【15話】女の一人暮らし-2
冷房の効いたリビングへ通される。リビングまでに部屋がいくつかあった。やはりここはファミリー向けのマンションらしい。もしかして一人暮らしというのは俺の記憶違いだったのだろうか。
シャワーでも浴びておいで、と着替えとタオルを渡され、ニコルは風呂場へ直行させられた。流石に一緒に入るわけにはいかないので、俺はリビングで待機する。こんな汗だくの汚い姿で突然訪ねてしまった申し訳ない気持ちから、なるべくコンパクトに隅のほうに座らせて頂く。そんなばっちい置物にも気を利かせて、灯は使っていないサーキュレーターを持ち出し、俺の前にセットしてくれた。そして、冷たい水まで提供してくれた。厚意に感謝しながら一気に飲み干す。乾ききった喉に染みわたり、生きている喜びを実感する。
続けて、灯は小さな皿に水を入れてキャノに与えた。猫は好きだが飼ったことはないようで、少しスマホで調べてくれたようだ。チーズしか無かったけど食べれるかな?とおやつも持ってきてくれた。子猫に人間が飲む牛乳は消化できないから良くないと聞いたことはあるけど、キャノは成猫の大きさだし、そもそも猫でも無いから乳製品でも問題ないだろう。キャノも、にゃーと言いながら首を縦に振り、チーズに貪りついている。
そうこうしているうちに、エクストリーム烏の行水と言わんばかりの速さでニコルがシャワーから戻ってきた。肩までの髪はまだ濡れている。普段からわかりづらい髪色が、よりいっそうわかりづらくなっている。ブラウンにも、ゴールドにも、カーキにも見える。灯に借りたらしいTシャツと、長ズボンのジャージの姿になっていた。
「シャワーありがとうございました。生き返りました。」
「早いね!もっとゆっくりしてくれてもよかったのやけど。」
灯はニコルにもキンキンに冷えた水を渡す。
「語もシャワー浴びておいでよ。」
「助かる。あ、でも着替えが…。」
「あー、あたしの大きめのシャツとかでもいい?それと元カレの置いて行った未開封のボクサーあるから、それ使って。どうせ置いてても使わないし。脱いだ服は洗濯しといてええよね?」
突然の来客に嫌な顔ひとつせず、甲斐甲斐しくそんなことまで申し出てくれるなんて。頭が下がるばかりで、地面に埋まってしまいそうになる。既に大きな貸しができてしまった。
「ニコルちゃん?だっけ?ニコルちゃんのサンタ服はどうやって洗ったらええの?ネットに入れて洗って大丈夫?」
「大丈夫です。すみません。」
今更だけど、スタンダードマイポリシーとやらはもういいのか?ニコルさんよ。そのジャージ姿じゃアイデンティティ消失してるぞ。
「りょーかい!語がシャワー行ったら洗っとくから、ちょっとそこで休憩しといて。」
促されるまま、シャワーを浴びさせていただく。男のシャワーシーンなんて需要がないので、詳細の描写はカットするが、普段灯が使っている浴室に入るのは、なんかこう気恥ずかしいというかなんというか。全く意識しないと言えば嘘になる程度にはドキドキした。おまけに風呂上りの俺が今着ているのは、灯のTシャツだ。灯が普段使っているシャンプーとボディーソープの匂いが身体に浸透し、灯が普段使っている柔軟剤の匂いにオーバーコーティングされている。普段は異性として特段意識することはなかったが、流石にこの状況では、灯に抱きしめられているような気分になって、悶々とする。なんだか、恥ずかしい。だけど、どこか懐かしい感じもする。
「語ももうあがったんか。ふたりとも早いね。」
ハーフアップにしていた髪を解きながら、灯は二羽目の烏の帰還に気づいた。
「悪いな。いきなり押しかけたのにこんなに何から何まで気遣ってもらって。」
「ぜんぜん。困ったときはお互いさま。」
一度解いた髪を今度はポニーテールに結び直しながら、灯…神宮寺 灯(じんぐうじ ともり)は応える。ロングの金髪に、インナーカラーのダークブルーがアクセントを添えている。演劇部に所属しているので、髪色は役に応じて頻繁に変わる印象だが、稽古などの癖か、ハーフアップかポニーテールにしていることが多い。おまけに身長も高く、スタイルも良いので、とてもモテそうに見えるのだが、不思議なことに異性を感じさせず、男女隔てなく友人が多いのが灯の特徴だ。時折、関西弁が混じるのだが、関西出身なのだろうか。
床で毛づくろいを行っていたキャノが、ぴょんと跳ねて俺の肩に乗る。なんだなんだ、寂しくなったのか。構ってほしいのか。と思ったが違ったようだ。キャノは肩に乗るやいなや、ぼそっと耳打ちした。
「ちゃうで。あれはエセ関西弁や。ファッション関西弁みたいなもんや。」
それだけ告げると、またぴょんと元居たあたりに戻り、前足で顔を洗い始めた。なんだろう、許せないものでもあるのだろうか。
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