スキル覚醒の覇王ー最弱から成り上がる異世界チート伝

あか

第1話 


第1話 「最弱の通知」


 体育館の天井は、いつ見上げても古い宇宙船の腹みたいだった。無駄に広くて、ひび割れがあって、誰もちゃんとは見ないくせに、そこだけは妙に記憶に残る。


 天城蓮はバスケットボールを抱えたまま、その天井をぼんやり眺めていた。


「おい、蓮、聞いてんのか?」


 肩を小突いてきたのは幼なじみの佐伯悠斗。中学からずっと一緒にいる、運動神経バグってる男。県大会常連のエース。対して蓮はというと、運動神経は平均かちょい下。成績は平均よりちょい上。よく言って“器用貧乏”。悪く言うと“何もない”。


「聞いてない。っていうか、昼休みにまで進路の話はやめてほしい」


「進路は現実だ。逃げても三年後には追いつくんだよ」


「追いついてくるの早いな」


「そんでお前を正面からぶっ倒すわけ」


「俺いま別に戦闘態勢じゃないけど」


 くだらない会話。だけど、こういうどうでもいいやり取りが、蓮はわりと好きだった。


 この学校、この日常。昼休みの体育館でボールを回して、購買の焼きそばパン争奪戦の敗者がカップ麺をすする。誰も世界を救わないし、魔王もいない。先生は課題を出すだけの人間兵器で、みんなはそれにうんざりして、でもちゃんと今日を生きてる。


 蓮は、そういうのを“普通”って呼んでいた。


「で? 就職? 進学?」悠斗は執拗に聞いてくる。「お前さ、なんだかんだ国公立とか行けんだろ? 頭いいし」


「やめろ、周りが聞く。勝手にハードル上げるな。俺の偏差値が死ぬ」


「じゃあ逆に、夢は?」


「寝ることかな」


「将来の夢が睡眠って、お前どんな人生送る予定だよ」


「いっぱい寝て、なんとなく働いて、なんとなく生きる。わりと本気で理想なんだけど」


 悠斗は鼻で笑った。「いやそれさ、才能あるやつのセリフじゃん」


 その言葉に、蓮の手が一瞬だけ止まる。


 才能。


 嫌いな単語だ。


 小さいころから、蓮には“ちょっとだけ何でもできる”という器用さがあった。そこそこ勉強ができ、そこそこ運動でき、そこそこ人間関係もうまい。だけど「これだけは誰にも負けない」という武器は何一つない。オールC。ゆるい平均点のかたまり。


 そして世の中は、平均点のかたまりには優しくない。


「お前が本気になればいけるって、俺は思ってんだけどな」


 悠斗が何気なく言ったその一言が、蓮にはいちばんキツい。


 本気になれば、ってやつ。


 それはつまり、今のお前は本気出してないんだろ? って意味でもある。


 違う。出してる。ずっと出してる。

 ただ、届いてないだけだ。


 蓮はごまかすように、ボールをドリブルしてシュートを放る。リングにはかすりもせず、見事にバックボードの角に当たって跳ね返った。


「うん、才能ねえわ」


「うるさい殺すぞ」


 そう言い返したとき、ポケットのスマホが震えた。通知音がいつもと違う。学校関係の連絡網のアプリでも、SNSでもない。見慣れないシステム音。


 ――ピロン。


 ディスプレイに、ありえない文言が浮かぶ。


《スキル適性査定 対象:天城 蓮

 固有スキルランク:“F-”

 分類:最低危険度、取るに足らない個体》


 ……は?


 蓮は反射的に笑いそうになって、でも喉の奥がからからに乾いた。

 冗談にしては、表示のUIが異様に本物っぽい。どこかゲームっぽいっていうより、軍事端末っぽい冷たさと精密さ。


「どした? 彼女できた?」


「いや、今の絶対“彼女できた”音じゃないだろ」


「じゃあなに、エロ通知?」


「やめろ体育館で言うな」


 悠斗が覗き込もうとするのを避け、蓮はスマホを胸元で隠して、再度画面を確認した。


 画面の下には続きがあった。


《世界移送プログラム 第17,392候補者に選出されました。

 転移開始予定時刻まで、残り00:59》


 心臓が、跳ねた。


 転移?


 つまりこれ、あれか。よくあるやつ。異世界召喚だの、選ばれし勇者だの、魔王討伐に駆り出されてブラック労働だのっていう、あのテンプレ?


