第1部
1章 ぼくのかんがえた最高のお嫁さん
第1話
平野岩家は、江戸で「妖怪素材」を売って生計を立てているいわゆる商人の家計。北野家は妖怪退治を生業にしていて全国各地依頼があれば飛んで行って妖怪を対峙して回っているそうだ。
「翡翠さんはすごいのね。あの北野一族の中で一番の強者なのでしょう」
俺の母親・
一方でそんな母とは違って北野さんの母親は険しい表情を翡翠さんに向けた。
「とんでございません、女の分際で兄の成績を越えるなど……、この子は忍術と弓術の才能だけ。女として生きることを怠けたダメな娘でございます。お恥ずかしい。でも平野岩様のお嫁になるからには必ずやお役に立てるように鍛え直します。3歩下がって夫に尽くし、多くの子供を産み育て、夫に苦労をかけない嫁にいたします」
翡翠さんは、笑顔のままだったがぐっと肩が揺れた。多分、机の下で拳を握ったんだろう。
——俺は、そんなお嫁さんが欲しかったんだろうか。
「まぁまぁ、この辺で若い人だけで進めていただきましょうや奥様方。ユウキさん翡翠さん。お題は気にせずゆっくりお話ししてくださんな」
仲人のおじさんがそういうと、母はにっこりと笑って「あとでね」と言い、北野さんのお母さんは「しっかりしなさい」と娘を叱咤した。仲人が最後に出て行き襖がぴしゃりと閉まる。
料亭の庭からは獅子おどしの音がカコンと響く。
「あの……私のような人間との縁談を受けてくれてありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。その勿体無いくらいで」
「えっ? でも平野岩家といえば江戸一番の素材屋ですよね? しかもユウキさんは体の弱いお兄さんに代わってお店を継ぐとか。私にこそ、勿体無いくらいです」
俺はどうやら大きな店の後継ぎ、つまりは御曹司らしい。顔も良く、背もそこそこありそうで御曹司。女神様のご加護に感謝……!
でも、彼女は俺の望み通り「俺に惚れている状態の女性」を用意してはくれなかった。翡翠さんは多分まだ仕事がやりたい、あのびっくりするくらいの毒母親の言いなりで縁談をすることになったのだろう。
「そんなことないですよ。翡翠さんは退治屋として多くの人の命を救っているお人ですから。そんな方と縁談をしていただけるのは光栄です」
俺の言葉に彼女は不思議そうに目をパチパチさせる。とんでもない美人なのでそれだけで絵になるし、ちょっと困ったような顔が猫みたいで可愛らしい。
「私、これまで縁談を5件断られているんですよね」
「え? どうして?」
「私が、妖怪退治の家業で日本で一番強い女性だから。旦那様を立てなければいけないはずの嫁が目立ってしまうからと……。でも私、ちゃんと治すので」
ぎゅっと彼女が体に力を入れる。唇を噛み、何かを押し殺すように目を伏せる。どうしようもない理不尽に襲われた時、俺も同じように人に食い下がったことがある。派遣社員として手慣れた工場の仕事の首を切られそうになった時、こうやって派遣先に頭を下げたことがある。首を切られる理由は「もっと清潔感のある若い人がいい」だった。自分の個性や変えようのないことを「治す」なんてそんな事できるはずもないのにだ。
「翡翠さん、一つ聞いてもいいですか?」
「はい。えっと、お料理もできますしお裁縫もまだまだだけど勉強します。家事だってなんでもします」
「あぁそうじゃなくて。翡翠さんが倒した妖怪のこと……聞きたいなぁと思って」
「妖怪のことですか?」
「はい。ウチは妖怪の素材を売っているでしょう? だから興味があって」
とにかく、目の前にいる女性に辛い思いをさせたくなくて俺の精一杯考えて出た言葉だった。翡翠さんが、こうも厳しい家族の中で妖怪退治を続けていたのは「妖怪退治が好きだから」じゃないか。彼女が興味があることや好きなことに対して俺が興味を示せば少しでも打ち解けられるんじゃないか。
前世で結婚まで漕ぎ着けられなかった男の悪あがきであるが、これが不思議と上手くいく。
「一番強かったのはそうですね。海坊主でしょうか?」
——まって、レベルが違う
俺はてっきり、化け猫とか天狗とかそういう妖怪を想像していた。海坊主って俺の想像する海坊主であっているとすれば、彼女はとてつもなくでかい妖怪を倒したことになる。
