第21話 それぞれの覚悟
校門に到着すると、既にレックスとデイモンが待っていた。
レックスは背筋を伸ばし凛とした佇まい。デイモンは壁に寄りかかりながら静かに目を閉じている。二人とも戦闘装備に身を包み、緊張感が漂っている。
「よう、二人とも早いな」
「ミナト殿こそ。我々は準備が整ったので早めに来たが」
「カナデさんがまだですね。女性ですし、フレイア教官も一緒だからもう少し時間がかかるでしょう」
俺が壁に寄りかかるとデイモンがちらりとこちらを見て来る。どこか探るような意図を感じた。
「どうした?」
「いえ、ただ……」
デイモンは一度言葉を切り、再び口を開く。
「ミナト殿は平民に対する偏見はないのですね」
唐突な発言に戸惑う。やはり平民出身の二人にとって俺のような王族は壁が高いだろうか?
「偏見はないな。俺にとって大事なのは実力だけだ」
「皆がそうなら良いのだがな……」
レックスが苦笑しながら呟く。その表情には僅かな心の傷が見える。
「初めて会った時から思ってたが、先輩達はやけに謙虚だよな。魔力学院でもトップクラスの実力者だっていうのに」
「我々は恵まれていないからな……」
レックスが静かに語る。その声には重みがあった。
「魔力学院は表向き平等を謳っているが……実際には貴族の子弟が多く入学している。そして彼らは幼い頃から専属の家庭教師に指導を受け、特別な教育を受けている。一方で我々は……」
「平民は魔力適性がなければ教育すら受けられません。学院に入ってからも貴族出身者との待遇差は明らかなんです」
デイモンが補足する。確かにクロフォード家でも平民出身者は珍しいが。
「二人はどうやって這い上がったんだ?」
「努力以外に道はなかった」
レックスが拳を握りしめる。
「朝早く起きて基礎トレーニングをし、授業が終われば残って実技訓練。休日は森に入り野生の小動物相手に鍛錬を続けた。時には命懸けの戦いもあったさ」
「幸いだったのは……フレイア教官に出会えたことです」
デイモンの瞳に尊敬の色が浮かぶ。フレイアが二人を見出した経緯があるのだろう。
「最初は半信半疑だったな。王族の彼女が平民出身者を指導するなんて。でも教官は本当に真摯に向き合ってくれた」
「彼女の指導のお陰で魔力の基礎を身につけることができました。そして……」
デイモンは自分の右手に魔力を集中させる。微かな青白い光が指先から漏れ出る。
「今じゃ学院でも十指に入る実力者か。努力が身を結んだな」
俺の素直な賞賛に二人は少し照れた表情を見せる。褒められ慣れはしていないようだ。
「ミナト殿はどうなのだ?」
「俺か?正直超自己流だな。基本は必要最低限にして、ひたすら魔力量だけを鍛え続けた。おかげで剣術や武術を重視するクロフォード家じゃ変わり者扱いされてるよ」
「それは……なんとも豪快な」
デイモンが驚いたように目を見開く。レックスは苦笑している。
「フレイア教官が言っていましたが、流石にアドルフ様を打ち破ったと聞いた時は耳を疑いましたよ。あの方は他の国の国王が束になっても敵わないと言われるほどの実力者ですから」
そこまで化け物だったのかあの親父は……わからないでもないが。
「倒したって言っても一戦だけだがな。それに……」
俺は少し考え込む。前世のトラウマを払拭する為に10年以上の時を鍛錬に費やしたこと。間違っていたとは思わないが……。
「それに……なんですか?」
「いや、なんでもない」
話を逸らす。前世のことなど話せるはずもない。
「まあとにかく、先輩達の境遇を考えるとこの機会は貴重なんだろ?」
「もちろんだ!」
レックスが即答する。その声には力強さがあった。
「フレイア様は、帝国の策略に対抗するには我々の力が必要だと仰った。その為には魔力学院の枠を超えた行動が求められる。このセレニテスこそがその第一歩なんだ」
「僕はただ、フレイア教官の恩に報いたいだけです。彼女は僕らのような者にも公平に接してくれた。その信頼に応えたい」
そう言い切ったデイモンの瞳には揺るぎない決意が宿っていた。
「そっか。フレイア先輩、喜んでくれるだろうな」
自然と口元が緩む。この二人の想いの強さは本物なのだろう。他者と向き合ってこなかった俺には眩しいくらいだ。
「お待たせ〜!準備完了だよ!」
「ふふ、賑やかな空気ね。遅くなったわ」
タイミング良くカナデとフレイアが現れる。二人とも実戦向けの装備に身を固めていた。
「それでは全員揃ったところで出発しましょうか。目的地はクルシュ平原よ。依頼を受けて向かいましょう」
レックスとデイモンは頷き、カナデも目を輝かせて同意する。
こうしてセレニテス一行は魔獣退治の実戦訓練へと向かうのだった。
ギルドへと向かう途中、レックスとデイモンはカナデと楽しそうに会話していた。
平民出身者同士の気安さだろうか。カナデは庶民の生活に興味津々の様子で二人の話を聞き入っていたが、やがて今度はカナデが自分の過去を明かしていた。
「え?では、カナデさんは幼い頃にクロフォード王国に……」
