フェイタル・フェイト

なぎ&ねぎ

アウェイク

…んん。


私が目を覚ますと、そこは見ず知らずの場所だった。横たわっていたのは、人が大の字で寝転べるほどの台座…いや、カプセル型の生命維持装置の残骸のような場所だ。


台座の表面は冷え切っており、体はまだ麻痺が残っているように重い。


耳の奥で、「ゴーッ……」という低く鈍い機械音が絶え間なく響いている。


それは不安を煽るが、同時にこの空間がまだ「生きている」ことを示していた。


…そもそも私は誰だ?


そうだ。


私の名前はセシル。今はもうそれしか思い出せない。自分が何者で、どういう人物なのか、何がしたかったのか。記憶の空白が、強烈な不安と寒気となって、私を包み込んだ。


とりあえず、ここがどこかを探る必要がある。


…とにかく寒い。


体を動かそうと思った矢先、カチャ…という音を感じ、その方向へ顔を向けた。


よくみると、私の手には一丁の銃が握りしめられている。


片手で持てて、トリガー部分は押しやすい。そしてスコープが付いており、それをのぞいてみると、青い世界が広がっていた。


試しにこれを瓦礫に向けてトリガー部分を押してみると、勢いよく青い弾丸が放たれた。弾丸は瓦礫に命中し、瓦礫は木っ端微塵に砕け散った。


…なぜ気づかなかったのだろうか。まあどうでもいいか。


私が無意識に銃身を撫でると、その一部が温かく青く発光した。その瞬間、私の脳内に、電子的な微かな音声が直接響き渡る。


「起動コード:DE-STINY」


この銃が「デスティニー」。


私をこの冷たい世界に呼び戻した、私の半身なのだと、本能が告げていた。


デスティニーの起動に伴い、近くの壊れかけた端末に青い光が灯った。画面には、記憶のないセシルの空白を埋める、絶対的な命令が浮かび上がる。




起動コード:DE-STINY

【警告】

時間がない。

外の世界はすでに汚染されている。生き延びろ。

お前はコアを知っている。

この世界の核心を破壊せよ。

それが、全てが繰り返されることを防ぐ唯一の道だ。

繰り返す。

核を、破壊せよ。




なぜ破壊するのか。その理由は不明だ。だが、「破壊しなければならない」という強い、本能的な確信だけが、セシルの内側を突き動かした。これが、私の唯一の使命だと。


私はデスティニーを握りしめ、周辺を見回した。





地下室…とでも言うべき場所であるのだろうか。


周辺には青白い光を放つ機械が設置されており、心地よい空気が辺りを満たしている。


だが、天井のあかりは点滅している。この電気が消えるのはもはや時間の問題だろう。そうなると、あの機械も止まり、この心地よい空間もいずれなくなるかもしれない。


壁には、かすれた文字と小さな企業の紋章。


「P-EVE」。最初の手がかりと言えるだろう。


そして別の壁には一人の男性と、一人の女の子が映っている。


二人は、笑っているのだろうか。


絵が変わり、今度は複数の人と、あの男性と女の子が映る絵になった。


その絵には、あの男性が、絵に映る女の子を止めようとしているようにも見えた。


…なんだろう。繰り返すが私は何も覚えていない。この絵に映る男性も女の子も、何も知らないはずなのだ。だけど、なにか悔しいような、悲しいような、そんな感情を覚えた。


セシルは過去の残像から意識を切り離し、出口を探した。


出口と思われる場所に目を向ける。先ほど私が瓦礫を壊したところだ。


その近くには、マネキンがあった。そのマネキンには衣類が着せられている。


近づいてみてみると、それは防護服と思われるものだった。少し傷跡が残っているがまだまだ使えそうだ。


分厚い金属製のハッチの向こうからは、絶え間なくザーッ、ザーッと、激しい雨の音が聞こえてくる。


そして、清浄なシェルターの空気に、微かに金属を焼くような酸性の匂いが混じり込んでいる。


セシルがハッチに近づくと、デスティニーのスコープが赤く光る。


「警告。環境汚染レベル:致死的」という文字が視界の隅に浮かぶ。


ハッチの隙間から見えた外の景色は、濃い霧と、酸性雨で深くえぐられた無機質な地面だった。


このまま進むとひとたまりもない。何もできずに一生を終えそうだ。


【致死量の環境汚染を感知。強制的に「バイオ・シールド」機能を起動。】


体に優しい微かな振動が伝わる。これならあの中でも活動できそう。


私はシェルターに残されていた防護服を装着し、孤独な旅への準備が整った。


セシルは、「なぜ私だけが生きているのか」という疑問を胸に抱きつつも、「核を破壊する」という使命を唯一の拠り所としてハッチのレバーに手をかけた。


「……行くしかない。」


重いモーター音と共に、ハッチが軋みながら開く。


強烈な雨音と、冷たい湿気がセシルの全身を包み込んだ。


彼女の目の前に広がるのは、生命の気配が完全に消えた、崩壊した機械の都市の景色。


濃霧に包まれた瓦礫と、酸性雨が叩きつける音だけが支配する、世界の墓場だった。


セシルは、防護服越しに冷たい地面に一歩踏み出した。


その瞬間、遠くの廃墟の陰から、誰かの、鋭い視線を感じた。


それは、まるで獲物を追うセンサーのように、セシルの動きを正確に捉えている。


孤独な旅は、既に始まっていた。

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