「あの海坊主をですか?」
「はい。漁師さんからのご依頼で一緒に漁船に乗って、火遁と土遁で動きを封じて急所をえいって突きました。そうそう、その後お魚さんが戻ってきたみたいで。お礼にもらった鯛がとっても美味しくて……あらっごめんなさい私ったら」
——可愛い。
妖怪を語る翡翠さんは、まるで大好きなアイドルの話に夢中になっている年頃の女の子のようにキラキラと輝いていた。元々美人なこともあって見惚れてしまうほどである。やっぱり、彼女は妖怪退治が好きなんだ。
「海坊主って倒せるんですね。海といえば他にも妖怪はたくさんいますよね? あぁでも厄介なのでいうとやっぱり妖術を使ってくる系のとか」
「そうなの! 一番困ったのはやっぱり妖狐ね。あれは本当に厄介で。私が倒した妖狐は結局姿を持たない魂にまでなって逃げたから鏡の中に閉じ込めたの」
「そんなこともできるんですか!」
「えぇ、私実はね、忍術の他にも陰陽術も使えて……うふふ。幽霊とかも退治できちゃったりして……」
恥ずかしくなったのか湯呑みを手に取った翡翠さんは力余って湯呑みを粉砕する。
「わぁっ、翡翠さんお怪我はないですか!」
慌てて立ち上がり、手拭いを彼女に渡してから俺は仲居さんを呼びにいく。一方で翡翠さんの方は「なんのこれくらい、あぁ高い湯呑みが」と首元まで真っ赤にしていた。すぐに仲居さんがやってきて部屋の中と翡翠さんの濡れた手元を拭いてくれた。
「あの、ユウキさんはどうして私の事を嫌がらないのですか?」
「逆になんで他の方は嫌がられてたんでしょう? 翡翠さんは素敵だと思いますよ」
「これまで縁談した方は皆様口を揃えて『強い女はいらない』『妖怪と戦うような女ははしたない』『俺より功績のある嫁は恥』だとおっしゃって……実際に私の母も」
この世界では、そういう価値観なんだろうか。前世の俺は強い女性の方が多い世界に住んでいたからあまり違和感はない。前世では、俺の美人な姉は有名私大卒のキャリアウーマンだったし。
俺はブサイク低身長高卒派遣社員だったから見向きもしてもらえなかったけれど、世間の強い女性は輝いていたしそういう女性と結婚しても二人で頑張るってのがデフォだった。
俺も弱男時代はめっちゃ稼いでくれる美女に養われたいと思ったものだ。懐かしい。
「自分はそうは思わないです。翡翠さんの話を聞いた時素直に素敵だと思いました。だって多分、海坊主を倒せちゃうのって翡翠さんだけでしょう?」
彼女は次第に目を潤ませていく。まずい、俺は選択肢を間違えたかもしれない。ここはこの世界の価値観の「女性像」を追いかけている彼女を褒めるべきだったか? そうだそうだ、女性が頑張っていることを否定しちゃいけないって昔SNSで見たぞ。
「すみません、俺失礼なこと言いましたね」
「違うんです。嬉しかったんです」
翡翠さんは大粒の涙をこぼしながら何度かヒクヒクと鼻を鳴らした。美人は泣き顔も絵になる……が、とても居た堪れない気持ちなった。この人にはできるだけ幸せに笑っていて欲しいとも思った。
「妖怪退治はずっと続けたいなって思うくらいに大好きな仕事だったんです。でも女の子は16を過ぎたらお嫁に行って、子供をたくさん産んで、他のお家の旦那さんとそのご両親を支えるために人生を捧げるのが普通でしょう? 慎ましくておとなしくて旦那さんを立てられるような女性が求められるけど私は……違ったから」
彼女は涙を拭いながらも笑顔になり、俺をじっと見つめた。
「そんな私の話を楽しそうに聞いて素敵だって言ってくれたのはユウキさんが初めてで」
彼女の諦めたような笑顔に、俺は心が震えた。前世、容姿やあまり恵まれない環境のせいで何もかも諦めていた自分と目の前の彼女が重なって見えたのだ。だから俺は、決めた。
「翡翠さん、僕と結婚してください」
翡翠さんが驚いたように目を見開き、小さく頷いた。俺は言葉を続ける。
「その上で、ウチで……その妖怪退治家業を始めませんか」
*** あとがき ***
新作です!
強くて可愛い翡翠さんと 1on1のラブコメをお楽しみに!
作者のモチベーションにもつながるので是非広告下の星評価、応援コメントブックマーク等応援をお願いします!
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