【27話】黙りおし
ニコルと共に件のカレー屋へ入店する。ランチ時を少し過ぎた頃合いとはいえ、店内はまだ満席に近い状態で賑わっていた。
「このお店、お昼どきはいつも満席なんですよ。今日は待たずに済んでラッキーです。」
テーブル席に空きが無かったので、カウンターへ案内される。並んで座ると、アルバイトと思われる大学生くらいの女性が水を運んできてくれた。ニコルちゃん来てくれたんだ、と言いながらコップを置く。このサンタクロース、常連らしい。彼女らの雑談の間、俺はメニュー表と睨めっこする。どれも美味しそうだ。スタンダードなカレーから、バターチキンカレー、キーマカレーなんかもある。ライスかナンのどちらにするかも選べるようだ。目移りしそうになるが、やはりここはカツカレーにするか。
「どれもおススメですよ。私はバターチキンカレーが好きなんですけど、やっぱり今日はカツカレーにしようと思います。アプリに50円引きクーポンも届いてましたし。」
アプリを入れてるなんて、どんだけ通ってるんだか。そんな常連サンタ曰く、バターチキンカレーも絶品らしい。今度こっそり食べに来よう。
二人分のカツカレーが運ばれてくる間、この時代の生活に慣れたか聞いてみる。あまり外には出ていないが、今まで食べたことのなかったものを食べたり、着たことのない服を着て過ごす生活は新鮮で、未来に帰れるかわからない不安感よりも楽しいと感じることが増えてきたらしい。良い環境に恵まれてよかったと安堵の笑みを浮かべてくれ、この時代を生きる人間としてホッと胸を撫でおろす。一方で、キャノのことも心配しているようだった。
「ずっと猫の姿をしているじゃないですか。外に出ているときは猫以外になっているのかもしれませんけど、こんなに長い間本来の姿以外で過ごすのは初めてだと思うんです。ストレスとかで体調崩さないと良いんですけど…。」
未確認生命体なのかロボット的な何かなのかは知らないが、体調を崩したり生物らしい不調は持ち合わせているらしい。ということは、最近ずっと外に出てくれているが、この猛暑だ。暑いのに相当頑張ってくれているに違いない。なんだか勝手な印象でキャノは大丈夫と思い込んでいた節があったことに気づき反省する。これからはもっと労わってやらないとな。
ランチを終え、灯の家へ戻る。カツカレーはニコルの評価通り絶品で、俺の過去食べたカレーランキングを容易く塗り替え堂々の単独一位に躍り出た。
「こうやって誰かとお昼ご飯食べるのもなかなか無かったですけど、一緒に食べるのっていいもんですね。只埜さん、ありがとうございます。」
満足そうなニコルと二人、リビングへ足を踏み入れた瞬間、妙な気配を覚えた。
…そこには、後ろ姿の猫がしんと佇んでいた。
こちらに気づき、ゆっくりと振り向くやいなや静かに口を開く。
「ランチデートとは羨ましいな。楽しかったか?」
おい、キャノ。喋って大丈夫なのか?灯は?ていうかデートじゃないし!
「灯ちゃんなら出掛けておれへんで。そんなことより、うちのおらん間に随分ふたり仲良くなってるやん。美味しいもんも食べて来たんやろ?楽しそうやなあ。」
…なんかこの猫刺々しくない?もしかして怒ってる?
「別に?人がこのクソあっついなか尾行とか頑張ってんのに、クーラーの効いた涼しい部屋でゆったり作業したり、美味しいランチ食べたりしてええなあ。とか思ってへんで?」
…怒っている。これは完全に怒っている。
「あのね、キャノ…。」
「なあ、ニコちん?自分、ホンマにずっとカレーばっか食べてるけど、この時代に何しに来たかわかってんの?」
「わかってる。でも、これには理由があって…。」
「黙りおし!」
…こっわ。
部屋の温度が一気に下がった気がした。まるでクーラーの制御が壊れたんじゃないかと思うほどに。しかし、空調は依然平常運転で肌ざわりの良い冷気を吐いており、その稼働音も至って正常に空間に響いている。だが、やけにその音が目立って聞こえる。それほどにキャノの一言は静寂を降ろした。その寒冷源の猫は隣のサンタクロースへ鋭い視線を向けたままでいる。どうやらキャノのストレスはとっくに限界を迎えていたらしい。
「キャノ、落ち着いて聞いて。私は…。」
「言い訳は聞かん。そう言うたつもりやで?」
ニコルの主張に全く聞く耳を持たない。取り付く島もない。ここは腹を括って助け舟を出すべきだろう。即座に判断し、割って入る。
「ニコルさんも全く何もしてないわけじゃないよ。現にさっきもゆずはの聴いていた曲を探し当ててたし。」
「語くんは黙っといてんか。」
…いかん。未来のコンプライアンスがどうなっているか知らないが、この時代ではいわゆるパワハラに見えんこともない。こういう人相手は、なかなか骨が折れる。
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