 ――いやいやいやいや、現実にそんなのあるわけないだろ。


 そう思った瞬間、首筋の後ろがじわっと熱くなる。

 熱い、というより、焼き印を押されたみたいな熱さ。

 ビリッ、と脳の奥にノイズが走る。


《固有スキル名:“模倣(コピー)”》


「あ?」


 そこだけ、はっきり見えた。


 模倣。コピー。


 地味にもほどがある。というかF-ってなに。「F」より下あるんだ。-ってなに、マイナスって。人権ある?


 続けて、細かい注釈が自動的に展開される。


《説明:対象のスキルを一時的に模倣することができる。ただし、

 ①模倣には対象スキルの“断片”が必要

 ②模倣できるのは最低ランク帯のみ

 ③劣化コピーのため、本来性能の10〜20%に低下

 ④持続時間30秒》


「はっ、ゴミ」


 思わず口から出た言葉は、完全に本音だった。


 劣化コピーを30秒だけ? 最低ランク帯だけ?

 なにそれ。公式にモブ確定って宣言されてるようなもんだろ。


 たとえば“剣王の剣術S”とか“賢者の超越魔法A”とか、そういうロマンならまだいい。なんでよりによって「下の下のスキルを、さらに弱くして30秒だけ真似できる」なんだよ。


 それ、要る?


 そんなもん抱えて異世界とか、死にに行く以外の未来が見えないんだが。


 蓮は笑うしかなくて、でも手が震えていた。


「おいマジでどうした? 顔色わりーぞ」


「悠斗」


「ん?」


「……もしさ。俺が急にいなくなったら、俺の部屋の消しゴムのカスとか全部捨てといてくれ」


「いやお前、何その遺言みたいな――」


 その瞬間。


 空気が、割れた。


 “バキッ”という音は、本来空間からは鳴らないはずの音だ。

 視界が白く弾ける。体育館の床板が揺れた。バスケットボールが勝手に転がり、何人かが尻もちをつく。


 悠斗が叫ぶ。「なにこれ、地震!?」


 違う。蓮には直感的にわかった。

 これは地震じゃない。世界の方がズレてる。


 視界の端に、奇妙な“ひび”が走っている。

 現実に、ガラスみたいなヒビ割れが。


 それが、少しずつ広がっていた。


 体育館の空気が吸いづらい。耳が詰まる感じ。

 まるで飛行機が急降下したときの圧迫みたいに、世界の気圧そのものがめちゃくちゃになっている。


 逃げろ、と頭が警告した。

 でも膝が勝手に笑って、体が動かない。

 恐怖って、本当に漫画みたいに“足がすくむ”んだな、と蓮は場違いに思った。


 脳に直接、声が落ちてきた。


《召喚対象の固定を開始します》


 無機質な女の声。感情ゼロ、生命感ゼロ。

 教室のアナウンスでもSiriでもない。もっと冷たい、もっと遠い。


 やっぱりだ、と蓮は思う。

 本当に来たんだ。ファンタジー側からの、一方的な指名が。


 ふざけんなよ、って喉が震える。

 俺はただ、なんとなく生きたかっただけなんだけど。


「蓮!」


 悠斗の手が、蓮の腕をがっちり掴む。

 引き寄せるように力を込める。

 それで、蓮は一瞬だけ現実に戻った。


 あ。こいつ、離さない気だ。


 やめろバカ。巻き込まれる。


 蓮は本気でそう思って、精一杯の声を絞り出した。


「離れろ悠斗ッ!!」


 叫んだ、その直後。


 世界が、裏返った。


 床も、天井も、体育館も、全部が白い奔流に溶けていく。

 視界のあらゆる色がはぎ取られ、塗りつぶされ、ただの“光”だけに変わってゆく。

 悠斗の顔も、手も、声も、全部が遠ざかって――


 そして、消える。


 意識がどこかへ引きずられる、その刹那。


 蓮は見た。


 視界の隅に、もうひとつのウィンドウが浮かんでいたのだ。


《隠し特性を確認。

 対象:“天城 蓮” は、覚醒条件を満たすと推定。

 覚醒スキル候補:“超越模倣(オーバーライド)”

 分類:神格権限》


 ――神格。


 その単語だけが、脳に焼きついた。


          ◇


 気がついたとき、そこは森だった。


 夜の森。月は二つ。空は見知らぬ星座。湿った土の匂いと、鉄っぽい血のにおいが混ざっている。


 ああ本当に異世界なんだ、と、頭のどこかが冷静に理解する。


 そしてもう片方の頭が、もっと現実的なことに気づく。


 すぐ目の前に、でかい獣がいる。


 熊。……いや熊って言うには角があるし、背中に骨みたいなトゲが生えてるし、目が赤いし、口から湯気みたいに黒い霧を吐いてる。

 四メートルはある。軽くトラック。


 その怪物が、よだれを垂らしながら蓮を見下ろした。


 はい死んだ、と蓮は思った。

 開幕チュートリアルから無理ゲーって聞いてない。


 そのとき、視界に新しい表示。


《対象との距離:3.2m

 魔喰熊(ましょくぐま) 脅威ランク:C

 保有スキル:“鈍痛耐性E” “咆哮E” “捕食本能E+”》


 ……見える。


 スキルが見える。


 もしかしてこれが俺の“模倣(コピー)”の……?


