魔術師狩りのエルアリア ~魔術が使えない少女は剣で憧れを目指す~

雪柳ケイ

1章

00.プロローグ

 ——小さい頃から、私は英雄になりたかった。


 ヴァーミリオン聖王国のアドニス家に生まれたこの私エルアリア・アドニスは、三歳の頃、専属侍女メイドのコゼットに読み聞かせてもらった英雄譚の英雄に初めて恋をした。


 その英雄譚の主人公は、このヴァーミリオン聖王国に生まれたなら誰でも知っている人物。


 大昔に魔王ラグナスを倒した英雄王レイド・ヴァーミリオン。


 本の中の英雄への憧れ。

 それが私の原点。


 どうすれば、私もレイド・ヴァーミリオンのように沢山の人を救えるのか、何をすればいいのか。


 そんな漠然とした憧れへの道は、お母様が指し示してくれた。



「其はしるべの光、宵闇照らす無数の宝石。光りて導け——」


 天象儀アト・ラリス


 それが人生で初めて目にした、魔術。


 母が見せてくれたその魔術は天井いっぱいに星空が広がり、キラキラと輝いて、私の目にはとても綺麗に映った。


 ——もし、私にもこんな魔術を使えたなら。

 私も多くの人を笑顔に出来るかもしれない。 沢山の人を悲しいことから救えるかもしれない。


 このとき私はそう思った。


 それから、私もその魔術が使いたくて一生懸命勉強をした。

 母に教えを乞い、文字を覚えて、沢山の本を読んだ。



 ——けれど、その憧れは儚く散った。



 私には、魔術の才能が無かったらしい。

 下手だとか、頭が悪いからとか、そんな理由じゃない。

 そもそも魔術はきちんと唱えれれば子供にも使うことは出来る。


 ではなぜ私は使えないのか。

 理由は簡単、血筋だ。


 母方の一族、賢王ニクス・ヘカーティアの血は呪われており、私がその呪いを受け継いだから......。



 この呪いはかつて、全てを滅ぼさんとした魔王が、その死に際に相対した十三人の英雄に刻んだもの。


 既に何百年と経過した今では呪いも薄まって、受け継ぐ子供はかなり珍しくなっていると言うのに、私は運悪く呪いを受け継いでしまったと言う訳だ。



 おかげで私は、英雄と言う憧れへの道を一度失った......。


 なんの力もない、なんの知識もない、ただの女の子が英雄になるなんて無理なんじゃないかと、そう諦めて、自分の憧れが凄く遠い存在だと思い知って落胆した。



 それからは、何をするでもなく書庫で大好きな英雄譚を読む毎日。


 しかし、とある日。

 私は、庭でお父様が剣の稽古をしている姿を、書庫の窓から目にした。


 今までも何度かやってるのを見かけた事はあったけど、ちゃんと目にしたのは今日が初めてかもな......。

 気分転換に少し見てみよう。


 ふと気まぐれにそう思って、私は本を閉じて窓辺に寄りかかった。



 軽い準備運度から始まり、腕立て伏せ、腹筋、スクワット、最後に素振り。


 そして、それらが終わると、どこから丸太を担いできて地面に突き刺した。

 そっから何をするのか検討も付かず、私は静かに父の様子を見守る。



 お父様は丸太の前に立つと、稽古用の木剣を構えてゆっくりと目を瞑り、深呼吸をする。

 そして次の瞬間......。


 ——カァン!


 と言う音とともに、丸太は五つに分割され地面を転がっていた。


 私は雷に打たれたかのような、目が覚めたかのような感覚で、大きく目を見開いた。



 お父様が動いたようには見えなかったのだ。

 しかし、一瞬で丸太を五回も切り刻んだ。


 そんな光景に、私はいてもたっても居られなくなり、窓辺を離れて書庫を飛び出した。



「——おとうさま!私にけんじゅつを教えてください!」


 さっき私は、お父様が木剣で丸太を切った瞬間にビビっと閃いた。


 魔術が使えなくても、剣で誰かを助けれるではないか、と。

 体を動かすのは得意だし、剣も持てる。


 それになんなら、レイド・ヴァーミリオンも剣で世界を救ったのだ。

 だったら私も剣で誰かを助ければいい。


 寡黙な性格のお父様は、私の唐突な申し出に珍しく目を丸くして驚いていた。


「ど、どうしたんだエル」


 そりゃあ、三歳の女の子が剣を学びたいと言ったら普通は驚く。

 それに、この年頃の女の子が剣に興味を持つなんてほとんど有り得ない話だ。


「エルにはまだ早いと思うぞ」


 そう言って、案の定取り合ってくれなかった......。


 それでも私は、それから毎日稽古の時間を狙って頼みに行くようになり。

 その結果、お父様は二週間くらいで折れて、私に剣術を教えてくれると約束してくれた。


 こうして私は剣術で、憧れの英雄への道を歩き出したのだった。

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