【8話】クリスマスイブデート-1
三度塊となった律葵に、ニコルも「大丈夫ですか?」と傍らにしゃがみこんで声をかけている。太ももがチラっと見える。おお。
「ニコちん、スカート気ぃつけ。語くんがガン見してるで。」
「只埜さん、油断も隙もないですね。減点です!」
ニコルにまで減点をくらってしまった。全く、チクらないでくださいよキャノさん。
「キャノ、な。ん?ちゃうわ、あってるんか。」
引っかかったな、このネコミミスライムが。
「語くん、あんまりマイナスポイント貯めると、時空の果てに飛ばしたるからな。」
「すみませんでした!」
速攻で謝っておく。流石にそれは困る。
「ほんで、どないすんの。」
律葵は安定の塊状態なので、キャノは俺に問いかけた。でも、俺部外者だしなあ。
「こんだけがっつり聞いといて部外者言うんは冷たない?」
いや、俺巻き込まれただけなんですけど。なんて言うとまた減点くらうかしら。
「律葵さんが動けないのでしたら、今の間に昨日起きたことを確認しておきませんか。」
「律葵がフラれたときのこと?あんたら律葵がフラれた内容知ってるんじゃなないの?」
「ざっくりとは。でも、詳細までの確認はまだなんです。」
詳細の確認ねえ。しかし、どうやって?
「キャノ、お願いできる?」
任せとき!と、キャノが返事をするや否や、あたりの色が少し変わったように思えた。なんだろう、何ていうか大きなシャボン玉の結界の中にでもいる、みたいな。
「この空間の色、認識できるんや。語くん、なかなかの逸材やな。」
「今、キャノに時間を止めてもらってるんです。ほら、律葵さんが動いていないでしょ?」
確かに!すごい!と言いたいところだが、律葵は元々塊で微動だにしていなかったので、正直違いがわからない。ていうか未来人信じてもらえなかったとき、これ見せろよ!
「あ、確かにそうですね。」
握った手を反対の掌にポンと打ち付け、その発想はなかったと納得の意を示す。
「それで、時間なんか止めて何するんだ。」
ニコルが目くばせすると、今度はキャノの両目がまばゆく発光した。そのふたつの光線は、空間内に立体ホログラムのような映像を投影した。
「今から、昨日の律葵さんの様子を見てみます。」
投影されたホログラムの中に、暗い茶髪でセミロングのストレートの女性が映し出された。これは、ゆずはじゃないか。
「十二月二四日、時刻は夜の六時半くらいですね。」
「場所は水族館みたいやな。この子がゆずはちゃんか。なかなか可愛い彼女やな。」
「大学でも密かに人気あるみたいだからな。おまけに性格も控え目で。ほとんどの人に丁寧語で喋ってると思う。律葵にはもったいない彼女だよ。」
「確かに、こういう子はモテそうやな。にしても、律葵くんが見当たらへんな。」
ゆずはは薄暗い水槽の傍のベンチに腰かけ、独りワイヤレスイヤホンで音楽を聴いているようだった。
「何の音楽聴いてるんやろ。ニコちん、見えるか。」
「D…O…M…。ダメです、身体の陰に隠れて見えません。」
「立体的なホログラムなんだから、回り込んだら見えるんじゃ?」
「ダメですね。文字化けしています。情報制限がかかっているのかもしれません。」
単純なバグの可能性、或いは意図的に情報が開示されていない可能性があるとのことだ。過去の映像の閲覧に於いて、その時点で知ってしまうと、通過すべきイベントをスキップしてしまうリスクがある情報は、自動的に伏せられてしまうらしい。所謂、禁則事項ですってやつか。おっと、この言い方はまずいか。
「いずれにせよ、今後この制限箇所が重要になる可能性は高いです。覚えておいて損はないでしょう。」
そう言いながらニコルは、スマホのような携帯端末を異世界のアイテムボックスよろしく何もないところから取り出し、情報を記憶させた。それにしても、なかなか律葵は出てこないな。映像に大きな変化もないし。
「ちょっと待ってください!キャノ、今のところ少し戻せる?」
急にどうした?何か映ったのか?
「この辺でええか?ん?ゆずはちゃん、なんか喋っとるな。」
再生した箇所を見ると、ゆずはの口元が少し動いているようにも見えた。もう一度同じ部分を再生するようキャノに依頼する。…確かに、ある瞬間ゆずはは独りごとを発していた。聞き取れない程、細々と零れ落ちた言葉はこうだった。
『なんでなん…。』
「何が「なんでなん」なのでしょうか。」
ニコルはこの言葉も記録する。
「わからんけど、ゆずはちゃん関西の出身なんか。なんか親近感湧くわ。」
お前、関西出身というか地球出身なのか?
「自分、痛いとこツッコんでくるなあ。残念やけど、うちがどこから来たんかはうちにもわからん。ただ、この喋り方は元からやで。」
謎が謎を呼ぶ。しかし、ゆずはが関西出身らしいのは知らなかったな。一度も関西弁を喋っているところなんて見たことなかったし。
「お、律葵くんが出てきたで。」
キャノの声でホログラムに意識を戻す。遠くから律葵が走ってくる様子が映る。
『ごめん、ゆずは。トイレめちゃ混んでた。お待たせ。』
どうやら律葵は用を足しに席を外していたらしい。なんて、普通は思うかもしれないが俺の目はごまかせない。律葵がゆずはの元に戻りつく直前、握っていた紙袋をポケットに隠したのをみ俺は見逃さなかった。
「おおかた、こっそりプレゼントでも買いに行ってたんでしょう。データによると、律葵さんはそのようなサプライズを好むようですし。これまでの水族館の道中で、ゆずはさんが気に入った生き物がいて、それのぬいぐるみか何かでも買ってきたのではないでしょうか。」
そうそう、俺もそう言おうと思ったの。恐ろしく的確な推理。俺じゃなくても見逃さなかったね。律葵のサプライズ。
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