「うん。ニア……お兄ちゃんと一緒に。年下の男の子に救われたのが悔しかったみたい」
「それがミナト殿との……何というか、衝撃的な出会いだな……」
レックスとデイモンがカナデの境遇に驚愕する中、俺はフレイアの隣で歩いていた。彼女は楽しそうに三人のやり取りを見守っている。
「仲良くなったみたいね。出身や環境は違えど同じ目標を持つ者同士。いいチームになるわ」
「そうだな……」
フレイアの言葉に頷きながら思う。例え隔たりがあっても、互いを認め合い切磋琢磨できるならばそれは素晴らしいことだろう。
ただ俺自身は純粋な王族でもなく、転生者という特殊な存在だ。いつかこの秘密を打ち明ける日が来るのだろうか。
「どうしたの?難しい顔しちゃって」
「なんでもない。前から思ってたんだが、カナデはいつからセレニテスに入ったんだ?」
「あたしが声をかけたのよ」
フレイアは少し得意げに笑う。
「魔力学院の試験で彼女の剣技を見た瞬間にピンと来たわ。あの卓越した剣技と身体能力は間違いなく特待生クラス。だから入学手続きと同時に」
「ああ、あの身体能力なら確かに将来有望だ」
「もちろん努力も欠かさなかったわ。休日も常に自主練習を続けていた。見学していた男子生徒たちをすっかり虜にしちゃってたわよ?」
フレイアがからかうように笑う。確かにカナデの動きは素人目に見ても洗練されているだろう。幼い頃を知っている俺からすれば尚更だ。
「目標があるっていいわね。レックスもデイモンも。あたしには彼らが羨ましいわ」
「ん?あんただって十分に目標を持ってるじゃないか。国の為に何かしたいってのは立派な目標だろ」
「んー、まぁそうなんだけどね」
フレイアは曖昧に答える。彼女の言葉には含みがありそうだ。
「あ、見えてきた。あれがギルド支部だよね」
カナデが指を刺した先、前方に広がる湿地帯の入り口に古い建物が見えてきた。フレイアが手を振って全員を呼び寄せる。
「さぁここからが本番よ。気を引き締めていきましょう」
一同は頷き合い、入口へと向かった。
ギルド内部に入ると独特の活気が漂っていた。木製のカウンターには酒場のような雰囲気もあり、壁には依頼書と思われる紙が無造作に貼られている。
「誰も居ないな……」
「時間帯のせいね。ちょうど昼下がりだから。通常の冒険者は夜に来るのよ。受付を済ませてくるからみんなはのんびりしてて」
フレイアは慣れた様子で受付へと向かう。古びたカウンターの向こうには一人の女性が座り、何やら書類を整理している。彼女はフレイアを見ると少し驚いたような表情を見せた。
「フレイア・エアハートです。本日は……」
遠目でフレイアが受付嬢と話す様子を見守る。受付嬢は手元の資料を確認した後、フレイアに向かって何度か頷いている。どうやら今回の任務について説明を受けているのだろう。
「ここがギルドかぁ。わたし、初めて来たかも」
「だろうな。騎士団でも中々縁がないんじゃないか?」
カナデの驚きに応えながら俺は周囲を見渡す。ギルドには違いないが、クロフォード王国とはまるで雰囲気が違う。木造の建物は年季が入っており、あちこちに傷や汚れがある。壁に掛けられた武器や防具も使い込まれた感が強い。
「ここに貼ってあるのって、元々は普通の動物だったんだよね?それが魔力に当てられて……」
「ああ。魔力に侵された生物は凶暴化するのも珍しくない。場合によっては本来の姿も変わっちまうし、理性もなくなり魔力の塊になることもあるんだ。だからこそ、普段はギルドマスターが創ったゲートに閉じ込められてるって訳だな」
「怖いけど、同じくらい可哀想だね……」
カナデは複雑な表情を見せる。確かに魔獣となった動物たちは被害者でもあるのだろう。だが危険な存在である以上は討伐せざるを得ない。
「受付を済ませてきたわ。今回の対象は湿地帯に住み着いた巨大蛇。推定全長10メートル以上の個体みたいね」
「それって……かなり大型じゃないですか?」
レックスが少し不安そうな声を上げる。デイモンも表情を硬くしている。
「そうね。ギルドの評価だとAランク程度。流石に一人だと厳しいと言わざるを得ないけど、こっちは四人。連携を活かせば倒せない相手じゃないわ」
フレイアは自信ありげに答える。ギルド経験がある程度ある俺から見ても、彼女の判断は的確だ。
「不安ではありますが、そのくらいでなければ実践練習の意味がありませんからね」
「ですね。全力で臨みます」
レックスとデイモンが頷き合う。カナデも決意を秘めた表情を浮かべている。
「ミナトくんはあたし達が本当に危なくなったら手を貸してくれる?怪我の治療も出来るだけなし。これ以上は命に危険が及ぶとき限定でお願い」
「わかった。先輩らの成長を見届けるのが俺の役目ってわけだな」
「そういうこと。じゃあ行くわよ、みんな!」
フレイアの掛け声と共に俺たちは湿地帯へと足を踏み入れた。
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