【18話】資金調達

 灯と陽茉莉は演劇部の稽古があるらしく連れだって外出したので、家には時間跳躍組のみが残った。良いタイミングなので、今後の作戦会議としよう。取り急ぎは現状の整理だろうか。

「一応聞くけど、キャノのタイムトラベルはまだ使えないんだよね。」

「まだ全然やな。昨夜こっちからも確認してみたけど、原因の特定もまだまだや。時間かかるやろな。」

「となると、この時代で当面過ごす準備が先決ですね。着の身着のままで来てしまったわけですから。」

 灯のおかげで、衣食住は最低限担保されている。とはいえ、「住」以外の「衣」「食」なんかは、ずっと甘えているわけにはいかない。自分たちで調達する術を考えないと。

「やっぱり、まずは金を稼ぐしかないか。三人で働けばある程度はすぐ稼げるだろ。」

 時給が1,300円として、一日8時間働けば、約1万円。三人で働けば、一日3万円。十日頑張れば30万円近くの元手が用意できる。ひと昔前は時給1,000円を超えるバイトなんて珍しく、800円台が多かったことを踏まえると、まだ短期間で稼げるとポジティブに考えるほうがいいだろう。律葵がフラれるクリスマスイブまで170日程しかないので、なるべく時間をかけず生活を整えるに越したことはない。

 お金の計算だけは早い我が頭脳をフル回転して試算している俺の隣で一人と一匹は不服そうな顔をしている。なに、どうしたの。

「私たちも働くんですか…?」

 そりゃそうだろ。

「語くん。減点や。」

 なんでだよ!

「私もキャノもこの時代の常識とか良く知らないので、外で働くのはリスクが高いと思うんです。そもそも、私、外に着ていける服がサンタの服しかないですし…。」

 サンタ服を外に着ていける服とカテゴライズして良いのかは疑問だが、言い分はわからんこともない。だけど、こんな状況だしなんとか頑張ってもらいたいのだが。

「理由はわかったよ。けど、働かずに養ってもらうなんて、言い換えたらサンタがプレゼントもらう側になってしまうけど、いいのか?」

「女は家を守って、男は外に働きに出る。この時代はそういうもんやないの?」

 いつの時代の話をしてるんだよ。今は、男も女も共働きが当たり前の世の中だ。上がり続ける物価と理由をつけてどこからでも取ってくる税金に四苦八苦して、増えない手取りの範囲でギリギリ生き繋いでいる世の中なんだぞ。一部、男が働いて女はランチにエステにアフタヌーンティーにヨガみたいな、乖離した層が存在することも否めないが。

「この時代で生きていくんだろ。だったら、自分の生活は自分でなんとかしないと。甘い考えはダメダメです!減点です!」

 ふふん、これ一度言ってみたかったんだ。

「ちぇっ。語くん、厳しい。」

「ちぇっ。」

 こらこら、ふたりして不貞腐れるでないよ。

 しゃあないな、とキャノは渋々了承する。ただし、と条件が続いたが。

「とりあえず今日くらいは語くんが稼いで来てや。少しでも元手があったら、あとはうちがなんとかしたるから。」

 まずはこの時代を見て回りたいのか、今日だけは時間が欲しいようだ。これ以上労働を強制しても良くなさそうだし、一日くらいは大目に見てやるか。

 灯が使っていない古いタブレット端末を貸してくれていたので、日雇いのアルバイトサイトに登録するため、WiFi経由でネットへアクセスする。昨日、自分のスマホが使えないことを話すと、いろいろ困るでしょ、と貸してくれたのだ。本当に何から何まで気を回してもらって頭が上がらない。

 アルバイト紹介アプリをダウンロードし、登録する。同じく、キャッシュレスアプリもダウンロードして、初期設定する。ネットバンキングの口座も開設した。一通りの準備を終え、実際に日雇い求人を探す。適当なもの見つけて申し込む。灯が洗濯してくれていた服も乾いていたので、着替えて出稼ぎに向かうことにする。

「警告のん、ちゃんと着けてるな?気つけや。」

 どうみてもアップリンゴウォッチにしか見えないそれを着けた左手首を返事の代わりに掲げ、俺は灯の家を一人後にした。


「…よし、行ったね。」

「そやな。ほな、はじめるで。」



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