四章 吸血鬼の力を手に入れる為に
第33話 嫉妬と新しい関係
翌日。俺はニア、カナデと共に二人の祖父の家を目指していた。
王城を出て北区にある住宅地を抜けると、やがて景色が郊外へと変わっていく。この辺りは貴族街から離れた平民の住む地域。クロフォード王国では貧富の差も最小限に抑えられているので治安は決して悪くない。
「ふあぁ〜……あー、眠……」
「なんだミナト、寝不足か?」
「ああ、魔力鍛錬をいつもより。これから帝国相手にやり合うかもしれんって時に備えてな」
「ただでさえ魔力ゴリラなのにまだ足りねえのかよ。オレ達騎士団の立場がねえだろ」
ニアの呆れた声を聞きながら欠伸を噛み殺す。実際ら昨日のフレイアとのやり取りが頭を巡り、なかなか寝付けなかったせいもある。彼女の告白じみた言葉が耳から離れず、朝になっても思考を占拠していた。
「じー……」
「ふあぁ〜……」
「じーー!」
「……はぁ」
いい加減鬱陶しい。溜息混じりに横を見るとカナデがこちらを睨んでいる。明らかに何かを言いたげな表情だ。
「なんだよ」
「ミナト、変」
端的に断言される。何が言いたいのかは知らないが、明らかに俺の挙動に不信感を抱いているようだ。
「昨日、先輩がミナトの部屋に行ったでしょ?」
「先輩……あぁ、フレイアか。確かに来たな。カナデだって知ってたろ?」
「うん。そこまではいいの。でもね……」
「どうした?」
「……何を話したの?」
カナデの目が真剣に俺を見つめている。こいつは昔から勘が鋭い。些細な変化も見逃さない。今回のことも何か感じ取ったのだろう。
「何って言われてもな……単純に礼を言われたこと、魔力の使い方についていくつか助言しただけだが」
「それだけ?」
「ああ」
「ふ〜ん?」
我ながら上手く嘘をついていると思うが、カナデは納得していない様子。
というか顔があり得ない程近い。歩きながら至近距離で詰め寄られるのはかなりの圧迫感だ。
「おい、近いぞ。後鼻息が荒い」
「わざとやってますー。絶対なんかあったでしょ!今朝なんて先輩、わたしにミナトのことばっかり聞いてきたんだよ?」
「……へぇ、そうなのか?」
「あっ、今目逸らした!やっぱりおかしい!」
しまった。反射的に動揺が顔に出たらしい。
つかフレイアめ、朝からカナデに何を話してたんだ?
……いや、心当たりしかない。カナデは明らかに俺とフレイアの間に何かあったと睨んでいる。
「フレイアってエアハートの王女様だろ。父親があんなことになって随分ショックを受けてたみたいだが……何?もしかしてミナトが慰めたのか?」
「んな大袈裟な。俺はただ話を聞いただけだ」
「へぇ、面白そうじゃん。オレにも聞かせてくれよ」
ニアまで会話に割り込んでくる。余計なところで嗅覚を働かせやがって。
「ニアは引っ込んでて。これはわたしとミナトの問題だから」
「いや、俺とフレイアの問題だろ……」
「……そういえばミナト、いつの間にか先輩のこと“フレイア”って呼び捨てしてるよね。前は“教官様”とか言ってたのになぁ」
痛い所を突かれた。確かに以前はそれっぽく接していたが、今となっては無意識に呼び方が変わってしまっている。
というかそんな小さな変化まで気づくこいつの観察眼は何なんだ。ストーカーの才能あるだろ。あのヤンデレ妹じゃあるまいし……。
「おいおい、一緒に魔獣退治をした仲だぜ?いつまでも教官様なんて他人行儀な呼び方はおかしいだろ」
「そうだけどー……怪しいなぁ」
カナデが口を尖らせる。ニアも含め、この二人のリアクションを見る限り俺の言葉にはあまり信憑性がないらしい。
「その辺にしといてやれよ。ほら、見えてきたぞ」
