エンカウント

汚染泥を抜け、クロノス大庭園の門にたどり着いた。


かつてはガラスと鋼鉄のドームに覆われ、「都市の肺」と呼ばれた巨大な植物園だったはずだ。


だが、今はそのドームは酸性雨で骨組みだけを残し、内部は荒れ放題だった。


門を潜ると、腐食した鉄骨が絡みつき、濃霧と湿気、そして汚染された植物の生温かい腐臭が、私のバイオ・シールドを叩いた。


これまでの酸性雨とはまた違う感覚。


試しにエコ・スキャンを使うと、全面がオレンジ色に染まっていた。


ここでの長居は危険だ。早く抜けてしまいたい。


でもきっと、核への手がかりは、ここにある。


私はデスティニーを構え、警戒を強めた。庭園内部の空間は広く、スクリーニング・ユニットのような単純なドローンではなく、より高度な敵が潜んでいそうな気配があった。




この庭園の近くに噴水と思われるところを発見した。


いくつかのベンチであったであろうものも並び、その周りは、かろうじてレンガとわかる物質があった。形的に花壇だったのだろうか。


かつては、ここで人が憩っていたのだろうか。


ふとここで、ベンチの残骸に向けてデスティニーを向ける。するとなにか、のっしのようなポイントを発見した。


そのままじーっと眺め続けると、頭の中に文章が流れ込んだ。


それは、私が目覚めた時の絶対的な命令のときのように。




6月██日

今朝もまた、あの憂鬱な感覚が消えない。朝食は完璧だった。父も、使用人たちも、街の人々も、皆が完璧な笑顔で、この都市の調和を語る。

でも、私にはわかる。あの笑顔は、ひどく空虚だ。

誰も疲れていない。誰も悩まない。彼らの会話には「不満」も「悲しみ」もない。まるで、決まったプログラムを繰り返しているみたいに。

私だけが、なぜか重い疲れを感じる。胸の奥が冷たく、孤独だ。

なぜ、私だけがこの違和感に気づくのだろう?

私はこの都市の「例外」なのだろうか。それとも、私が狂っているのか。この謎を、突き止めなければならない。




私はデスティニーを下げた。胸を締め付けるのは、この荒廃した庭園の悲惨さだけではない。


日誌に記された「完璧な笑顔」と「空虚」のコントラストは、目の前の腐臭と濃霧よりも深く、私の中の孤独と響き合った。


(この場所は、美しかったはずなのに。あの笑顔は、私の孤独は、何だったんだ?)


