おばのおばけ
カワセミ
1 『本を開くと,お化けに出会う』 橋本 海月
夏休み初日の朝.
目を覚ました私は,喪服に身を包んだ母から,葬式に行くと告げられた.
突然のことに驚きつつも,私は支度をする.
知らない誰かの葬式は,1時間ほど離れた町の葬式会場で行われた.
焼香に戸惑いつつも,私は手を合わせて,じっと遺影の写真を見つめた.
照れたように笑っている写真の中の人は,髪にちらほらと白いものが混じっているが,私の母と同じくらいに見える.
亡くなるには,少し早い気がした.
周りの噂話から,
この葬式の故人は,旅行中の不幸な事故により亡くなったこと.
まだ49歳だったこと.
私の母の姉,つまり私の伯母にあたる人だということ,を知った.
私は,もう一度写真を見つめる.
会ったことはない私の伯母の死が少し辛くなり,会場の外に出た.
会場の外の喫煙所付近で,私の両親が何やら話し込んでいる.
私は,少し離れたところから,耳を澄ませた.
両親の会話は,おばの本をどうするかという内容であった.
おばは,大変な本の虫だったようで,おばの家には図書館ほど本があるらしい.
私の両親は,本にかけらの興味を持ち合わせていない.
そのため,私にとって,大量の宝の山である本たちを,「捨てる」という意見に落ち着きそうになっている.
私は,慌てて,一度見に行ってみたいと両親に伝えた.
両親は,めんどくさそうな顔を私に向けた後,ため息をつきながら,好きにしなさいと言った.
母は,私に伯母の住んでいた家への住所を紙に書いたものと,少し錆びた鍵を渡してくれる.
スマホで調べてみれば,この葬式会場から徒歩で十数分ほどの距離であった.
今すぐ向かおうとした私に母は,葬式が終わってからにしなさい,と呆れたような顔を向けた.
長いお経や,おしゃべりな親戚から逃げ,葬式会場から私が出た頃には,すでに正午を回っていた.
のんびりとスマホのマップに従い,私は,伯母の
日差しが私を照りつけ,額に汗が流れる.
歩いて暑さのせいか,道を間違えたせいか,マップに示されていた時間よりもほぼ倍ほどの時間を歩いた頃。
オレンジの屋根の,3階建ての可愛らしい家を見つける.
ようやく,伯母の家にたどり着いた.
元々は,祖父と祖母と3人で暮らしていたが,2人が亡くなってからは,伯母が1人で住んでいたらしい.
私は母から借りた鍵をさしこみ,回す.
ガチャリと大きな音が鳴った.
私はゆっくりと,ドアノブを回した.
一歩玄関に踏み込むと,図書館のような,古本屋のような,そんなインクの独特の香りがする.
靴を脱ぎ,部屋に入る.
そこには,大量の床に置かれた本と,本棚にぎっしり詰まった本たちがあった.
まるで図書館のようなその楽園のような空間に,私の頬は,思わず緩む.
私は,本屋で目当ての本を探すときのように,ゆっくりと本棚の本の背表紙のタイトルを見ていく.
初めて見る本
持っている本
読んでみたかった本
読んだことのある本
英語で書かれている本
タイトルの書いていない本
ほとんどが私の知らない本であった.
私は,ワクワクしながら,何冊かの本を読もうと手に取る.
しかし,
ある一冊の本を手に取り,私は首を傾げる.
なぜかその本のタイトルを読むことができなかった。
表紙の色も,絵もわかるのに.
なぜかタイトルと作者の名前を読むことができない.
脳が,文字を読もうとしても,まるでモザイクでもかけられているかのように,文字を認識しない.
いたって普通の本に見えるのに,タイトルが読めない本.
そのことに興味をそそられた私は,本をゆっくりと開こうとする.
その瞬間.
まるで,風でも吹いたかのようにページがすごい勢いでめくれ,真ん中で開いた.
目を閉じなければいけないほど強い光が,本から漏れだした.
思わず,私は,本から手を離し,両手で目を塞いだ.
ドサッ,と本が床に落ちた音がした.
一分ほどしてから,私は恐る恐る指の隙間から落ちた本を見る.
光はすでに消えていた.
その代わりに.
先ほど遺影に写っていた女性が,亡くなったはずの私の伯母が,部屋に佇んでいた.
おばのおばけ カワセミ @hisuimidori_mirai
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