前方に見慣れた建物が見えてきて安堵する。木造の平屋建て。周囲の庭は広く整備されていて花壇には色とりどりの花が植えられている。間違いなくここが目的地だ。
玄関のドアが勢いよく開くと同時に低い声が響いた。
「おぉ、お前達。よく来たな!」
「おじいちゃん!」
「爺さん!久しぶりだな!」
ニアとカナデが駆け寄る先には身長二メートルを超える巨漢が立っていた。
顔立ちは厳つく白髪交じりの髭を蓄えており、一見すると山賊の親分か何かに見えなくもない。
だがその顔には笑みが浮かび、筋骨隆々とした体からは温かい雰囲気が滲み出ている。
「二人とも、元気そうで何よりだ。ミナトも一緒か。大きくなったな」
低く力強い声。この男がニアとカナデの育ての親であり祖父でもある男。
かつては軍人上がりの傭兵隊長だったらしく、引退後は退役軍人の支援と若者の鍛錬に人生を捧げている変わり者。俺にとっても数少ない心を許せる人物の一人である。
「よう爺さん、久しぶりだな。老けたか?」
「ふん、相変わらず減らず口は健在だな。まあ中に入れ。紅茶でも飲みながらゆっくり話そう」
豪快に笑いながら家の中に招き入れてくれる中に入ると木の香りが鼻腔をくすぐる。テーブルの上には既に料理が準備されていた。
「夕食はまだだろ?簡単なものしか作れてないが、食べていくといい」
「やった!丁度お肉が食べたかったんだ!」
「……てかすごい量だな。こいつのことだから全部食うぞ。絶対に太る」
「あ?ニア、わたしのことなんだと思ってるのかなー?」
和やかな食卓。こういう空間はいつぶりだろうか。爺さんは忙しなく動き回り、俺たちはそれぞれ席につく。
ニアの言うことも満更デタラメでもないのでカナデに食われる前に取り皿に盛る。
「エアハートのことは聞いた。カナデ、ミナト。二人は大活躍だったらしいな」
「ハプニングに巻き込まれたもんだがな。まさかSランク越えのドラゴンや一国の国王相手に殴り合いをする羽目になるとは」
「はは、何とも豪快な話だ。それを難なくこなすお前さんの快進撃は聞いてて飽きないわ」
爺さんは豪快に笑うと酒瓶を取り出す。夜の序盤から飲むつもりらしい。
「もちろんカナデもだ。Bランクの魔獣を単独で撃破し、住民の避難にも尽力したとな」
「うーん……嬉しいんだけど、やっぱりミナトと比べたら沈んじゃうよね。追いつくどころか、どんどん離されてる気がする」
「そりゃお前、比較対象がおかしいだろ。こいつは桁違いの魔力量だし、そもそも戦い方が独特すぎる」
ニアがフォローするが、カナデの表情は晴れない。目標にされるのは悪い気はしないが、カナデにはカナデの道を進んで欲しい……と、何度も本人には言ってるが聞かないからな。ここまで来たら好きなようにやらせるしかない。
「ミナトやカナデは良いよなぁ、オレなんて訓練ばっかで実戦にはちっとも出してくれねーんだぜ?副隊長ってのは名ばかりの雑用係だ」
「何を不謹慎な、命のやり取りを望むか?」
「いや、そういうんじゃねーけどさぁ……魔力学院、オレも入れば良かったわ。お前らの活躍聞くと羨ましくて仕方ねー」
「あんなハプニングが何度も起こるような場所は勧めないけどな」
ニアや爺さんと軽口を叩き合いながら夕食を楽しむ。久々に穏やかな時間が流れていた。
その後も俺達は何気ない会話と夕食を楽しみながら過ごした。飲み水も尽き、立ちあがろうとしたところで肩に感触を覚える。
振り向くと、カナデが俺に頭を預けるようにして眠っていた。
「……おいおい」
「ははっ、流石に疲れてたか」
ニアが肩をすくめる。エアハートでの激闘の疲れが今になって押し寄せたのだろうか?