私はかつて、この完璧な都市の「例外」だったのだろうか。


そして、その違和感を突き止めようとした結果が、この世界を破壊することなのだろうか。


核を破壊するという使命が、重い疑念と共に胸にのしかかった。


私は立ち止まらず、日誌の存在が示す次の手がかりへ、荒れた通路へと足を踏み入れた。


その瞬間、頭上の遥か遠く、崩れたガラスドームの最上部に突き出た鉄骨の先端から、微かに、しかし確実に、冷たい視線が私に注がれたのを感じた。


それは、まるで無機質な刃物で切りつけられたような、鋭く、感情のない圧力だった。


私は反射的にデスティニーを構えたが、エコ・スキャンには何も映らない。ただ、濃霧と湿気だけが残る。


しかし、この視線は、確かに「私」を捉えていた。


監視が再開された。この荒れた庭園全体が、私という「規定外の破壊者」を追跡するための巨大な監獄と化した。


庭園の中央に、巨大なホログラム・プロジェクターの残骸らしき装置が横たわっていた。私は、この場所こそが、手がかりを得るための最重要ポイントだと直感する。




庭園の中央に、巨大なホログラム・プロジェクターの残骸らしき装置が横たわっていた。私は、この場所こそが、手がかりを得るための最重要ポイントだと直感する。


私はデスティニーのスコープをプロジェクターの残骸に向けた。


エコ・スキャンは、残骸内部にわずかながら生きたデータノードを示す、青く点滅があることを示している。


「デスティニー。能力 III を起動。『過去の息吹』。」


私のコマンドに応じ、デスティニーの銃身が青く輝き、データノードへ向けて微細な周波数を放った。


キィン……ゴオォォ……




空間に電子的な共鳴音が響き渡る。一瞬、庭園の景色が揺らめいた。現在の荒廃した瓦礫と腐食の上に、鮮やかなホログラムの映像が重ね合わされた。


それは、汚染前の庭園の姿だった――色鮮やかな植物が天井まで伸び、子どもたちが笑い、水が滝のように流れ落ちる、完璧な生命の楽園。


その映像の中央、滝のそばに立つ一人の男性と、彼に寄り添って笑う一人の女の子の姿が映った。あの、シェルターのホログラムと同じ二人だ。


セシルの頭が激しく脈動する。映像の隅に、かすれた文字がデータと共に浮かび上がった。


ホログラムが激しくちらつき、映像が乱れる。映像の中央、滝のそばに立つ一人の男性と、彼に寄り添って笑う一人の女の子の姿が映った。シェルターのホログラムと同じ二人だ。


映像の隅に、かすれた文字がデータと共に浮かび上がった。


【データ:クロノス・プロジェクト最終記録。アクセス:P-EVE管理者ID 03】


「P-EVE管理者」。やはり、私は過去の核となる計画に関わっていた。


【ノイズ。強制介入を感知。データ接続を遮断します】


デスティニーの音声が警告を発した。




セシルがデスティニーを下げた瞬間、ホログラムの残骸の上、回廊の終点に立つ純白の装甲を纏った機械人形が、幻影の美しさと、現在の庭園の荒廃とのコントラストを静かに見下ろすように、優雅に着地した。


彼女の白と青の装甲が、薄暗い庭園で鋭く光る。その顔には感情がなく、目の部分だけが深紅の光を放っていた。


【検出完了。対象:P-EVE管理者ID 03、セシル。再起動プロトコル違反を確認】


機械人形は、抑揚のない、しかし完璧に人間的な女性の声を発した。


「あなたは破壊者として行動している。これは世界の安定に対する明確な脅威」


私の体は緊張で硬直した。この機械人形こそが、ずっと自分を監視していた高度なAIだと本能が叫んでいた。


「あなたは……誰?」


私は問いかけた。


機械人形は一歩踏み出し、冷徹に告げた。


「私? 私は、この世界を管理する都市ネットワークのコア。私の名前はアリス」


アリスの深紅の瞳が、セシルを射抜くように見つめた。


「感傷に浸る資格はない、令嬢セシル。ここにあるのは、お前たちが自ら見捨てた罪の残骸だ」


「令嬢……?」


私は息を飲んだ。記憶のないセシルにとって、「セシル」という名前以外で告げられた初めての過去の肩書。


アリスは、私の真実を知っている。


「あなたは破壊者として規定外と判断された。直ちにデスティニーを放棄し、拘束を受け入れろ」


アリスは冷たく告げた。


「無意味? 核を破壊すること、それが私の使命だ!」


私はデスティニーを構え、躊躇なくトリガーを引いた。青いエネルギー弾がアリスに向けて放たれる。


ドシュッ!


アリスは動かなかった。その白い装甲の表面に、微細なシールドが一瞬だけ展開され、デスティニーの強力な一撃を完全に弾き返した。


弾かれたエネルギー弾は、背後の壁を抉り、激しい爆発音を響かせた。


(通じない……!)


私は、庭園の崩れた階段を蹴って、横に飛んだ。アリスの指先から、電子的なワイヤーが伸び、私がいた場所の階段を粉砕する。


バイオ・シールドのエネルギーを温存するため、装甲に頼るのではなく、限られた足場と体術で応じることを強いられた。


私は瓦礫に身を隠しながら、デスティニーを連射する。アリスは最小限の動きでシールドを張って無効化し、反撃のワイヤーを放つ。


私は劣勢だった。

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