着する距離だ。

夜道の散歩にはちょうどいい。

スマホのホーム画面で確認すると、時刻はだいたい一時前だった。


駅に近づくにつれて街の活気は増していった。

青白く点滅していた街灯は、徐々に温かみを感じさせる色へと変化していく。


(そういえば今日、金曜日だっけ)


曜日感覚がすっかり狂って忘れていたが、明日は休日なのだ。

居酒屋などが増えてきて、スーツを着たサラリーマンなどが目立つようになってくる。


そのだいたいが酔っ払っていて、千鳥足でフラフラと歩いている男もいた。


自分が知らない街の顔をまた知ったような気がして、なんだか楽しい。

とはいえ、流石にこの時間だ。人はまばらで、ほとんどが酔って帰路につく会社員に見える。


程なくして駅についたが、タクシーが何台か止まっているだけで、人影は想像よりも少なかった。


まあもう電車も動いていないし、当然と言えば当然なのかもしれない。

賑やかさを求めて来ただけに、少しだけ残念な気持ちになる。


一部の店では未だに騒いでいるようだが、流石に中に入るわけにもいかないだろう。

まあ、仕方ないかな。


落胆して帰ろうとしたとき────後ろから気配を感じた。


夜の街に興奮してすっかり失念していたが、本来この時間、僕はここにいてはいけないのだ。


僕の身長は、160センチ少し。

顔もどちらかと言うと童顔だし、誤魔化すことは難しいだろう。

親に連絡とか、ちょっとどころじゃなくめんどくさい。


僕は恐る恐る、振り向いた。


振り返って最初に目に入ったのは、フードと帽子を深く被った女性だった。

身長は僕より少し高くて、こちらを見下ろしている。


警察じゃなかったことにとりあえずは安堵しながら、彼女に見つめる。


彼女も、ただ単に通りすがっただけではないらしい。

パーカーのフードに加えて、帽子を深く被っていて顔はよく見えないが、立ち止まって、明らかに僕のことを凝視していた。


しばらく何も言葉を発さなかった彼女が、やがて口を開いた。


「君、何歳?」


聞こえて来た声は、想像よりもずっと若々しい声だった。


注視してみると、格好も落ち着いた感じではなく、どちらかというと派手。


全体的にラフに着こなしていて、ポケットに手を突っ込んだままこちらをじっと見つめている。

しかしこの気温でショートパンツとは、寒くないのだろうか。


「じゅ、十八」


僕は精一杯声を低くしていった。

言葉を発することさえ久々で、少し声が掠れている気がする。


目の前の彼女はこちらを値踏みするかのようにじろじろと見つめている。


しばらくの沈黙のあと、彼女が言葉を発した。


「嘘。明らかガキじゃん」


「う、嘘じゃな───」


「警察、呼ばれたい?」


彼女の言葉に遮られて、僕の言葉が詰まる。

完全にバレている。まあ、僕の見た目じゃ無理だということは薄々わかっていたけど。


しかし、正義感に駆られるタイプにも見えない。何を考えているんだろう?

僕が返事をできずに硬直していると、彼女の方から話しかけてきた。


「ねえ、聞いてる?ほんとは何歳なの?」


「‥‥‥‥十五」


「ふーん」


むこうから聞いてきたくせに、返ってきたのは大して興味のなさそうな返事だけだった。


まあ、それなら都合がいい。さっさと帰らせてもらおう。

どうせ、今から帰るところだったんだし。


「それじゃあ、僕は帰ります」


「⋯⋯ちょっと、待って。今から帰るの?」


「なにか悪いですか?」


「悪いよ。当たり前じゃん」


「⋯⋯どうしてですか」


「ちょっとね。ガキ君、今から時間ある?」


呆然としている僕の事など気にも留めず、相変わらず興味のなさそうな態度の彼女は、ポケットに手を入れたまま、なんでもなさそうに言い放った。


「────今から、お姉さんと遊ぼうよ」


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カクコン応募作品。

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