「おーい、カナデー?風邪ひくぞー?」
軽く揺するが全く起きる気配はない。
やがて、ニアが立ち上がり、軽々とカナデを抱え上げた。
「しょうがねぇな。爺さん、寝室借りるぜ」
「ああ。一番奥の部屋だ。ワシも酒が回ってきたから先に休ませてもらうとするか」
時間はまだ早いが、今日は全員が疲れているようだ。爺さんも席を立ち、部屋の明かりを落とし始める。
俺も自分の客室に向かおうとした矢先だった。
「ミナト。ちょいと話がある」
爺さんが俺を呼び止める。その目はどこか懐かしむような、それでいて申し訳なさそうな色を帯びていた。
「少し付き合え。酒も残っているしな」
「いや、飲めないし……」
「一杯だけだ」
強面の爺さんに無理やり座らされる。抵抗しても無駄なので素直に従うことにした。
グラスに注がれる琥珀色の液体。俺には酒の味などわからないが、爺さんが口に含む様は絵になる。
「もう10年になるな。あやつ……息子の虐待からカナデとニアを救ってくれたお前さんだった」
「また嫌な思い出を掘り返すなよ。あの時はたまたま近くにいたから助けただけだ。気まぐれだ」
「そうかもしれんが……」
爺さんの目が遠くなる。十年前の事件のことを今でも鮮明に覚えているようだ。
「あの時の二人は生きる希望を失いかけていた。特にカナデは……」
「知ってる。あいつのトラウマは相当根深いからな」
俺はグラスの液体を見つめながら呟く。あの日、地下洞窟で実の父親に残酷という言葉すら生温い拷問を受けていた幼いカナデとニア。
ニアは元々の負けん気が強い性格から復帰は早かったが、カナデは当時半年近くろくに食事が喉を通らず夜も眠れない程だった。
クロフォード家に来てからも何度もトラウマに苦しめられていた彼女の手を夜中に握ってやったことは一度や二度ではない。最悪時には精神的ショックによる魔力の暴走で吐血をし、そんな彼女から目を離せない日も珍しくはなかった。
「お前さんには感謝してもしきれん。本来であればワシがあの二人を守るべきだった。なのに……」
「あの状況じゃ無理だったろ。それに俺はあんたの息子を強くなる為の実験台にしたんだぞ?恨んで貰って結構だ」
「恨む?馬鹿な事を言うな。あの男はいずれ裁かれるべき人間だった。それより……」
爺さんの表情がさらに厳しくなる。何が言いたいんだこの爺さん。
「ミナトよ、お前さんはあの二人……特にカナデに取っては特別な存在なのだ。命の恩人であり支えであり……いや、もしかしたらそれ以上の……」
急にポエム調になり始めた爺さんに頭を抱える。このジジイ、酔ってるな?
「お前さんにならカナデを──」
その時だった。寝室のある方から何かが崩れ落ちるような音が響いた。続けて悲鳴のような叫び声。
「この声、ニアか……!」
「寝室の方だ!」
俺達は弾かれるように立ち上がる。侵入者?だが特別強い魔力は感じなかった。だがこのタイミングでの襲撃は只事ではない。
駆けつけると寝室のドアが蹴破られており、中ではニアが蹲っていた。
「おい、どうした!」
「……ミナト。カナデが」
ニアが血を吐くように言葉を紡ぐ。視線の先には空になったベッドと床に散らばった衣服。そして窓ガラスが粉々に砕け散っている。
「カナデが連れて行かれた……」
「な……!」
室内には争った形跡はあるものの、血痕などは見当たらない。少なくとも刃物による攻撃ではなかったようだ。
「犯人の特徴は?誰にやられた」
「わかんねえ……いきなり閃光が走って……目眩ましされてる隙に……ただ、まだ幼い声だった気がする」
「幼い……?」
意外な証言に戸惑う。刺客にしても盗賊にしても幼いという点が引っ掛かる。しかもニア相手に不意をつき簡単にカナデを誘拐するとは。
「とにかく時間が惜しいな。爺さんはニアを見てやってくれ」
そう言って俺は即座に魔力展開の構えを取る。足裏から噴き出す魔力の風圧で身体が宙に浮き上がる。
「待てミナト!オレも……!」
「足手まといだ。ここで待機しとけ」
ニアの気持ちはわかるが、今は一刻を争う。俺は窓から飛び出し、夜空に舞い上がった。
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