 考えるより早く、獣が前脚を振り下ろしてきた。

 地面ごとえぐれる爪の一撃。

 蓮は、とっさに腕を交差して頭部をかばう。


 死ぬ、と思った。


 骨が砕ける感触は――こなかった。


「っ……あ、痛い、けど……折れてはない……?」


 重い。衝撃はえぐい。でも、致命傷じゃない。

 今ので即死じゃないってことは、何かが働いた?


《一時的に”鈍痛耐性E”を模倣しました

 性能:14%

 残り時間:00:24》


 ……え?


 今、あいつのスキル、勝手にコピーされた?


 いや、コピー“できちゃった”?


 蓮は腕を震わせながら、理解する。

 俺のスキルはゴミ。でも“最低ランク帯”のスキルなら奪える。30秒だけ。


 つまり、こいつみたいな雑魚ランク相手なら、ワンチャン殴り合えるってことか。


 喉が乾く。心臓がうるさい。

 頭の奥で、別の声が囁く。


 今、逃げられる。逃げてもいい。

 でも――逃げたら、何も変わらないままだ。


 “本気になればいける”って、悠斗は言った。


 なら証明してやるよ。

 俺は、もう「何も持ってない」側じゃない。


「……上等だ、デカブツ」


 蓮は右手を地面に添え、左手で石をつかむ。

 ごつごつして、手のひらが切れて血がにじむ。

 その血の匂いに、魔喰熊の目がさらにギラついた。


 咆哮。


 空気が爆発するような吠え声とともに、獣が突っ込んでくる。

 突進はまっすぐだ。頭を低く、角からぶつけて、まとめて粉砕するつもりの動き。


 読める。


 なぜかわかる。

 動きが、止まって見える。


《“咆哮E”を模倣可能

 ……模倣しますか?》


「できるのか、それ」


 蓮は即答する。


「模倣、しろッ!!」


《“咆哮E”模倣開始

 効果:威圧衝撃波(劣化)

 出力:17%

 残り時間:00:07》


 喉の奥が勝手に熱くなり、肺がぎゅっと縮む。

 息が爆発した。


「――――ァアアアアアアアッ!!!」


 人間の声とは思えない衝撃が、至近距離で炸裂する。

 衝撃波のような怒号が、魔喰熊の顔面を真正面からぶっ叩いた。


 巨体がわずかにのけぞる。

 足が半歩止まる。


 今だ。


 蓮は踏み込んだ。

 拾った石を、全力で、その赤い左目に叩き込む。


 鈍い感触と、生臭い飛沫。

 魔喰熊が絶叫した。


 視界が揺れる。

 蓮も転がりながら、泥に肩から突っ込んだ。肺が焼ける。痛い。涙が勝手にこぼれる。


 でも、生きてる。


「……は、ぁ、はぁ……っは……!」


 魔喰熊は、地面をのたうち回り、木をなぎ倒しながら暴れ、やがて、動かなくなった。


 しん……とした森に、蓮の荒い呼吸だけが残る。


 そのとき。


《初回生存判定を確認

 候補者”天城 蓮”の適性値を再評価します》


 視界に、新しいウィンドウが開いた。

 蓮の心臓がまた跳ねる。


《固有スキル:“模倣(コピー)”

 ランク更新:“F-” → “進化待機”

 ※覚醒条件の一部を満たしました

 ※上位スキル候補:“超越模倣(オーバーライド)”》


 “進化待機”。


 つまりこれは、まだ俺は本気じゃない。

 まだ、上がれるってことだ。


 肩で息をしながら、蓮は笑った。

 喉がひりつくほどに乾いた笑い。

 でも、それはもう自嘲じゃなかった。


「見てろよ、悠斗」


 月が二つある夜空を、まっすぐに睨む。


「俺、やるわ」


 “なんとなく生きる”なんて、もう言わない。


 俺は成り上がる。

 誰にも負けない“最強”まで、全部だ。



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