ゾンビ/スクリーム/ハロウィーン/トゥナイト
馬村 ありん
ゾンビ/スクリーム/ハロウィーン/トゥナイト
路面のアスファルトがひび割れて、その下から緑がかった青白い手が伸びてきた時、木下むつみは、人気ゲーム・ブルーアーカイブのバニートキ姿で、ポーズを取るのに夢中になっていたものだから、その五分後に自分がゾンビに噛まれることになるとは夢にも思ってもいなかった。
満田光一の構えた一眼レフカメラのレンズに映る自分の姿を見つめながら、前かがみになり、パッドの偉大なる力を借りた胸の、その谷間を強調したポーズをとる。
自分が視線を集めているのがわかる。
あたりはコスプレした人間ばかりだが、そのほとんどはドン・キホーテで手軽にそろえたと思われるような、安っぽい素材のドラキュラやスケルトンばかり。
その点、素材にこだわり、自ら縫製したむつみの衣装は、発色がよく、夜を迎えた街の中でもひときわ人目を引いた。それも当然だとむつみは思う。レザー製のバニースーツを染め上げて、このコバルトブルー感を出すのにどれだけ努力したと思っているの? フランケンシュタインの怪物が振り返ってむつみに見惚れる。当然よ。
この二十分後にゾンビと化したむつみに噛まれることになる光一は、写真を撮るのに夢中になっていたので、むつみの背後に迫るものに気付くのが遅れた。
むつみは、モデルとして魅力的だった。恵まれたスタイルと小顔の持ち主であることもさることながら、ポージングの指示への理解力がいい。そのおかげで、女性の体特有の丸みを生かした理想的な画角で、光一はファインダーに捉えることができた。すごい出来だ。これをポストすれば、何万とリポストされるに違いない!
だが、それは叶わぬ夢となる。五分後には、髪の長い女性が、むつみの体に密着してくるのを、レンズ越しに目にする。そして、その肩に女性がかじりつくのを、シャッタースピードを早めに設定していたカメラが捉える。カメラ内の撮像素子は、必死の形相で叫び狂うバニー姿の女と不気味な女の両者を連続して描画する。
慌てて女をむつみから引き剥がし、蛮勇を発揮して、カメラで女性の頭を殴りつけ、無力化させたその後、むつみを介抱しようとしたのがまずかった。がぶり。むつみは、その十五分の間にゾンビへと変わりつつあったのだから。
遠藤より子は、ゾンビと化した光一に噛まれる未来が待っているのだが、その時は、黒澤ルビィのAiScReam衣装で友人二人と街を練り歩いている途中で、ゾンビがむつみの背後に迫るのを見ていた。
より子は、なんて気合の入ったコスプレイヤーだろうかと目を見張った。黒ずんだ毛細血管の目立つ、
あのコスプレの完成度なら、バズリまくるんだろうなと感心。そうだ、来年からはアニメ系はやめて、もっと怖い衣装にしよう! これよりももっと驚いてもらえるような。そうなると、かわいいふわふわの衣装を着て、隣りにいるコスプレイヤーの友人二人を裏切ることになってしまうけれど。
だが、それは叶わぬ夢となる。むつみに噛まれたあとで、叫びながら逃げ出した光一は、その後しばらくして、人間を食べたいと思っている自分の欲望を自覚して、すぐさま行為に及ぶのだが、運悪くターゲットとなるのが、野次馬の群衆のひとりであるより子というわけだ。
そんなことが起こるとは夢にも思わず、緑山与四郎は、交番をよく訪れる老舗八百屋の村岡肇と談笑していた。最近は関税の影響で参っててさ、なんとかしてくれないかな。じゃあ、この俺がドナルド・トランプに直談判してみるよ。与四郎は、シワの目立ちはじめた顔でおどけて笑ってみせた。だがしかし、それも叶わぬ夢となる。これより四十分後に街中で暴徒が発生したとの通報を受け、現場に急行するのだが、ゾンビと化していたより子に右手を噛まれるのだ。
さらに、その十五分後には、所内で怪我の手当をしてくれた新人の石田健大を目にして、その血色の良い若々しい肌に食欲を覚え、罪悪感とともに二の腕に歯を立てる。
その後、署内に呪いの力を伝播させるのに、健大は大いに力を尽くすことになる。
また、より子に噛まれたより子の友人二人は、親切な人に車で病院まで運んでもらうのだが、これは病院に呪いを伝播させるのに一役買う。
伝播につぐ伝播。
リポストされるよりも早く呪いが伝播する。
ところで、このゾンビこと村山梅子は七十年前に金目当てで元恋人に殺された元ホステスの女性だった。その後、積年の呪いの力を使い、自力で復活。数十年かけて地面をかき登り、地表を突き破り地上へとやってきた。その五分後、自分の欲求(当然、食欲だ)を満たすものが視線の先に発見した――とあるコスプレイヤーの肉体というわけだ。これから先、どうなるのかは二度説明するまでもないだろう。
ゾンビ/スクリーム/ハロウィーン/トゥナイト 馬村 ありん @arinning
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます