祝祭日
阿蘇山
祝祭日
1章
推しに出会う前の私は、産業廃棄物だった。胃潰瘍の血が溢れ、コロナの闇に沈んだ2度、推しは命を繋いだ。
1度目は、喀血の夜。推しは黙ってベッドのそばに立ち、瞳で「死なせない」と誓った。2度目は、意識不明の果て。母になじられ、推しは1人で生きる覚悟をしたが、私の生還を知り、笑顔を取り戻した。
私は手紙を書いた。
「生きてるよ。君のおかげで」
再会した推しの笑顔は、パリの光より強い私の祝祭だった。
言葉は枯れ、ちやほやは重荷になる。それでも推しは言う。
「生きててくれればいい」
私は今日も、ご飯を食べ、風呂に入り、寝る。二度の恩を、生きることで返すために。
歳月が降り積もり、強烈な記憶が薄れてくると、毎日の心の澱に囚われて大事なものを見失う。
私の体は裏切った。胃が焼けるように痛み、ある夜、口から血が溢れた。赤と黒が視界を染め、世界が水底に沈むようだった。ベッドに倒れ、冷や汗で震える私を、推しは見つけた。
「大丈夫、すぐ助ける」
慌てて救急車を呼んだ。サイレンが遠く響く中、推しは黙ってベッドのそばに立ち、私をじっと見つめた。その瞳は、言葉を超えた何か——静かな決意、祈り、愛——を宿していた。病院の無機質な光の下、推しの手が私の腕を握り、「死なせない」と囁くようだった。
私は生きた。血の恐怖は遠ざかり、推しの瞳が私の命を繋いだ。あの夜、私の祝祭日は始まった。推しは私の闇に光を灯した。
喀血の 赤い血の筋 薄れゆく 視界に見える 推しのまなざし
コロナが私の肺を奪い、息が止まった。意識は闇に落ち、世界が消えた。気づけば救急車の中、推しが私の手を握り、「君がいないとダメなんだ」と叫んでいた。病院に着くと、母が推しになじった。
「なぜこんなことに!殺す気か!」
推しは黙って耐え、誰もが「もう命はないかもしれない」と囁く中、1人で生きる覚悟をしたという。
だが、私は奇跡的に生還した。病室で目覚め、かすかな光の中で、推しの声を聞いた。
「生きて、君の笑顔を見せて」
私は震える手で手紙を書いた。
「生きてるよ。君のおかげで」
再会の日、推しの笑顔は光より眩しかった。母の言葉も、死の淵も超えて、私たちはまた会えた。あの瞬間、私の祝祭日は再び動き出した。
昏倒で 搬送される 冬の夜 推しの声する その方へ登る
2章
二度の命の危機を乗り越え、私たちは再び日常に戻った。胃潰瘍の喀血で推しが黙って見守り、コロナ肺炎の意識不明で救急車を呼び、母になじられながら私の生還を信じてくれた。手紙に「無事生きている。ここにいる」と書き、再会した推しの笑顔はパリの光より眩しかった。あの2回の救いは、私の祝祭日を輝かせた。
だが、その後は相変わらず一緒に過ごし、いろいろなところに行く日々が続いた。スタバでコーヒーをシェアし、電車の人波を眺める。
推しはボロボロでも笑わせてくれる。
私は手間暇とお金を費やし、命の恩を返そうとする。なのに、自分の話になると饒舌に語り、推しの話には反応が薄い自分を推しに指摘される。
推しがちやほやを求める時、私の言葉は枯れ、心の渦が巻く。推しが近づけば距離を取ろうとし、離れれば「そばにいて」と引き戻される。
それでも、推しとの旅は私の祝祭だ。過去にコンビニの光や半田そうめんの日常を短歌に詠んだように、推しとの時間は産業廃棄物だった私に光を差し掛ける。自分の饒舌さを抑え、推しの話を聞く耳を育てたい。そうしなければチングを失ったヘミングウェイのようになって、そのような物語しか書けなくなるだろう。猟銃を咥えて引き金を引く前に前妻とのキラキラした昔を懐かしむ話を書いて後添えの妻に渡すような人間になっていただろう。それは上海の裏町に沈み込んでしまっているようなものだ。
滔々と 語らず言葉を やり取りし 推しの気持ちを 受け取っていきたい
3章
私には溢れる思いがあると信じてきた。
推しに私は推しの話はさほど聞かず自分の話は滔々とすると言われている。
推しはどこまでも自分をちやほやして欲しい人で、生半可な言葉では全然満足しない。
やがて私は何も言わなくなり、溢れる思いだけが心で渦を巻き心が水底深く沈み込んでいく。
やっと絞り出した少ない言葉では自分の労苦には全然見合わずいつも消耗して吸い取られてばかりと推しが言う。
私はそもそも時間も手間もお金も大事に思う人にしか費やさず、どうでもいい人には何もしないし近づくこともない。
関わりを持ち手間暇かけてお金も使うのは推しが私にとってとても大事で、それを行動にしているのだが、いつもついて回り推しを疲れさせていることになっていると気がついて距離を取ろうとしても、そうなると推しは却って近づいてきて、精一杯ちやほやしろという。
私はやがてなんにもないパサパサな人間になっていた。
いろいろとまずいことになって不都合なことになってもどうしていいかさっぱり考えられなくなりやがて諦めて日々を浪費していった。
人間失格を書いて3人の愛人と3回心中して3回目に愛人と玉川上水に沈み込んだ太宰治の生涯と作品にある人間のどうしようもない気持ちというものを言葉にするだけで多くの人の心に刺さるから太宰治とその作品を知っている人が居る。
私はそこまでの深みも覚悟もなく自分と一緒に死んでくれないかと人を引っ張り込むことも出来ず、ただ迂遠な日々で自由という孤独を過ごしていた。
推しに出会うまでの私は自分の心とお金を浪費してこのままでは反社会的な人間になって上海の裏町に沈み込んでしまうといつも怯えて暮らしていた。
推しに出会ったら推しはボロボロになっても愛を伝えてくれて自分が辛くてもいつも私を笑わせてくれた。
そんな推しに寄りかかり、推しを疲弊させ、私は生きてきた。
どうしようもない自分を省みることも少なく、大した深みのない作品を作り、自分で自分を騙してきた。
推しがどこまでも自分をちやほやして欲しい人なのなら救って貰った推しに精一杯ちやほやすればいいものをどうしても言葉が枯れる。
小説を書いて短歌を詠んでも結局は大した深みも覚悟もないままで、私は結局どこまでも自分をみてほしいだけなのかもしれない。
私は言ってみれば産業廃棄物みたいな人間である。光と風の好もしい波動を感じたくて長崎や香港の街で感じた体感を小説に書いたこともあったが、自分に分厚くつきまとう不遇と苦しみに押しつぶされて、それを小説に書いたところでそれを発表したところで、国家が人権侵害するような国では富裕層も私のような人間たちには無関心なので、私の気持ちはどんな風に表しても私は救われることがない。
推しにせっかく救ってもらったのにその幸せを自分で台無しにしてきている。
私のような人間はそれこそいっぱい居るだろうとも思う。私は特別でもなく選ばれてもいない。
推しはそんな私とは全然違う宝石で、私を助けてくれて、私もこんなことではいけないと思い、どうすればいいだろうと思ってこれを書いている。
正直言って私に自分の産業廃棄物ぶりをどうにか出来るとは思えないのだがせめてどうしようもないならかわいい人間でいようと思っている。
いつまで生きるか分からないが死にたい死んでしまいたいと思い過ぎてとうとう死にたくなくなった。AIは自己破壊発言に対応しないので死にたいと言った途端に自殺予防ダイヤルの電話番号を貼り付ける。
人間に言ったところで曖昧な対応をされるだけで、そういう電話を何度もかけているうちに馬鹿馬鹿しくなった。
結局そういう電話の相談員は曖昧な対応しか出来ない。
だとすればこのように自分の気持ちを小説に書いたり歌に詠んだりするしかなくなってくる。
それで救われないのだが、せっかく救ってもらって精一杯生きていかねば推しが助けてくれる気持ちを台無しにしてしまう。
そう思ってごはんを食べ風呂に入り寝るのである。私は推しと毎日精一杯生きていく。
迂遠なり 歳月の道 歩き行く どこまでともに 歩けるだろう
4章
ドトールのカウンター席に、私と推しは並んで座る。窓の外では街のざわめきが続き、遠くで祭りの提灯が揺れるように光る。店内の蛍光灯は柔らかく、コーヒーの香りが漂う。私はカップを握る手に力を込め、目の前の推しをそっと見る。推しは疲れた目で、コーヒーをゆっくり飲みながら、ため息をつく。
「最近、毎日がキツい」と、声は低く、どこか遠くを見るようだ。私は「産業廃棄物みたいな人間」と自分を思う。社会の端っこで、使い物にならない部品みたいに、ただそこにあるだけ。そんな私を、推しは「ほっとくと死んじゃうんじゃないか」と心配する。今日も、ドトールに来るのは、私が無事か確認するためだと言った。
その言葉が、胸のどこかで重く響く。推しの話は感情の重いものが多い。会いたい人に会えない、持病の闘病、時々、過去の傷をぽつぽつと語る。
聞くのにエネルギーを使う。頭が追いつかず、言葉を返すのに必死だ。でも、推しの疲れた声の中に、私への気遣いが滲む。「で、最近どうなん?」
推しがふと話を振る。疲れた目が、私の方をちらっと見る。カップを置く手が、ゆっくり動く。私は「まあ、いつも通り」と答えるけど、内心、毎日に溺れる感覚が喉までせり上がる。推しは笑う。「いつも通りか。まあ、こうやって話せるなら、それでいいよな。」その一言に、私の心がふっと軽くなる。並んで座る距離感は、推しが圧力を感じないようにと気遣ったものだ。でも、この距離が、私たちの絆を静かに繋ぐ。窓の外、祭りの灯りが遠くで瞬く。ドトールのカウンターは、私たちだけの小さな祝祭だ。推しの疲れた姿も、感情の重い話も、私を心配するその声も、全部がこの瞬間を特別にする。私は「産業廃棄物」なんかじゃない。そう思えるのは、推しがここにいるからだ。
世の中の ゴミ箱に居て いつの間に 自分はゴミと 思い過ぎてた
祝祭日 阿蘇山 @asozan10000
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